ACT60 認証

 地平線の向こう側まで金色に実る、豊穣なる大地。

 その光景には不釣合いな純白の椅子とテーブルが、そこにあった。

 穏やかな風に心地良さを感じながら、聖女は椅子に腰かけて読書を楽しんでいる。

 と、そこに一人の少女が現れた。

 少女はそのまま聖女の反対側の椅子にどっかりと座ると、足を組んでテーブルに肘をついた。そして不機嫌そうな空色の瞳で聖女をじっと見つめる。

「来たんだから、お茶の一杯くらい出しなさいよね」

 少女の言葉に聖女は反応しない。

「……あっそ」

 暇潰しに少女は揺らめく麦穂のひとつに手を伸ばし、ふっくらとした実のひとつをちぎって指先で遊ぶ。だが数秒としないうちに実は光の粒子となって消えてしまった。その直後、麦穂のちぎったところに再び実が現れ、成長して形を作る。

「紛い物、か」

「そんなことをする為に来たわけじゃ無いでしょう、ジゼリカティス?」

 声に視線を移すと、聖女は読書を終えて麦で遊ぶ少女――リッカの姿を眺めていた。

「ええそうよ、認証をしてもらいに来たの」

「前は紅き聖女で、今度は蒼き聖女? 物好きね」

「ついでに言うとね、貴女とこうしてゆっくりと話がしたかったの」

 リッカの発言に、聖女が訝しむ。

「私と、話?」

「あの様子だとクローディアには全てを打ち明けなかったみたいね、ウェンデレリア?」

「……ウェンデレリアという名の聖女はもう居ないわ。私は〝揺り篭〟の意思。貴女も見たはず、ウェンデレリアはランセオン宮殿の硝子の棺桶の中よ」

「あのウェンデレリアに意識は感じられなかった。まるで何処かへ意識だけが去ったような抜け殻だった。もう嘘をつく必要なんて無いわよ。私、全部知ってるから」

「シュウ君……か」

「ええそうよ。貴女が愛するシュナウル・アスキス、いいえ、グラウシュード・アクナロイドが全てを教えてくれたわ。貴女と彼が百年前に何をしようとしていたのか、実際に何をしたのか、そしてこれから何をするのかもね」

 聖女――ウェンデレリアは沈黙し、やがて呟くように語り出す。

「……これは、私とシュウ君が貴女の真意に気付いてあげられなかったことに対する贖罪なのよ、リッカ」

「勘違いしないで。あれは私個人が考え至った結論を実行したに過ぎないわ」

「事実がそうであったとしても、真実は違うでしょうリッカ。今なら分かる。貴女が私にも、誰にも打ち明けず、たった一人で朽ちかけた世界を救おうと、この〝揺り篭〟を壊そうとしたその理由が。

 百年前、貴女は世界で唯一この〝揺り篭〟の限界に気付いていた。このまま放置すればやがて世界は〝殻〟に押し潰されて崩壊してしまう。けど〝揺り篭〟が聖女の力を以てしても破壊出来ないことを理解していた貴女は、聖女を越える力を手にする為に〝魔女〟となって〝揺り篭〟を壊し〝外の世界〟へ人々を脱出させることで人類と、世界の全ての生命を救い出す方法を思いついた。

 だけど、例え成功しても魔女となった貴女はもう貴女では居られなくなってしまうことも理解していた。だから貴女は蒼き聖女たる私を残し、そして〝デザンティスの心臓〟を手放して自分を殺させた。〝心臓〟さえあれば私とシュウ君が新たな聖女を選び出してデザンティスを受け継いでくれると確信していたから。そうして貴女は実行した。自分だけを犠牲にして――そうでしょう?」

「全てお見通しってわけね。けれど私の目論んだ計画は大失敗。自分が死ぬどころかデザンティスを滅ぼしてしまった。あまつさえ魔女の力に溺れた私はエクザギリアさえも壊しかけた」

 言うリッカのテーブルに置く手が震えだす。

「……私は甘かった。もっと考えるべきだった。もっと貴女を、頼るべきだった」

 その手をウェンデレリアがそっと握った。

「気付けない私も悪かった。でもまだ終わったわけではないわ。時間なら私が用意した、そして貴女の描いた未来はシュウ君が受け継いだ。あとは貴女自身の手で実行するのみとなった。この世界の終焉は私とシュウ君が見届ける。だから責務を果たしなさい。それが、貴女が未だ多くの犠牲の上に立ちつつも生きている理由よ。……さあ行きなさいリッカ」

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