ACT58 兄弟
演説を終えたクローディアは、煌びやかな玉座の背もたれに身体を預ける。
「疲れたか、ディア」
肩で大きく溜め息を吐きつつリューシンガが言った。
クローディアはその何気ない所作に、久々に兄の人間らしい一面を見たような気がした。
思い返せば再会から今に至るまで騎士としての兄の姿ばかりを目にしてきた。
だが今の表情は〝聖女の騎士〟などではなく、クローディアの愛する〝お兄様〟のもの。クローディアはその姿に何処か安心を感じていた。
「お兄様でも、そのように溜め息を吐くのですね」
「買い被りすぎだ。私とてただの人間に過ぎん……お前は大丈夫か、ルーゼイ」
「自分ですか? 例え疲れていたとしても隊長の前では見せませんよ」
制御盤を操作しながらルーゼイが返す。それにリューシンガが笑った。
「全く。貴様は本当に良くできた副官だよ。さて、私は先に戻る。いつまでも部下達を放っておくわけにはいかないからな」
言ってリューシンガは部屋を後にする。
それをルーゼイが敬礼で見送った。
そうして玉座の間にはクローディアとルーゼイの二人だけが残された。
二人きりとなって気まずそうに機材を弄るルーゼイの姿を、クローディアはじいと眺める。
「そんなに、似ていますか?」
見透かすかのようにルーゼイが言う。
「え、えっと」
言葉に詰まるクローディア。
「あっ、いえ、すみません。あまりにもじっと自分を見つめるものですから」
「……仕草や表情がとても似ています。やっぱり兄弟なんだなって」
「ここに居るのが自分ではなくヴェルだった方が、本当は嬉しいですよね」
「どうかな。むしろヴェルじゃなくて良かったって思うところもあります」
「そうですか……そう、でしたね」
ルーゼイの様子の変化に、クローディアは察する。
「知っているんですね。私とヴェルのこと」
「あいつから色々と相談されました。それで、ヴェルは凄く後悔していたんです」
「私と付き合ったこと?」
「まさか。理由も打ち明けずに一方的に裏切ってしまったことに、です。聖女の騎士というのは、身命を賭して聖女様や民の為に尽くさなければなりません。それこそ人間を捨て、一振りの剣として聖女様に御仕えする覚悟が必要なんです。その為には恋人や、家族すらも忘れなければなりませんでした。
でもヴェルは、何より貴女の事を考えていました。〝自分はいつか貴女の与り知らぬ場所で命を落とすかもしれない。ならいっそのこと断ち切ってしまった方が貴女を悲しませずに済む〟と。けれど、それをヴェルは貴女に伝えられなかった。そう言ってしまうことすら、貴女を悲しませることになってしまうのではないかと思って――あの、あ、クローディア様!?」
知らず知らずのうちに、クローディアの真紅の瞳には涙が浮かんでいた。
零れ落ちる涙は頬を伝い、純白のドレスへと落ちていく。
ルーゼイの顔が歪んで見えた。
クローディアの涙に、ルーゼイは動揺する。
「……どうして、わかってあげられなかったんだろう」
「クローディア様、大丈夫ですか? お気を確かに」
ルーゼイは白外套のポケットからハンカチを取り出し、クローディアに差し出した。
「ありがとうエスカウィルさん。だけど、貴方もお辛いでしょう。だってヴェルはあのランセオン宮殿の舞踏室に居て、もしかしたら、もう……」
「自分は聖女の騎士です。そしてあいつも、そうなったときから覚悟はしているはずです。確かに辛くないと言えば嘘になりますが、自分はまだあいつの姿を見ていません。もしかしたらまだ生きていて、あの隊長とクローディア様の演説を聞いて駆けつけてくれるかもしれませんよ。自分は、そう信じています」
「そうですよね。私も信じます」
「……あの、クローディア様」
「はい?」
「不器用な弟ですが、あれでも凄く良い奴なんです。ですから自分がこんなことを言うのもなんですが、また弟に会うことが出来たら、その時は宜しくお願い致します」
ルーゼイは深々とクローディアに頭を下げた。
「私もそれは良く知っています。だって私の愛する人なんですから」
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