ACT46 灯台岬

 聖典騎士団の入団試験の日から二週間が経過したこの日、キランドルはスレイツェン港の〝灯台岬〟と呼ばれる古い埠頭に仲間達と共に立っていた。


 あの日にキランドルが感じていた恐れと不安は、眼前に現れた巨大な鋼の鳥の登場によって拭い去られようとしていた。

 結果として学園都市スレイツェン出身の候補生十九名はその全員が革命側についた。しかし候補生全体で同じ決断をした者は約六割で、聖典騎士団に最後まで忠誠を誓うことを決断した残りの候補生は、蜂起のその日まで哀れにも牢獄の中に閉じ込められることとなった。後にキランドルが聞いた話によると、この革命は数年前から入念に計画されていたものだったようで、聖典騎士団の半数近い人数が革命側へとつく者達であったという。

 注目の中、鳥のような船が埠頭に接岸する。

 表向きでは出迎える騎士も、この奇妙な空舞う船も聖典騎士団の所属になっている。その目的も先日発生したランセオン宮殿襲撃事件に関連する治安強化目的の駐留としており、正式な命令書まで作成されていた。

 革命に参加した際、キランドルは自分達が新たに所属する組織の名を聞いていた。

 〝聖女騎士軍〟――聖女の統治の下、秩序と平和を保つべく結成された組織。

 人の世という歪んだ支配体制を破壊し、元あった聖女の管理する世界へと是正する為の本物の〝聖女の騎士〟だ。

 その名と崇高な思想に鼓舞したキランドル達ではあったが、そんな彼等に与えられた最初の任務は住民の進路妨害を防ぐ交通整理という、自警団同然の仕事だった。

 船から続々と白外套の騎士達が降りて来た。

 形式上ではまだ聖典騎士団〝四番隊〟と呼称される隊だが、その実、革命の中核を成す聖女直属の精鋭部隊である。

「見ろよキランドル。リューシンガ様だ」

 キランドルの横に立っていた同僚の騎士が言った。

 タラップを降りて来る聖女騎士軍総帥リューシンガ・クロリヴァーン。

 しかし、キランドルはその次に降りて来る者の姿に我が目を疑った。

 リューシンガにエスコートされて降りてくる、純白のドレスを着た少女。

 風にふわりと舞う赤いリボンで纏められた金色の美しい髪を靡かせ、目には宝石のような輝きを帯びた空色の瞳を浮かばせている。可憐ながらも、凛々しさの溢れた表情だった。

「おい、あれって……」

「見間違うもんか。姉御だよ」

 目の前へと差し掛かるクローディアに、キランドルは思わず「姉御!」と叫びそうになったが、その物々しい雰囲気に声を出すことを躊躇った。

 キランドルにはその少女がつい最近まで学友だったあのクローディア・クロリヴァーンとは思えなかった。今の彼女はもっと遠くて高い場所に行った存在になってしまったようにも見えた。

 しかし、それでもキランドルは嬉しかった。自分で選んだ道は間違いではないことに確信が持てたのだ。

 通り過ぎていくクローディアを、キランドル達は全力の敬礼で見送った。

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