ACT15 駅舎にて
「ただいま、スレイツェン」
スレイツェン駅――エクザギリア西の終着点。
エクザギリア大陸鉄道は、学園のある丘を迂回して海岸線に沿って敷かれていて、漁港の前にあるスレイツェン駅の操車場で線路を終わらせている。貨物線が更に港の倉庫街方面へと敷かれているが、貿易産業の廃れて久しい今では、そちらに向かう列車は無い。
連なる客車を軋ませながら、黒鉄色の蒸気機関車が乗降場へと入構する。
到着を待っていた大勢の利用客達が、その長大な列車を大きな拍手と熱烈な歓声で出迎えた。駅員や、普段から駅を利用している者からすれば、それは普段通りの何気無い光景であったが、学園の生徒達にとっては夏休みの到来を意味していたのだ。
学園都市スレイツェンの生徒達の大半は寮で暮らしており、町の外に出られるのは夏季と冬季に設けられた長期休暇の間のみと校則で定められている為、夏休みの初日である今日のスレイツェン駅は帰郷の学生達でごった返していた。
(俺も、昔はそうだったんだよなぁ……)
客車の座席から車窓の向こう側に広がる風景を眺め、青年は思った。
同じ制服に身を包んでいたかつての自身の姿を脳裏に浮かべながら、青年は乗降場で浮かれている学生達に過去の自分を重ねて懐かしさにしばし浸る。
青年は立ち上がって外套掛けから白外套を取って着、立て掛けていた赤鞘の剣を腰の左に提げた。それから、薄らと鏡のように姿を映す車窓に自分の顔を見て確認。燃え盛る炎のような赤い短髪を整える。左の目元に縦に走る傷をなぞり、深緑色の瞳を浮かべる目を擦った。よもや数分前まで眠りこけていたとは誰も思うまい、と青年は自己評価。
「さて、行くか」
列車を降りて、白外套の青年は駅を眺めた。
スレイツェン駅の鋳造製のアーチに支えられた穹窿構造の天井からは、窓硝子に切り取られた陽光が差し込んでいる。初夏の日の光はその下の乗降場や線路、列車の乗り降りにひしめく利用客を明るく照らし出している。
ふと青年は港の方へと目を向ける。
駅に直結する貨物船渠では、かつてここがエクザギリア最大の貿易港であったことの名残として点々とする、大型船舶用の木造荷降ろしクレーンの解体作業が進められていた。そこから視線を下げて、今度は倉庫街を見る。こちらでは敷設されていた線路を取り外し、石畳の道を広げる工事が行われている。
(町が変わっていく)
思いながら、青年はスレイツェン駅を出た。
行商人や学生で賑わう駅前広場では、駅員が何かをしきりに叫んでいた。
その周囲にはちょっとした人だかりが出来ていて、落胆の表情を浮かべる者や、駅員に対して罵声を浴びせる者の姿が雑踏の中で目立った。
その言葉に青年は耳を傾けてみる。
するとどうやら、人々は市内を走る蒸気トラムが運転を見合わせていることに腹を立てているらしい。
青年は石畳の坂道を見上げた。
軌道の敷かれた道は蛇のように曲がりくねりながら丘の上の学園へと続いている。蒸気トラムが使えないとなると、この道をひたすら歩いていくしかない。
(これを登るのか……まあ、丁度良い運動になるだろう)
そう考えて青年は坂道に一歩、黒い長靴を踏み出した。
斜面の街道に沿って軒を連ねる商店街を見ながら、青年は歩く。
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