16時55分、雲りのち雨

春嵐

01.

 16時55分。


 友達以上恋人未満の、関係。


 これが、ずっと続けばいいのにと、思う。


 退屈な授業を聞きながら、窓の外を眺める。


 青空。


 わずかに雲が、出てきている。夕方以降は雨だろうか。


 当てられたので、窓の外を眺めながら答えた。難しい問いなので、お鉢が回ってきたらしい。解法まで、細かく答える。


 授業が行き詰まったときは、だいたい、こうなる。


 頭は良いほうだった。ついでに、耳も良い。授業は聞いているだけで、とりあえず別なことはできる。


 空を眺めたり。本を読んだり。


 だいたいは、画を描いている。

 ノート見開き1頁。

 風景画だったり人物画だったり。まちまちだけど、完成させることに意味はなかった。描くことに意味がある。描いている間の、ここに何を入れようとか、どうやって線を引こうとか、考えているのが好きだった。


 空の画でも、描こうか。


 授業は、いつのまにか終わっていた。


 空の画。


 青空と、これから降りそうな、雲。


 夏ではないけど、入道雲にした。


 休み時間で、人の動くのが感じられる。話し声が聞こえる。それでも、描き続けた。クラスメイトとの関係は、普通。可もなく不可もない。器量も良いほうなので、付かず離れずの状態を保てている。


 ただひとりを、除いて。


 彼女。今も、他の女子生徒に囲まれて、聞き役をさせられている。どうでもいい話ばかり。耳がいいので、聞こえる。


 空の画。見開き1頁。雲以外は、大枠で完成した。


 雲の質感が、掴めない。


 どうやって描こうか。


 次の授業が始まる。


 まだ、質感が、微妙に調整できていない。少しだけ、右端の空を消した。左に描こうと思っていたけど、右のほうがいいかもしれない。


 当てられたので、音読する。教科書の内容は、そこそこ頭に入っている。そして、この教師は自分の声が好きなので、授業中一回は当ててくる。


 音読してるうちに、気付いた。


 必要なのは、雲の、質感じゃなかった。


 立体感。そうだ。立体感。ノートの枠線に合わせて、雲を前面に出すように描こう。


 音読を終わらせて、座る。描きはじめる。うまくいく。これなら、描ける。


 右端を、ほとんど消した。時間は、かかるかもしれない。


 昼が終わり、午後の授業が終わり、放課後になった。


 居残って、ノートに絵を描き続ける。


 ふたりだけ。


 窓側にいる自分と、廊下側の、彼女。


 宿題を、している。


 彼女は、頭がよくなかった。器量もよくない。なんとか仲間内になじむのが精一杯で、放課後には、宿題をがんばって、こなしている。


 自分とは、正反対のタイプだった。なにもかもが、うまくいかないタイプ。それでいて、一生懸命。


「問い3が、わからない」


 彼女の、かぼそい声。


「何頁?」


 自分も、小さい声で呟く。


 正反対だけど、ふたりで唯一、同じところがあった。


 耳。


 ふたりとも、耳がとてもいい。こうやって、教室の端と端で小さく呟いていても、お互いに声を聞き取って喋ることができる。


「55頁」


「読み上げて」


 彼女が、とても小さな声で、問題を読み上げる。


 遠慮がちで、それでも、透き通って綺麗な声。


 答えを、小さく呟く。


 そして、解説もする。


「ありがとう」


 彼女の、声。


「今日は、何を」


 話し声。近付いてくる。


 ふたりとも、話すのをやめた。


 声が、離れるまで。


 待つ。


 離れていく。吹奏楽部らしい。


 声が聞こえなくなってから。


「何を、描いてるの。今日は」


「空と雲」


「たのしそう」


 こちらを見ているわけでは、ない。


 声が、たのしそう。


「たのしいよ。雲の感じを、どうやって出すか考えるのが」


「できたら、見せてね」


 彼女の声。


 透き通るような、感触。


「どうかなあ」


「なんでよ」


 小さく、か細い声で交わされる、会話。


「完成する前に、雨が、降るかもしれない」


 友達以上恋人未満の、関係。


 これが、ずっと続けばいいのにと、思う。






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