第3話 元勇者 メルク・ウインド―回収クエスト プロメテウスの火―

「ご案内できるのはこちらになりますね」


 極めて事務的な口調で受付の女性が渡してきた紙を眺める。


「……」


 別に何かを言われているわけではないが、その視線が痛く感じる。


 しかしそれもそうであろう。

 勇者が一人きりでクエストを探しているなんて何か事情があるとしか思われない。


「うーん」


 その視線から逃れるようにわざとらしく悩んで見せる。


 とは言え、差し出されたのはたった5枚のクエスト依頼書。


 そのどれもがやれどこかの洞窟から何かを取ってこいだの、どこかの森から何かを伐採して来いといった似たり寄ったりのものであり悩む程ではない。


 そしてその報酬も一日で使い切ってしまいそうなゴールドや今や使い道もない時代遅れの武器といった悲しいものである。


 しかしそれでも今はここから何か探さなければならない。


 明日からも生活をしていくためには先立つものを稼がなければならず、そして今の自分にできるのはこうしたクエストくらいなのだから。


 討伐は最悪負傷した際に命の危険があるためそれを含まず、かつ俺一人でも受注できるもの、という内容で探していたのだが現実は厳しかった。


「これにしようかな……」


【採集クエスト】

【場所 タマスの森】

【採集対象 アリドネ蜘蛛の糸】

【報酬 15G】

【備考 1名から受注可】


 段々とこの場の空気が居た堪れなくなりとりあえずと一枚差し出す。

 さっさと決めてしまってここを離れてしまおう。


「あぁーこれ古いやつでした。もう発注されていませんね」


「あっ、そうですか」


 だが、そんな俺の目論見はあっさりと失敗してしまった。

 受付なんだからしっかりと管理しろ、と言ってやりたいところだがしかしそれもやむを得まい。


 初心者なら集まって複数人のクエストに参加するだろうし、一人でもやれるような手練れはもっと高レベルに挑んでいるはずだ。


 つまりこんなお一人様用の低レベルクエストなんて普段は見向きもせず整理されていなくてもおかしくはないのだ。


「どうしますか?」


 他のものを選び直すか、という質問なのだろうが、“何でこんなクエストしか選ばないのかしら”と言われているような気がして嫌な汗が出てきてしまう。


「じゃ、じゃあこれで!」


 そうしてよく見もせずに1枚の依頼書を突き出した。


「……これでいいですか?」


「は、はい」


 怪訝な顔をしながらそう言われ少し不安になったのですっ、と視線を紙に落とす。


【回収クエスト】

【場所 ヘパイス洞窟】

【回収対象 プロメテウスの火】

【報酬 プロメテウスの火】

【備考 1名から受注可】


「……これで大丈夫です」


 はっきり言って意味不明だったがもう一度断って探す勇気はなく、それを受けることにした。


 ではお気をつけて行ってください


 といつも通りの言葉に送られながらギルドを発つ。

 その言葉がどこか冷たいように感じたのは気のせいだろうと思うことにした。



  *



 指定された洞窟までは大した苦労もなく辿り着いた。


 そもそも誰が受けても達成できるようなクエストなのだ、その場所に行くことすら難しい、というはずもない。


「ここか」


 念のため地図を見て今自分がいる場所を確かめるがやはり間違いはない。

 ここがヘパイス洞窟なる場所らしい。


 しかしこんな洞窟も、ここでこれから探すべきものも聞いたことがなかった。


「プロメテウスの火ねぇ」


 それは一体何なのだろう。

 武器という感じもしないので何かのアイテムなのだろうか。

 本当は受付の女性に詳しく聞きたかったのだがそれも気まずくて早々に出てしまった。


 しかしいずれにしてもこんなクエストで手に入るものなのだ、貴重なものであるとも思えない。


 ともかくさっさと回収して次のクエストに挑もう。

 次は少額でも金銭が受け取れるものにしようと俺は洞窟へと踏み入った。



  *



「……結構深いな」


 暗い洞窟を奥へ奥へと進む。


 どれほど時間が経っただろうか、洞窟はどこまでも続いており一向に何かに辿り着く気配がない。


 当然中は真っ暗であり掲げる松明の明かりだけが頼りなのだが、しかし道が入り組んでいるわけでもなく一本道が延々と続いているだけである。


 小動物や虫の一匹もいないことが気になるがそれも快適と言えば快適だ。


「一体誰がこんなクエスト出してるんだか……」


 洞窟の中に声が反響する。

 自分で受けておきながら何だが本当にこんな依頼誰が出しているのだろうか。


 普通は猛獣の被害に苦しむ村の人間が依頼をしたり、財宝を探しているどこかの貴族が依頼をしているものだが、これは一体どういう経緯で依頼されたものなのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えていると――


「うぉおお!??」


 すかっ、と足元が急に消え、踏み出すべき場所を失った。


 それが突然ぽかんと空いた大穴だと気づいたときには俺の体は重力に従って落下していた。


「っううう……」


 一瞬の浮遊感の後、身体は堅い地面へと叩きつけられた。


 強かに打ち付けた腰を摩りながら周囲を見回す。


 そこには真っ暗な闇が広がっていた。


 どうやら落下の際に松明の火が消えてしまったらしい。


 身体には怪我はないようで動くことに支障はないが、しかしまさかこんなクエストですら躓いてしまうとは自分で自分が情けなくなってしまう。


 しかしそれでもいつまでもここにいるわけにもいかない。

 まずは明りを点けねばと手探りで落としたはずの松明を探していると、


「ん?」


 その指先が硬い何かに触れた。

 松明とは違うもっと硬い感触。


 骨か何かか、と一瞬嫌なイメージが浮かびひやりとしたがどうもそれとも違う。


 それは石のようなものであり――


「っ!?」


 そして探るようにして握りこんだ瞬間、”それ”が突如明るく輝き始めた。

 

 暗闇に慣れていた目に飛び込んできた光に目がくらんでしまう。


「なんだっ、これ?」


 眩しさに目を細めながら自らの手に握られたものを見る。


 それはやはり細長い石であった。

 そして不思議なことにその先端が煌々と輝いていたのだ。


 しかしその明るさは宝石などのそれではなく、どちらかと言えば炎のような静けさがあるものだった。


 まるで火のついた松明がそのまま石になったような、そんな不思議な石だった。


『ようこそ、勇者の心を持つものよ』


「!?」


 突如、どこからともなく聞こえてきた声に飛び跳ねそうになってしまう。

 慌てて手に握ったそれを明りにして周囲を見回すがしかしそこには誰もいない。


『そしてその身に力を宿すもの』


「……」


 再び聞こえてくる声。


 男のようでもあり女のようでもある。

 若いようでもあり年老いたようでもあるそんな声。


 明確な根拠はないが、それは今まさに灯りとしているこの石から聞こえてきているのではないか、とふとそう感じた。


『承認しましょう。汝はこの力を継ぐに足る人間であると』


「な、何なんだ?」


 友好的なわけでも高圧的なわけでもなく、ただ淡々と宣告をするかのように声は続く。

 気味が悪いのだから捨ててしまえばいいのに、どうしてかそれを手放すことはできなかった。


『覚醒しなさい。これより汝は奪うもの。プロメテウスの火に導かれし怒涛の簒奪者なり』


 光が段々とその強さを増す。


 それは周囲を既に十分な程に照らすだけに留まらず、空間ごと俺を包む。

 硬く冷たかったはずの石がぼんやりと温かくなってくるのを掌で感じる。


 予想もしていなかった突然の事態が矢継ぎ早に起こるさなか、しかし俺は、


 あぁ、これがプロメテウスの火ってやつなのか、


 などとぼんやりそう考えているだけだった。

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