覚醒編
第2話 元勇者 メルク・ウインド―ギルドにて―
「メルクよ、お前も勇者としていつか世界を救う日が来る」
そう言って頭を撫でてくれた父の手の感触を今でも覚えている。
「私には世界を救うほどの力はなかったがな、お前ならきっとできるさ」
ベッドに横になり、少し恥ずかしそうにそう言う父に俺は一度頷いた。
そんな俺に微笑みを向けて、父は静かに眠りについた。
だから、俺は勇者になりたかった。
なりたかったのだが――
*
「メルク! そっちに行ったぞ!」
ぶぅん、と振り回された巨大な斧を掻い潜り獣が一匹こちらに向かってくる。
この周辺の田畑を荒らす野獣。
一匹一匹は決して脅威ではないが群れて行動をする動きにパーティーの皆翻弄されていた。
「よし!」
俺は腰に下げた剣を抜くと迎え撃つように斬りかかり――
すかっ
と見事に外してしまった。
「がぁあああああ!!」
肉を引き裂き、骨すらも容易に噛み砕きそうな牙がずらりと並ぶ口が俺の眼前へと迫ったその時、
「何やってるの!」
横から飛んできた火球が脇腹へと命中し、短い悲鳴を上げながら野獣が吹き飛んでいく。
攻撃の方向に目を向けると魔術師が何とも腹立たし気な表情を浮かべながら杖を構えていた。
その怒りの原因が何なのかはよくわかっており、俺は助けてもらった感謝も言えずに目を逸らしてしまった。
*
「いい加減にしてくれよ、こんなクエストに手こずってたんじゃあ命がいくつあっても足りないぜ!」
注がれた酒を一息で飲み干すと闘士の男がそう声を上げた。
巨大な斧を振り回すその巨体にいつもは守られているが今はその威圧感に委縮してしまう。
「そうですねぇ」
賢者の男が本をぺらぺらと捲りながら聞いているのかいないのかそんな生返事をした。
冒険者ギルドにはこれからクエストに行こうと何やら話し合いをしているパーティーや今戻ってきたのか楽し気に食事をしているパーティーなど様々な人々で賑わっている。
俺たち一同も無事全員で野獣討伐クエストを終え、こうして一息ついているわけだが、そこには笑顔などなく、空気はどこまでも重いものだった。
「ほんと」
魔法使いの女は爪の汚れが気になるのか神経質そうにそれを眺めながら吐き捨てるようにそう言った。
「……」
卓を囲みながら3人に冷たい視線を向けられ俺は何も言えずに黙ってしまう。
「なぁ、お前本当に勇者か?」
そんな俺が気に入らないのか闘士がじっとこちらを見つめながらそう言ってきた。
その言葉に心臓が一度強く揺れるのを感じた。
「まぁ……そうみたいなんだけど……」
あはは、と乾いた笑いを浮かべながらなんとか言葉を絞り出す。
「ふむ、氏名 メルク・ウインド、性別 男、職業 勇者、確かにそう書いてありますねぇ」
どこから取り出したのか、ギルド加入時の登録書をひらひらと揺らしながら賢者はそう言った。
その言葉にはこの上なく皮肉が込められていることを嫌でも感じる。
「何かの間違いなんじゃないの?」
そんなことには欠片も興味がないかのように魔法使いは横目でその紙を見るだけである。
間違い――なのだろうか。
しかしギルド加入の際に王国指定の大賢者が審査した職業に誤りがあったとは聞いたことがない。
ギルド加入を志す者の血筋、才能、これまでの努力、その他様々な要素を読み取り各人の適切な職業を大賢者が決めるのだ。
そうして告げられた職業こそが自身に最も適性のあるものであり、冒険者たちは皆誇りをもってそれを極めていくのだ。
だからあの日、俺の職業が勇者であると告げられたことが間違いであったとは思いたくはない。
しかし――
「けど持ってるスキルは【盗賊】だけなんだろ?」
「しかもレベル1ですからねぇ」
はっはっは、と何が面白いのか闘士の問いに賢者は笑いながら答える。
「ま、勇者がそういうスキル持ってるってのもあるかもしれないけど」
「そっ、そう」
「けどねぇ」
魔法使いの言葉に便乗してやろうかと思ったが、その前にそう呟かれ言葉が詰まってしまう。
そう、職業とスキルには必ずしも関連性はない。
低レベルながら【回復】スキルを使える闘士もいれば、剣術に長けた魔法使いもいる。
そう言う意味では勇者【盗賊】のスキルを持っていてもおかしくはないのだが、
「剣の一つも使えなきゃ意味ないけどね」
ふぅ、と爪に息を吹きかけながら魔法使いはバッサリとそう切り捨てた。
「……」
その言葉に俺は何も言い返すことが出来ずにまたしても黙ってしまう。
「まぁそういうわけで、悪いけどもうお前の面倒は見きれねぇ」
そうして黙り続ける俺に闘士は短くそう言った。
「クエストを受けるには勇者が必要だから一緒にいたけどよ、他を探すことにするぜ」
パーティー解散を意味する言葉。
しかしそれは既に決まっていたことなのか賢者も魔法使いも何も口を挟もうとはしない。
「まぁ我々は引き続き組もうと思いますので、実質的には貴方に抜けてもらうということになりますかねぇ」
「恨まないでよね」
それだけを言い残すと3人は席を立ちあがった。
確かに、一緒に行動するようになってまだ数か月ではあるが、この3人は中々に相性がいいのだろう。
何せこんな勇者をかばいながらもクエストをクリアしているのだから。
「ほらよ」
止めることも、弁解することもできずにただ座っているだけの俺に闘士が金貨を投げ渡してきた。
「今回のクエストの報酬、お前の分だ。故郷に帰る足しにはなるだろ」
せめてもの情けなのか、そう言ってくる闘士の顔には別れを惜しむ悲しみも互いの前途を祝う明るさもなく、ただ、憐れみだけがあった。
「……」
賑やかに騒ぐ他のパーティーの笑い声が響く中、こうして俺、勇者メルク・ウインドは一人きりになってしまったのだった。
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