ワールドワイドウェブが崩壊した日

ちびまるフォイ

おら、都会さ密入町するだ。

なんでも昔は全世界がインターネットでつながっていたらしい。

今じゃとても考えられない。


「あ、この猫の種類なんていうんだろう」


ふと通り過ぎた猫の柄をネットで調べてみた。



『検索結果はありませんでした。』



見慣れた言葉に落胆通り越して納得すらしてしまった。


「そうだよな……バカしかいないこの町じゃ誰もわからないよな……」


今じゃインターネットは特定地域だけをつなげている。

全世界でつながっていた頃よりもアクセスできる人は限られているので、

ちょっとした調べ物も結果が出た試しがない。


「もうホントこんな場所嫌だ……」


その夜、食事の席で思い切って相談することにした。


「母さん、俺、都会に行きたい」


「ダメ」

「はやっ」


「都会に行ってどうするの?

 環境を変えれば自分が良くなると思ってるの?」


「都会は人が多い。それだけで地域インターネットの情報財産は多いだろう!?

 こんなど田舎よりもずっと多くの情報に触れられる!

 都会にさえいけば、どんなこともネットで調べられるんだよ!」


「あんたはまだ生まれてなかったからそう思うのよ。

 お母さんが小さい頃はインターネットは全世界でつながっていたのよ」


「知ってるよそんなこと」


「いいえ何もわかってない。全世界でつながっていたから、

 情報が多すぎて本来調べたい情報も調べられない。

 デマや嘘があっという間に広がって、誤解であらぬ疑いをかけられる。

 本当に誰もなにも信じられない時代だったのよ」


「それは……昔の話だろう?」


「都会も一緒よ。必要以上の情報は身を滅ぼす。

 あなたはこの田舎で暮らすことが一番いいことなのよ」


「なんでそう言えるんだよ! 俺はこんな情報田舎で一生終えるなんて嫌だ!」


「それじゃ妹はどうするのよ」


「うぐっ……そ、それは……!」


「あんたがいなくなったら妹の世話は誰が見るの?」


話はそれまでだった。

いくら都会の持つ情報量に憧れようとも、

寝たきりの妹がいる限りこの場所を離れることは出来ない。


「なにか治療法はないのか……」


地域インターネットに接続してみる。



『検索結果はありませんでした。』



「くそっ! この地域にはバカしかいないのか!!」


この地域に住む人しか地域ネットにはアクセスできない。

そのため検索候補となるのはこの地域に住んでいる人の集合知でしかない。


ものを知らない人しかいなければ、検索結果はいつもゼロ。


多くの情報に触れられる都会へ憧れてしまう。

きっと都会なら何を調べても答えが返ってくるんだろう。


「ごほごほっ!」


「お、おいっ。無理して体を起こすんじゃない!」


「お兄ちゃん……都会へ行きたいの?」


「聞こえてたのか?」


「私に遠慮しなくていいよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんの人生を生きて。

 たくさん情報がある都会ならきっと人生の選択肢が増えるよ」


「都会にいくわけ……ないだろ」


妹を寝かしつけた夜、俺は都会への不法入町を決めた。

都会の情報網を駆使すれば妹を救う方法があると思った。


「よっし、意外と簡単に入れたな」


いくら都会の充実した地域インターネットがあるとはいえ、

不法入町してくる人間への防犯対策に長けた人はそう多くはない。

知識がないとどうしても警備は甘くなる。


「地域ネット接続完了だ。早速調べてみよう」


都会の地域ネットに接続すると妹の病気について調べた。

田舎では何も情報が得られなかったが……、



『検索結果 100,000件 がヒットしました』



「こんなに!? 都会ってやっぱりすごい!」


都会と田舎で情報格差がこれほどあるなんて思わなかった。

中身はどれも有益でこの情報を持ち帰ればきっと妹の具合は良くなるだろう。

知識のない田舎の医者も質を上げることができる。


妹の病気についての情報をコピーして保存する。


都会だけでなくすべての町において情報のコピーや

勝手に町の外に持ち出すのは禁じられている。

情報財産泥棒の罪はもっとも重い。


「でも……人の命以上に重いものなんてない!」


覚悟を決めて情報を持ち出した。

田舎に戻ると自分の持ち出したすべての都会情報が田舎に共有される。


「こんな治療法があったのか! まさに革命だ!」


「先生、これで妹は治せますか!?」


「もちろん。このネットの通りに治療すればきっと治るだろう!」


「よかった! 妹をよろしくお願いします!」


これまでせいぜい民間療法くらいしかなかった田舎病院も、

都会の情報が拡散されてからは都会の大病院と同等になった。


もともと医者の腕はそう変わらなかった。

田舎と都会との差は情報量やノウハウくらいしかなかった。


手術を終えた妹はいっそう元気になっていた。


「お兄ちゃん、私すっごく体が軽いの! ほら、もうこんなに動ける!」


「よかった……手術は成功したんだ!」


当初の目的は妹の治療法を持ち帰るために都会の情報を持っていったが、

田舎に住んでいる他の人達にもその恩恵をうけることになった。


「今まで検索しても出てこなかったことがすぐ出てくるぞ!」

「こんなにおもしろい漫画がネットで読めるのか!」

「探せばいくらでも昔の記事が出てくる! 調べ物にもってこいだ!」


田舎の限定的な情報で満足していたはずの地域住民も、

誰かが持ち帰った都会の情報により一気に視野が広がった。


それから数日後のこと、町の外に見慣れない人がやってきた。


「どうも。私どもは情報管理機構のものです。

 実は情報がどこからか持ち去られたようでこちらに来ました」


「え゛っ……」


一瞬にして汗が吹き出した。


「何者かが都会の情報をコピーした痕跡が認められたんです」


「そ……そんな恐ろしいことをする人がいるんですね……。

 犯人の特定は出来ているんですか?」


「いいえできていません。都会とはいえ刑事のような専門知識はネットにありません。

 ですからこうしてこの町にも来たんです」


「犯人に心当たりがないか調べに来たんですか……?」


「そうではなく、こちらを渡しに来ました」


「これは……ケーブル?」


「これはワールドワイドケーブルといいます。

 これをつなげるとすべての世界の情報にアクセスできます」


「せ、世界の情報にっ!? まるで昔のようじゃないですか!」


「はい。世界がひとつのネットにつなげるのが目的です。

 うちの都会の情報を持ち逃げしたことで、

 都会と同じ情報クローンを持つ町を特定できる、というわけです。

 たとえ、世界の裏側にいても……ね」


「あ、あはは……」


ケーブルを持つ手がぶるぶると震える。

この話は聞かなかったことにしてこっそり処分しようかと思ったが、

すでに地域ネットに拡散されて街の人にも共有されていた。


「全世界の情報にアクセスできるって!?」

「こんなに美味しい話、ぜひ参加するべきだ!」

「ばやく世界にあるたくさんの知識に触れたい!!」


さらなる情報量に触れたくて住民たちは急かした。

ワールドワイドケーブルを手に取り世界のネットにつなげてしまった。


ケーブルをつたって今まで得ることがなかった世界の情報が田舎になだれ込んでくる。

それと同時に都会と田舎の情報量が一致することもバレてしまった。


そこからは芋づる式に証拠が集められ、俺は現行犯て逮捕された。


田舎に接続されたワールドワイドケーブルも切断され、

都会の情報は没収され田舎はふたたび孤立した。


「都会の情報財産を勝手に持ち出したあげく、

 我が物顔で使い倒すなんて……お前の罪は万死に値する!」


「たくさんの情報を共有すればいいでしょう!?

 なんで情報を独占しようとするんですか!」


「情報難民が偉そうなことを言うな!

 情報の恩恵を受けるばかりで提供もできない知恵遅れ集団が!!」


見せしめの意味も兼ねて死刑が決定した。

そして死刑は今すぐこの場で執行されるという。


脳裏にこれまでの人生の走馬灯がかけぬける。

けしていい人生ではなかったけれど、妹を救えて本当によかった。





「……あれ?」


うっすら目を開けてもまだ死刑は執行されていなかった。


「……あの、死刑なんでしょう? 殺さないんですか?」


「う、うるさいっ。いくら都会とはいえ、死刑の方法なんて誰も知らない。検索しているんだから黙ってろ!」


死刑執行役は焦点さだまらない目で必死にネットで探していた。

俺はそっと耳打ちした。



「うちの田舎には死刑執行経験者がいますよ。

 もし田舎の情報財産を持ち帰ればきっとわかりますよ。

 ……でも、そうしたら死刑にされる人がもうひとり増えますかね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワールドワイドウェブが崩壊した日 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ