第21話 縛りプレイ
不破のくだらない話に付き合いながらやってきたのは、幾棟ものビルが立ち並ぶオフィス街。現在の時刻は昼のてっぺん過ぎ。ビルの壁面を乱反射する西陽が、俺の視界を臆面もなく制限してくる。まったく、眩しい事この上ない。
ここに蠅村とローゼスが、張り込みをしながら俺たちを待っているはずなんだけど、今その姿を確認することは出来ず、その上魔力も感じない。うまくそこらへんで息を潜めているのだと思うけど──
「どこにいるんだよ。気配もないし、張り込みが出来るような隠れられる場所もないぞ、ここらへん」
「うーん、聞いた話だと……」
不破はそう言いながら、自前の
カバーの背面に〝まおふ〟と
なんなんだ〝ふ〟って。バカなのか、こいつは。ていうか、どこで売ってるんだその間の抜けたカバーは。
「──対象の社屋の正面玄関から、道路を挟んで向かい側にあるカフェって聞いたんだけど。……聞いてるかい、マコトクン」
「あ、ああ……って、カフェ!? なにやってんだあいつら……」
「いいじゃないか。ふたりとも女の子なんだし、洒落てるカフェでコーヒーしばきながらガールズトークしていても。私も闇魔法より暗く、混沌よりも苦いブラックコーヒーが飲みたくなってきたな……チラチラ」
「だから高校生にたかるな。コーヒーくらい自分で買えよ」
「ぶぅ、けちんぼ!」
「かわいこぶるな! 一ミリもときめかねえわ!」
「魔王がこんな醜態晒してるんだから、一杯くらい奢ってもよくないかい?」
「よくない! そもそもローゼスはガールズトークなんてきゃぴついたこと出来ないし、蠅村は喋れないだろうが。……ていうか、さっきから注目されてるから仮面外せよおまえ」
「えー? 仮面外すともっと注目されちゃうよ?」
「せめてレヴィアタンみたいに、サングラスでもかけとけよ」
「いやだよ。部下と……それもこんなバカとキャラ被りなんてしたくない。それなら、マコトクンに喉元を掻っ切られて死んだほうがマシさ」
「……レヴィアタン、おまえひどい言われ様だな」
「ふふ、恐縮です」
「喜んじゃってるよ」
「いえいえマコトクン、そうじゃないんですよ」
「……はい?」
「常日頃、ボスの口から発せられる僕への罵詈雑言、誹謗中傷等々はすべて愛情の裏返しなのですよ。それらはボスなりの気遣いであって恩情、決して僕を攻撃するようなものではないのです。ですよね、ボス」
「そうで死ね」
「ね?」
レヴィアタンは自信満々に、これ見よがしに俺を見てきた。
サングラスの奥で光る眼には、魔物とは思えないほどの明るい光が宿っていた。こいつ、案外魔物として生を受けていなければ、ボランティア活動が趣味の聖人になっていたかもしれない。
「……なんでおまえはそこまで自分に自信が持てるんだよ」
「自分を信じているから、でしょうか」
「いや、死ねよ」
「ふふ、お戯れを」
「戯れてねえよ」
「──とはいえ、たしかにさっきから、人間たちから私を見る視線が妙に突き刺さっているのは確かだね。通報しようとしている通行人の携帯を破壊するのも限度があるよ」
「……さっきから
「いや、破壊といっても、べつに爆発させて持ち主に怪我を負わせたりはしてないよ? 内部にある基盤を魔法で適当にいじって、二度と使えなくしているだけだから」
「十分ダメだろ! 下手したら弁償だぞ!? 金ないんだろ? どうするんだよ!」
「……下手したらカイゼルフィールに帰るさ」
「逃げるのかよ」
「戦略的撤退だってば」
「どうでもいいわ。せめて弁償してから帰れよ」
「……ともかく、差し当たっての問題はふたりがいるカフェを見つける事と、私が注目されなくなることなんだけど……どうすればいいと思う?」
「話題を切り替えるのが下手すぎるな……にしても、それ俺に訊くのか?」
「勇者様なら知恵を貸してくれるかなって」
「んー……なあ、そもそもの話なんだけど、ついてくる必要あるのか?」
「え?」
「俺とローゼス、蠅村にレヴィアタンがいれば戦力的にも十分じゃないか?」
「あー……うん、たしかに……ほんとだ! 意味ないね! 私がいる意味!」
「そんな元気よく言わなくても……」
「じゃ!」
不破はそのままUターンすると、普通に徒歩で帰っていった。
「なんだったんだ、あいつは……」
「ふふ、あれがボスの良い所なのかもしれませんね」
「……なんか褒め方がフワフワしてんな」
「不破だけに……ですか?」
「そういうくだらないこと、二度と言うなよ」
「わかりました。さて、ではおふたりの探索を続けましょうか、マコトクン」
「なんかおまえと一緒なのも嫌だな……」
「そうですか? 僕は嬉しいですけど」
「もういい。喋るなおまえは。……ていうか、今更だけどマコトクンって呼ぶな」
「ですがボスや鈴は〝マコトクン〟と呼んでいるじゃないですか」
「あのふたりは……ていうか、蠅村も俺の事、〝マコトクン〟って呼んでるのかよ」
「はい」
「いや、でもあいつ喋らないじゃん」
「ああ、それはたぶん、人間には拾えない念波で会話しているからだと思いますよ」
「ね、念波……?」
「はい。鈴はあまり口では語りたがらないのですが、ああ見えてかなりオシャベリさんなんですよ」
「マジで?」
「はい。この前なんか、マコトクンについて小一時間ボスと話していましたし」
「マジかよ……ていうか、なんで俺の事についてそんなに語り明かしてんだよ」
「鈴なりにマコトクンに興味を……いえ、あれは多少なりとも好意を持っているから、ではないでしょうか」
「へ、へえ……?」
レヴィアタンに言われて、蠅村の今までの行動を思い返す。たしかに授業中も休憩中もお手洗い中も、しょっちゅう俺のほうを見てきてはいるな、とは思っていたけど、まさかそういう事だったとは。
なんというか……、魔物だけど悪い気はしない。
元が蠅だけど。
いや、こいつらの場合、元が今の形なのか、もっと魔物ぽい形なのかわからない。
そもそも不破が最初から人型だし、案外戦闘時のみ、目の前のレヴィアタンも蠅村もあの姿になるのかもしれないな……。
「まあ、冗談ですが」
「いまべつに冗談で話せる空気じゃなかったよな!?」
「本当はマコトクンの行動を観察して、ボスに報告しているだけなんですよ」
「ああ……、どうりで……ていうか、そういうことサラッと言うんだな……」
「ええ、とくに後ろ暗い行為でもないので」
「まあ、そういう事にしておくか」
「……あれ? しかし鈴から聞いた話だと、マコトクンは話を理解してくれている……と聞いていてのですが。それで僕もてっきりマコトクンも念波で会話出来ているものだと」
「ローゼスにもツッコまれたけど、それが妙なんだよな。俺にもなんで蠅村の言いたいことが理解できるのかわからないけど……、あいつが表情豊かだから、なんとなくわかるだけだと思う」
「なるほど、興味深いですね」
「……本当に興味深いって思ってんなら耳ほじりながら聞くな! 失礼なやつだな!」
「あ、マコトクン、マコトクン! あそこあそこ!」
「なんだよ! ここぞとばかりに俺の名前を連呼するな! ていうか、その指で何かを指すな! ばっちいヤツ!」
レヴィアタンが指さしたその先──
そこには小洒落たカフェのテラス席で、ちうちうと、ストローで何かを飲んでいる蠅村と──
「むぐぐーっ! んぐー! んんんぅーッッ!!」
手足を見えない紐のようなもので縛られ、口にこれまた何か紐のようなもので塞がれているローゼスが座らされていた。
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