第17話 退魔士フジワラ
「……探偵? 魔物がか?」
「うん。幸い探偵というのは、国家資格みたいなものが要らないみたいだからね」
「だからって、そんなのひょいひょい作れるものじゃないだろ」
「もちろん非合法だよ」
「ダメじゃん」
「けど、誰かに迷惑をかけているわけじゃないしね。それに看板を掲げてるだけで、実際に何かそれっぽい仕事はまだしていないんだよ」
「その言い訳は通用しないだろ……」
「ま、それに何かあれば、それこそケーサツに頼ればいいからね」
「いやだから、その警察がおまえを捕ま……て、もしかして協力者みたいなのがいるのか? 警察の中に」
「さあ、どうだろうね?」
「……おまえ、マジでここには部下を連れ戻しに来ただけなんだよな」
「だから、そう言っているじゃないか。それもこれもあれもどれも、全部人間たちの事を想っての行動だよ。……さて、それじゃあそろそろ……」
ぐぐぐ……と、不破は大きく背伸びをしてみせた。
「行くんだな?」
「また明日ね」
「……は?」
「おい、魔王テメェ……! どういうつもりだよ!」
ローゼスが不破に食ってかかる。その気持ちはわかるし、俺もローゼスと同じ気持ちだ。ここまで来て今日はお開きなんて納得できるはずがない。
「いやいや、考えてもごらんよ。相手は普通の会社だよ? 普通の会社だと、この時間ならだいたい閉まってると思うけど」
「ンなの、行ってみねェとわかんねェだろ!」
「ローゼスの言う通りだ。残業とかもあるだろうし」
不破は俺たちの言葉から逃れるように、部屋にかけてあった時計を見た。
「……そろそろ帰ってくる頃だろうね」
「ああ!? 誰が──」
ガラッ!
駄菓子屋の引き戸が開く音。何者かの来訪に、俺とローゼスの体が一瞬だけ強張る。
ややあって、相変わらず制服姿の蠅村が現れた。蠅村は俺たちの顔を見ると、ニコッと笑ってみせた。
「さあ、どうだった鈴? 会社は見つかったかい?」
「(こくり)」
不破の問いかけに蠅村が黙って頷く。
「そうか。それで、社内に誰か人はいたかい?」
「(ぶんぶん)」
不破の問いかけに蠅村が黙って首を振る。
「……そういうワケさ。ターゲットの場所がわからない以上、探すこともできない」
「嘘ついてねェだろうな?」
「(ふんふん)」
ローゼスが問いかけると、蠅村は待ってましたと言わんばかりに、自身の持っていたスマートフォンの画像フォルダを見せてきた。たしかに社屋からは電気が消えているし、人の影がひとつもない。日付もあっている。
「アレじゃねェの? 加工ってヤツなんじゃねェの?」
どこでそんな言葉を覚えてきたんだ。とローゼスにツッコみたくなったが、たしかにそのセンも無きにしも非ず。だけど、そんなことを言ってしまったら──
「おいおいローゼスクン、勘弁してくれよ。そんなところまで怪しまれたら、さすがに際限がなくなってしまう。もしここで私がこの画像の正当性を証明したとしても、キミはまた何かしらの難癖をつけてくるつもりなんだろう?」
「当たり前だろ、そもそも信用できねえんだよ」
「はぁ……ヤレヤレだ。マコトクン、何か言ってあげてくれないか」
「ローゼス、ここは引いとけ」
「な、なんでだよ!」
「ローゼスももちろんだけど、それと同じくらい、こいつらだってこの事件を終わらせたいんだろ。そんなやつらが嘘つくと思うか?」
「それは……というか、そうだとしても、まだ他に出来る事があるだろ。魔物がこっちの世界に来てるって事は、その魔力を感知して、辿ることが出来る。それを繰り返していけばいずれ──」
「あのね、それはさっきマコトクンとの会話で意味がないと言ったろ? 二度同じ質問は繰り返さないでくれよ」
「だったらこのまま、なんの罪もない人間が、魔物に食われるのを黙って見てろってのか!? もともとあたしらの世界の問題だってのによ!」
ローゼスの言う通りだ。たとえ事件の解決が出来なくとも、このまま家に帰って、飯を食って、風呂に入って、寝るなんてできる筈がない。
ここで引き下がることは、見殺しと一緒だ。
「……なあ不破、他に方法はないのか?」
「方法? あはは、おかしなことを言うんだね、マコトクンは。明日になれば嫌でも事件が進展するじゃないか。それまで待っていようよ。なんなら、待ちきれないんなら、一緒にトランプでもするかい?」
「でも、今でも被害者は増えてるんだろ」
「被害者? ああ、そうだね、今夜だけでも少なく見積もって、二十人くらい出るだろうね、被害者」
「そ、そんなに?」
「『そんなに?』? たった二十人だよ?」
「たったって……二十人も死ぬってどういうことかわかってんのか!?」
「うん、わかってるよ。この世界ではどうやら一日に何千、何万もの人間が命を落としているそうじゃないか。それに、出生率はさらにその倍。二十人くらい誤差の範囲内だと思うけれど?」
「誤差の範囲内って……んなの、納得できるワケないだろ!」
「納得? 何で?」
「な、なんで……って……」
「納得なんて、しなくてもよくないんじゃないかな。一日に何万もの死を、その回数分納得していたら、マコトクン頭おかしくなっちゃうよ?」
「それは……そもそも論点がずれてるだろ。俺は──」
「ずれてないよ。マコトクンはその二十人を救いたいんだろ? 私にはその方法が思いつかない。それにいま、もし変に動いてしまったら、魔物転移装置を停止する機会を逃して、余計に時間がかかってしまうかもしれない。下手したら、ずっとこのままかもしれない。そうなったら、もっともっと、多くの人間が食べられちゃうよ?」
「そんなの……それでも、簡単に割り切れるワケないだろ……」
「……そうだね。そこが人間のオモシロイ所なのかな? 変に同族意識が高いくせに、同族を嫌悪し、搾取し、攻撃したがる。それが矛盾を孕んでいる行動だと気付いているのに、誰もそれを指摘するどころか直そうともしない。あまつさえ、助長している節さえある。そこまで同族を、他人を憎んで、嫌悪して、いがみ合って、最終的に何がしたいんだい? 終着点はどこにあるんだい?」
「嫌味か?」
「ん、そう聞こえたのなら謝るよ。これは私なりの好奇心だ。あえて言うなら、羨んでいると言っても過言ではない。……でも、そうだね。私にもいつか、そういうヒトの気持ちがわかるといいな」
「おまえには永遠にわからねえよ」
「ふふふ、それこそ嫌味ってやつだね。だけど、面と向かって言われるとやっぱり傷つくなぁ」
「は、どうせ傷ついてないくせに」
「そんな事はないさ。今すぐにでもマコトクンに慰めてほしいんだよ、こう見えて」
「はいはい」
「さて、どうだろう? 空いた時間でトランプ、もしくは本来やるはずだった質問タイムでも始めるかい?」
「……いまはそんな気にはなれねえよ」
「ほうほう、そっかそっか。なるほどね」
「何納得してんだよ」
「いいや? ……よし、鈴。おふたりはどうやらお帰りのようだ。今日ももう遅いから、送っていってあげなさい」
不破はそう言うと、ピッと人差し指を俺に向けてきた。また昨日のように俺たちをトバす気だ。
「あ、おい待て! 転移はやめろ! 自分で出るか──」
俺が言い終えるよりも前に、俺の視界がぐらりと揺れる。
またか。
そう考えた時にはすでに、目の前が暗転し──
◇
パチパチと明滅を繰り返す、古びた街灯。不気味看板の駄菓子屋。
気が付くと、目の前には昨日と同じような光景が広がっていた。
どうやら今回も簡易の転移魔法で、駄菓子屋の外にはじき出されたようだ。
イヤガラセなのか、それとも何か考えがあるのか……。
どのみち、不破のあの性格だから、考えるだけ無駄だな。
「……なあマコト」
「うお!? び、ビビった。音もなく隣に立つなよローゼス」
転移されたから仕方ないとはいえ、気配もなくいきなり現れるとビビる。それがたとえローゼスのせいじゃなくても。
「なあマコト、あたし間違ってンのかな……」
「なにが?」
「……いや、なんでもない。気にしないでくれ」
ローゼスの表情からして、おそらく中毒者の事について悩んでいるのだろう。
俺はこれ以上ローゼスに、その事についてとやかく言うつもりもないし、とやかく言える資格もない。なんやかんやとさっきは偉そうにローゼスを叱ってみたものの、ローゼスの気持ちもわかる。実際、いまも現状については理解しているけど、納得はしていない。
だけど──
「ローゼスはそれでいいんじゃない?」
「何言ってんだよ、いいワケねェだろ」
「いや、なんていうか、俺が言いたいのはそうじゃなくて……」
「……なんだよ」
「そうやって、ローゼスみたいに感情的になるのも間違ってないんじゃないかって事。それで何が変わるって話でもないけどさ、身近な人が死んで、隣人が死んで、関わり合いになったことがない人が死んで……それを特に何も思わないよりも、怒って悲しんで、感情を露わにしてたほうがいいんだよ、ずっと、きっと。上手く言えないけどさ、ローゼスはローゼスのままで、変わらないほうがローゼスらしくて素敵だと思う」
「あ、え? ……ん。あ、ありがと……」
ローゼスは俺の話を黙って聞いていたかと思うと、突然顔を真っ赤にして俯き出した。
ちょっと待て。
「……あれ? 俺いま、なんかすごいハズい事言わなかった?」
「い、言った」
ローゼスが口をとがらせて、恥ずかしそうに告げる。
「(ニマニマ)」
いつの間にか蠅村も俺の隣に立っていた。そして今の一部始終を見られていたのか、蠅村は口に手を当てて、茶化すように顔をニヤつかせている。
「ナシな。今のはナシ。帰ろう! そうだ! 帰ろう! さっさと──」
殺気。
あきらかにこちらに向けられている。
──サ。 ──サ。 ──カサカサ!
それと同時に……なんだ? 暗くてよく見えないが、紙きれのような物が飛んできた。
感じる魔力は大きくはないが、それが何であれ、真正面から受けるのは得策じゃない。俺は地面を蹴って、すぐにその場から退避したが──
「(!?)」
完全に油断しきっていたのか、反応が一瞬遅れた蠅村の体に、飛んできていた紙がペタペタペタと貼りついていった。
紙の正体は護符。
神社等でよく見かける、長方形の白い紙に、赤い印字でよくわからない文字や図形が描かれているアレだ。
──ビリビリィ! ババリバリィバリィ!
護符は蠅村の体に貼りついていくと、可視化できるほどの電流を蠅村の体に流した。
「──遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
暗闇から名乗りが聞こえ、それと同時に、カランコロンという下駄の歯をこするような足音も近づいてくる。
いや、それにしてもこの声、どこかで──
「やあやあ! 我こそは
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