第10話 いじめっ子再び


「蠅村さんってどの学校から来たの?」

「蠅村って珍しい名前だよね」

「蠅村さん可愛いよね」

「彼氏いんの?」

「あんまり喋らないけど、もしかして恥ずかしがり屋さん?」


「なあ高橋、おまえの姉ちゃんって何歳?」

「たしか昔、この学校で生徒会長とかやってたんだっけ?」

「大学生だし、あんだけ綺麗なんだから彼氏とかもいるよなー……」

「今度、高橋ん家遊びに行っていいか?」

「頼む高橋! おまえの姉ちゃんのナインのアカウント教えてくんね?」


 昼休み。

 教室内は、今朝やってきた二人の話題でもちきりになっていた。

『蠅村鈴』と『高橋奏』の両名である。

 蠅村の席の周りには、男子と女子が取り囲んでおり、ここからでは確認できないくらいだった。そして俺はというと、今までたいして話したことのないクラスの男子から、姉ちゃんの事について質問攻めに遭っていた。


 蠅村はまあ、わかる。

 ベルゼブブの時に比べたら、上手く可愛い女の子に擬態しているからな。無口だけど、無駄に表情が豊かなのもギャップがあっていいのだろう。

 だけど、姉ちゃんはわからん。

 弟だからってのもあるかもしれないけど、アレに異性としての魅力を感じているクラスの男子こいつらを趣味趣向が理解できない。



「なあ、高橋聞いてんの~?」



 急に男の顔がドアップになる。

 男にしては少し長めの金髪に、ユルく着崩されている制服。俺の顔を覗いてきたこのチャラい男は野茂瀬 南ノモセ ミナミ。この学校のカースト上位勢だ。しかし、三柳みたいなヤンキー寄りではなく、どちらかというと純粋に学校生活を楽しんでいるリア充……というか、陽キャだ。

 けど、この見た目のクセにその女遍歴はまっさららしく、たまに女子と話しているところは見かけるものの、基本的に目は合っていない。

 俺がこれだけ野茂瀬の情報を知っているのは、野茂瀬自身、女子以外なら比較的誰とでも話すからだ。



「あ、ごめん。なんだっけ?」


「奏さんの、高橋の姉ちゃんのナインアカウントだよ。弟なんだし、知ってるんだろ?」


「そりゃ知ってるけど……、勝手に教えたら怒られそうだし……」


「マジかよ。お、怒られてぇ……!」



 正気かこいつ。



「頼む! 情報元は伏せるからさ! この通り!」



 そう言って野茂瀬は手をパン、と合わせて懇願してきた。



「……ほんとうに伏せてくれるならいいんだけどさ、どうやって伏せるの?」


「それは、ほら……あの……アレだ……道端に落ちてました……とかさ」


「バカだ。マジモンのバカ」

「やっぱコイツなんも考えてねー」

「おい高橋、コイツにだけはゼッテー教えねェほうがいいぞ」


「う、ウルセーよ! 今のは冗談だっての! 本当はきちんと考えてんだよ、すげえやつをな」


「なら聞かせろよ」

「どうせロクなモンじゃねえんだろ?」

「道端の犬が咥えてましたーとか、言うつもりなんじゃね?」


「な、なんでわかった!?」



 ここぞとばかりに野茂瀬をいじる男子。……と、それを笑って見てる俺。

なんというか、今までの学校生活では考えられないような光景だ。



「つーかさ、高橋、なんかおまえ変わった?」



 野茂瀬から飛んできた鋭い指摘に、思わず固まる。



「え? ど、どこが?」


「なんていうか……なあ?」



 野茂瀬はそう言って、他の男子に同意を求めた。



「まあな、前はオロオロしてる感じっつーか……」

「話しかけてくんなってオーラみたいなのあったよな」

「ていうか、いつも休み時間になると机に突っ伏して寝てたろ?」


「そうそう! それもあって話しかけづらかったけど、いまの高橋はなんていうか……目が死んでない!」


「いや、それは言い過ぎだろ」

「言い方考えろよ、野茂瀬」

「バカだからオブラートを知らねえんだろ」



 影が薄くて、視界にも入れられてなかったと思ってたけど、意外と見られてたんだな。

 それと、自分自身の変化にも少しびっくりしている。前まではこういったノリを煩わしいというか、無意識的に忌避していた節があるんだけど……、今はそれに『楽しい』という気持ちも混在している。これが、野茂瀬たちや姉ちゃんが言っていた俺が『変わった』という事なんだろうか。


 ──しん……。


 クラス全体が急に静まり返る。何事かと思い、見てみると、クラス全員の視線が教室の前方の扉に集まっていた。そこにいたのは三柳と昨日会ったその取り巻き。

 やがて三柳たちは俺を見つけると、クラスの視線など意に返さない様子で、俺の席までぞろぞろとやってきた。

 三柳たちは俺の席の真ん前までやってくると、そこに座っていた野茂瀬を押しのけ、俺を睨みつけるように見下ろしてきた。

 今朝の画鋲の件からなんとなく予想はついていたけど、まさかここまで露骨に来られるとは思ってもいなかった。

 すこしだけ──ほんのすこしだけだけど、心拍数が速くなるのを感じる。でも、昨日みたく息が苦しくなったりという事はない。

 大丈夫。

 普通に振舞える。



「ようマコト……ちょいツラ貸せや。なあ」


「……え?」


「『え?』 じゃねえよ。理由はわかってんだろ? ああ?」



 三柳はそう言うと、包帯が巻かれている手を見せてきた。三角巾で固定されていない事から、骨折はしていないようだけど、負傷するまで強めに握った覚えもない。俺はしばらく、考えていると──



「待てよ、おい」



 押しのけられ、尻もちをついていた野茂瀬が立ち上がり、三柳の肩を掴んだ。



「おまえ、二組の三柳だろ? 高橋に何の用──」



 ボコッ!

 鈍い音。骨と骨とがぶつかって鳴る、不快な音。

 野茂瀬が言い終えるよりも前に、三柳が負傷していないほうの手で野茂瀬の顔面を殴りつけた。野茂瀬は何も声を発さないまま、教室の床に倒れ込む。



「……へへへ、なに、リュウちゃん、このザコ?」



 三柳の取り巻きが、ゴミを見るような目で野茂瀬を見下ろして言う。



「知らねえよ。正義のヒーロー気取りのカスかなんかだろ。……立てマコト、行くぞ」


「ど、どこに……?」



 三柳は俺の質問を無視して、俺の隣にいた男子の髪の毛を掴んで引っ張り上げた。



「来いっつったら来いな?」


「いだだだだ……! や、やめてくれ、三柳……!」



 男子が涙目になりながら、三柳ではなく俺に訴えかけてくる。



「わ、わかった。ついて行くから、放してあげて……」



 俺がそう答え、三柳が手を放すと、その手から髪の毛がパラパラと落ちた。かなり強い力で、微塵の加減もなく掴んだのだろう。昨日の事で相当腹が立っているのだろう。三柳は、頭をおさえて痛がっている男子には目もくれず、ただ俺だけを睨みつけている。



「ついて来い」



 三柳はそれだけを言うと、踵を返し、取り巻きを連れて教室から出ていった。俺はすこし申し訳なさそうに立ち上がると、そのまま三柳の後ろについて行った。

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