自好部 -チャリストーリーは突然に-

龍軒治政墫

二輪は文化――スポーツニッポン

第1話 じてんしゃしようよ

 ――四月。


 と言えば、新生活の始まるシーズンである。

 通常、進学ともなれば期待と不安の入り交じる気持ちで、生徒たちは新しい学校へと来ることになる。

 ここ鴇凰ときおう高校もまた、そんなシーズンを迎えていた。

 住宅街に建つこの学校。名前は立派だが、旧学制だった伝統校という訳でも無い。

 学力は高からず、低からず、かといって甘からず。舐めてかかると痛い目に遭うレベル。

 部活動はというと、県大会の上位にでも行こうものなら神として崇められるレベルで、決して強くはない。時折なんかの間違いでたまぁに奇跡的な成績を残す。

 そんな凄い進学校でも部活の強豪校でもない鴇凰高校でも新入生はいる訳で、入学式を開いて新入生を迎え入れる。


 時間ときは昼になろうかという頃。

 入学式、ホームルームも終わり、生徒昇降口からは新入生が次々と出てきていた。

「うわぁ……」

 校舎内から外の様子を窺っていた平田ひらた愛紗あいさもまた、今日から鴇凰高校に通うことになった新入生だった。

 だが、その口から漏れていた言葉は喜びでは無く、落胆とも言える溜め息交じりの声である。

「予想はしてたけど、いるよ……」

 校舎の外には、先輩たちが大勢いる。

 女子生徒の方が多いが、この学校は元々男子より女子が多い。設立当初は女子校だったそうだが、共学になったのは遥か昔前世紀の話。あまり影響が残っているとは思えない。

 制服は男女問わずスラックス、スカート、ネクタイ、リボンを選ぶことが出来る。確かに女子生徒は様々な組み合わせを楽しんでいて、多少は影響あるかもしれない。だが、差が付くほどの影響があるとは思えない。

 一番の要因は、自由度の高い制服でもシャツの色が校名に合わせたスクールカラーである薄いピンクで固定されているせいのような気もするが、男子も制服で学校選ぶとか有るのだろうか。男子でもスカートの生徒がいるとはいえ、あまり気にしないような気がするのだが。

 そんな先輩たちがいる中庭だが、先輩から新入生に対する声かけ事案が多発していた。


「是非、うちの部に入らない? 初心者でも構わないから」

「キミには才能がある……ように見える。我が部に入らないかい?」

「ねぇ、部室に来るだけでもいいから! 大丈夫大丈夫。怖く無いよ、全然全然。うちの部は安心、安全がモットーだから」

「美味しいお菓子あげるから、こっちおいで」

「いい子いるよぉ~。姉ちゃぁん、どぉだい?」


 先輩たちの言葉は優しいが、その目は獲物ターゲットを狙うケモノそのものだ。

「あー、絶対狙われるよ……」

 愛紗はそう呟いて身を小さくした。

 愛紗の身長は平均身長よりも高く、百六十センチを優に越えていた。中学時代でも目立っていたが、高校生になってもまだまだ成長中。

 この学校に多種多様の部活が有るのは、事前に読んでいた学校案内パンフレットで知っているし、近くの壁にも勧誘のポスターが大量に貼ってある。


 間違いなく勧誘される。


 それを危惧していた。だが残念な事に、愛紗は体力は有る方だが、運動がすごく得意という訳ではない。入部しても、あまり貢献出来る自信は無い。

 そんな理由から、なるべくなら誘われての入部は避けたい。入るとしても、自分で選びたい。そう思っていた。

「んー……」

 もう一度外を見てみる。

 制服やジャージの先輩もいるが、様々なウェアを着た先輩たちがいる。外で勧誘しているのは運動部が中心だ。

 ソフトボール部、サッカー部、バスケ部、バレー部、剣道部、柔道部、テニス部、陸上部、ダンス部……。

 水泳部のプラカードを持った人もいる。さすがに水着で勧誘はしていない。

 文化部系もいるようだ。

 楽器を持っているのは吹奏楽部。

 制服にエプロン姿なのは、料理研究部とか、そんな感じの部だろう。

 緋色の毛せんの上に制服姿の生徒が。茶道部だろう。

 派手なドレスは演劇部か?

 向こうの人だかりの中心に木製のベンチ……いや、縁台だ。将棋部が縁台将棋をしている。

 リーゼントとサーキュラースカートの女子コンビ。その横にはウッドベースの人――これはロカビリー部……じゃなくて軽音楽部かな?

 HB-101の黄色いキャップ集団――は園芸部なのか? 自信はない。

 なんか一部クセの強い部活があるな。

「さーて、どうしよう」

 そっと呟く。

 生徒昇降口から一番近い出口は正門である。当然生徒が多く通る。なので、その周辺で勧誘合戦が繰り広げられている。

 だが、学校の門が一カ所なんてことは無いだろう――多分。

 他の門であれば、正門よりはまだ捕まる確率も低いかもしれない――きっと。

 行ってみる価値はあるだろう。

「よっし」

 愛紗は気配を消し、背を低くしてそーっと壁沿いに裏の方へと回っていった。

 幸い、先輩ケモノたちは他の新入生に気を取られているようだ。

 そのまま裏の方へと回っていく。

 

「そろそろいいかな?」

 気配を消したまま、なんとか生徒昇降口から離れた場所までやってきた。

 周囲に人はほとんどいない。一安心だ。

「んーっ……」

 背伸びをして無理な体勢で固まった身体をほぐす。バキバキッと音を立てている。そんな気がしないでもない。

「とりあえず今日は帰ることにして――部活は面白そうなのがあれば、覗いてみるかなぁ」

 中学の時は、どの部にも所属はしていなかった。どこかに入ろうかと思っていたが、思っている内にダラダラと時間が過ぎて、結局入らなかった。

 パンフレットを見ていた時も、部活の所は流し見しかしていない。

 パンフレットは運動部の写真を前面に出し、端っこに部の一覧が載っていた。

 こういう部活動紹介は、得てして運動部が推されがちだ。

 平等に文化部の写真が載っていればいい方。大体吹奏楽部や書道部、美術部ぐらいしか載っていない事が多い。

 別にこの部活に入りたいというのは無いが、折角の高校生活だ。どこかの部に所属して、青春を謳歌するのも良いだろう。

 幸い、この学校は部活の数が多い。

 運動部、文化部、特に決まってはいない。だが、今はどの部活も勧誘に必死だ。もう少し落ち着いてから考えよう。

 きっと、どこかに縁があるはず。

 そう思いながら歩き出した所で、

「そこのお嬢さん」

 と、声が聞こえてきた。

 辺りを見回すと、校舎を背に、どこからか持ってきたと思われる学校机の上に水晶玉、そしてイスに座るフード付マントを被った正体不明の人物がいる。


 ――見るからに怪しいんですが。


 いかにも不審者だが、きっと学校関係者だろう。入学式の日に部外者が入ってこられるようなザルセキュリティの学校であるのなら、身を守るためにも転校を考えなくてはいけない。

 改めて周囲を見回したが、自分以外いないようである。

 そこで、謎人物の方を向いて自分自身を指差すと、謎人物は大きく頷いた。

「そうそう、あなたあなた」

 フードを目深に被っているので顔は見えないが、声からすると女の子のようだ。

「あなたの運勢を占って差し上げましょう」

 突然の展開に愛紗が戸惑っていると、

「もちろん、無料です」

 と、謎人物は付け加えた。

 例え有料だったとしても、こんな所で商売されては困る。

 愛紗はあまりの怪しさに首をかしげた。

「ひょっとして、占い部ですか?」

「…………違うよ」

 一瞬、間があった。

 占い部ではないかもしれないが、他の部かもしれない。そもそも、占い部が書いてあったような記憶は無い。

 だが、声をかけられたのも、何かの縁かもしれない。

 というより、断れない空気がある。断ったら呪われるかもしれない。

 どう出るか分からないが、

「お願いします」

 と、愛紗は返答した。

 謎人物はピカピカに光る水晶玉に両手をかざして動かし始めた。

「ん……んー……んー……んっ!」

 声と同時に手も止まる。

「出ましたぁ! あなたの運勢、大凶も大凶、超大凶でぇす!」

「えええーっ!」

 明るい声で言われた予想もしていない占いの結果に、愛紗は思わず声を上げてしまった。

「大丈夫です。そんなあなたに、運が良くなるラッキー部活が有ります。知りたいですか?」

 謎人物の言葉に、愛紗は思わず何度も頷いてしまう。

「――それは自好部です」

「……事故部?」

「違う違う、自好部。さぁ、入りましょう、自好部へ。こちらの入部届に記入すれば、すぐにでもあなたの運勢は大吉ですよ」

 声のトーンが高くなった謎人物は、真っ白な入部届を机の上に置いた。

 そこで色々と察する。

 これは入部の勧誘だ。そんな予感は薄々感じていたが、間違いない。

 となれば、答は一つ。

「怪しいので断りまぁーす!」

「ぇぇ……」

 愛紗の返答に、謎人物は声が小さくなった。

「やっぱダメだよ、ユリぃ。この作戦は」

 謎人物が近くの茂みに向かって言うと、

「もうちょっと頑張って……みっちゃん」

 茂みから別の女の子の声が聞こえてきた。

「こんな無理矢理入部させても、すぐ辞めるだけだって」

「せめて入部届に名前を書いてもらうだけでもいい。入れてしまえばこっちの物。だから、みっちゃんの演技力でなんとかして」

「そんな演技力有ったら、演劇部入ってるって」

「そこに誰かいるんです?」

 謎人物と謎人物の会話に割り込んだ愛紗が言う。

 と同時に、二人の会話は途切れた。

「……なぜ分かった?」

 そう茂みの人物が言うが、声聞こえてるし。

「……バレたら、仕方ない」

 茂みがゴソゴソと動くと、この学校の制服に身を包んだミディアムヘアの女の子が出てきた。目線を落とさないと頭しか見えない。恐らく十センチ以上、十五センチ以上は背が低いだろうか。

 実に小柄だ。

 だが、小さいのに幼さは感じさせない顔立ちをしている。

「こうなった以上、あなたには責任を取ってもらいます」

 そう言われて指をさされたが、何もしていないのに?

「そもそも、ここはなんの部なんですか? まず、それが分からないと」

 変なことに巻き込まれるのは面倒である。

 愛紗は平和的解決方法の模索を始めた。

「あたしたちは自好部よ」

 謎人物がフードを脱ぎながら言う。胸辺りまで伸びた髪をゆるく二つ結びにした女の子が出てきた。こちらは逆に可愛らしさを感じる。

 そういえば、さっきも自好部と言っていた気がする。

 ここで勧誘をしていると言うことは、二人とも先輩のはずだが……。

「略さずに言えば自転車愛好部ね」

「自愛部じゃないんですか?」

 愛紗はふと湧いた疑問をマント先輩にぶつけてみる。

「それだと、なんか自分を愛する部みたいでしょ? ナルシスト部と間違われちゃうじゃない」

「粗挽き、ネルドリップ方式」

「そうそう。刑事に扮した小林稔侍と高品格が――って、それJIVEよ、JIVE! もうFIREに変わって何年経ってると思ってるの!」

 愛紗はふと、パンフレットの事を思い出した。

 部活一覧の所で自転車と言う文字が見えて、珍しいと思ったような記憶がある。だが、写真は無かったような気がする。学校側が推すような部活ではないのだろう。

「自転車愛好部って、どんな部なんですか? もう人類は愛せない! 自転車が大好きだっ! 一生コイツと添い遂げる! って人の為の部とか?」

「そうそう。あまりに自転車が好きすぎて、カレシは自転車――って、そんな訳ないでしょ! それじゃタダのヘンタイよ。そりゃあ、確かに自転車が好きな人が集まる部ではあるけど、そういう意味じゃあないし。やるのは、ポタリングとか、メンテナンスとか、ヒルクライムとか、ツーリングとかで、自転車をいじったり、アチコチ行ったりね――もうすぐ部を名乗れなくなるかもしれないけど」

 マント先輩は、最後の方で声のトーンが落ちた。

「どういう事です?」

「簡単に言えば……部員不足」

 小さい先輩が言った。

「私たちの部は、現在部員が四人。このまま部員が増えず五人未満のままだと……同好会落ち」

「そう、そして『自転車愛好同好会』という、同好会なのか愛好会なのか分からない長ったらしい名前に変わってしまう! 太古の昔、先輩たちが頑張って部に昇格させたのに、あたしたちの代で降格させるのはイヤだし、それ以上に、ただでさえ少ない部費が更にカットされて、活動が苦しいことに……。それだけは避けたい。だから、なんとしてでも入れたかった訳」

 マント先輩はグッと拳を握りながら語る。

「……分かった?」

「ええ」

 小さな先輩に言われて、愛紗は思わず小さく頷いた。

 要は、部として存続させるために、なんとか一人でもいいから新入部員を取ろうとしている訳だ。その為には手段を選ばないようである。

 むしろ、こんな事やってるから、入らないんじゃないだろうか。

 そこは疑問に思ってはいけないのかもしれない。

「それなら、もっと人の多そうな場所で勧誘すればいいんじゃないんですか?」

 マント先輩がゆっくりと首を横に振る。

「別の部に取られちゃうのよねぇ。大体、レースとかに出てる訳じゃあないから、うちの部ってそんなに目立つ活動と言えるモノが無いし。それに、うちの部に入る人たちってさ、どっか自転車愛が歪んでるんだよね」

「私は……違う」

「いや、ユリのシマノ愛は異常とも言えるし」

「無用なトラブルが嫌いなだけで、そうしたらシマノ中心になっただけ」

「そんな事ないってー」

「それを言ったらみっちゃんだって――」

 先輩二人の言い合いが続く。

 この部はなんとなーく厳しくないような雰囲気がある。レースに出ないのなら、成績がどうこうというのも無いだろう。

 それに困っているようだし放っておけない――と、愛紗の気持ちが傾く。

「私、入部します」

「「ホント!?」」

 二人の先輩が同時に愛紗の方を向いた。救世主が現れたかのようなキラキラした眼差しで、愛紗を見つめてくる。

 いや、そんなに期待されても困ります。

「いやー、良かった良かった。これで部として存続出来そう。じゃあ、この入部届に記入してね」

 マント先輩が改めて机の上に入部届を置く。

 小さな先輩が、どこからかイスを持ってくる。愛紗はそのイスに座り、入部届に記入しようとした所で気付いた。

「あっ……」

 声と同時に愛紗の手が止まる。

「どしたの?」

 マント先輩が聞いてくる。

「そう言えば私、自転車持ってないんですけど……」

「なぁにぃ!?」

「やっちまったなぁ……」

 男は黙って大八車! という訳にもいかない。


 これは、部の存続のために奮闘する少女たちのストーリーである。

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