正解の魔法

りーる

第一話

「誰かがまた魔法を暴走させたらしいぞー」と、外で誰かが叫んでいる。

 やれやれ、今日も騒がしいなぁ、と度々読者も思うことだろう。本書では私が魔法について専門家らしく執筆しようと思う。

 と、その前に私の身の上話でも少し聞いてもらうとしよう。私にはかわいい男の孫がいる。好奇心旺盛な孫は今魔法にとても興味があるようで、よく魔法のことを訊かれる。魔法は身近だがあまり知られていないことも多い。多くの人に少しでも魔法について知ってもらうために、この本の執筆を決めた次第である。

 今では当たり前となった魔法だが、その実在や魔女と呼ばれる人々が自分たちの存在を公言するようになったのは、二百年ほど昔だったという。それ以前は魔女たちはこの地球で魔法の存在を隠し生き延びてきた歴史がある。中には魔女の家系ということも、自分の子どもたちには伝えない人も居たらしい。そのため大概の人は自分に魔法の力が宿っていることを知らないまま、その生涯を終えるのである。まれに自分自身を普通の人間だと思っていた人から、魔法が暴走してしまうことがあったと聞く。なぜ、昔の魔女は自分たちの存在を隠していたのか?と今、これを読んでいる読者は考えただろう。それは、昔、魔法を操れる魔女を恐れた人間たちが魔女を捕らえて危害を加えていたからだ。いや、昔に終わった話ではないのが浮き彫りになってきた課題だろう。現代でも魔女を恐れる人間は数多く存在していることは読者も耳にすることがあると思う。それは、私たち魔法研究家が解決に頭を抱えている問題の一つだ。さらに、魔女と一口に言っても生まれつき魔法を使える者と一回魔女、つまり一回だけ魔法が使える者が存在していることを知っているだろうか。一回魔女は人によって差があり、ある時にふっと魔法の力が備わるらしい。しかし、魔法についての詳細は語り継げられることが少なく、閉ざされてきた魔法の歴史の蓋を開けるのは実はまだまだ困難なのが現状なのだが。

 魔法書によっても、一回魔女の魔法にはある条件があると…


【第一章】

 また、テストを見せたらお母さんに怒られる。そんなことを思いながら、新は母親とともに夕食をとっていた。新は母になんと言われるか容易に想像できたから、(テストを魔法で抹消しおっかな…ちゃっちゃってさ。)と思った。が、母親は新がかける魔法くらい一瞬で見抜いてしまうに違いない。そうしたら、もっと怒られてしまう。そう考えたところで、全ての食器に何も残っていないことに新は気がついた。そして、そそくさと上の階にある自室へと入って行った。

 翌日、といってもいつも通りの学校生活が待っているだけだが、新は昨晩母親に見つかってしまったテストの点数と同じくらい低いテンションで教室へ入って行った。なんだか教室の中が騒がしい。誰かが魔法でいらずらでもしたのか?と空席と友達を探しながら歩いていると、後ろから近野に声をかけられた。今日なんかあったのか、と新が口を開きかけたとき、近野は早口に

「人間の転校生が俺らのクラスに編入するんだってよ。なんでも、理事長の娘らしいぜ。でも、中高一貫校の中二で、しかも夏休み前に入ってくるなんて珍しいよな。まあ、理事長の娘だし、仲良くなったらいいことあるかもなー」

と近野はどこから聞いたのか、既に集まった情報を教えてくれた。相変わらず物好き、噂好きな奴だ。まぁ、言い換えれば近野は誰とでも仲良くなれるんだよな。もちろん、新はそんな近野を尊敬しているし、いつも面白いネタを持ってきてくれることに感謝している。まぁ、付け加えると、新はそのことを直接近野に伝えたことはないが。

 新はクラスを見渡した。ラッキーなことに一番後ろの席が空いている。新はいつも遅刻ギリギリに来る須藤の分も確保しつつ、席に着いた。

 はっと気がつくと、担任の大倉先生はもう教壇に立っていた。暖かい陽気に眠気を誘われてしまったようだ。危ない危ない、出欠を取られても気づかずに欠席にされるところだった。いつの間にか須藤もちゃっかり隣にいる。いつのまに、と思いながらも新が教壇に視線を戻すと、いつ現れたのだろうか、というよりただ単に目にとまっていなかっただけなのだろうが、きつい顔をした女子が立っている。ああ、あれが今日クラスで噂になっていた転校生の人間か。あ、だけどよく見たらきつい顔しているんじゃなくて緊張してるんだな。理事長の娘だかなんだか知らないが、怖い顔してると友達出来ねーぞ、と新が心の中で毒づいているうちに転校生の自己紹介が始まった。

「津島美奈です。趣味はピアノです。よろしくお願いします。」

という定型文のような自己紹介が、朝の気怠さを含んだパラパラとした拍手で締めくくられた。

 この学校では、数国社理などに加えて魔法についての科目もある。授業は選択制なので、新は須藤と一緒に魔法科を頻繁に取っている。新はぶっちゃけ、楽だから魔法科を取っているのだけれど。その制度によって新は人間である津島とは、お昼ご飯を食べに教室へ帰るまで顔を合わせることはなかった。…新は人間との関わりをなるべく持たないようにしていた、というのもある。

 四限の授業が終わり、トイレに行ってから新がお弁当を食べに教室へ足早に帰っていると、教室から「津島って、すげぇー」「美奈ちゃんすごいねっ」と言う声が聞こえた。

 

新は今更人間と関わるつもりはなかった。いつもいつも、親は魔女という重荷を押しつけてくる。ご先祖様は私たちを守ってくれているのだから、新もしっかりやりなさいと何度言われたことか。もっと上を目指せ、友達は慎重に選びなさい、となぜ言われなくちゃいけないんだ。モヤモヤとしたそんな思いを新は次第に人間にぶつけるようになってしまった。何にも魔法の力を持っていない人間は、意味がないんだ。人間と仲良くして良いことはあるのか。そんな思いを新は胸の中にすまわせていた。それに…新はもう、人間が魔法の存在に怯えていることを知っている。魔法が使えるということは、つまり、そういうことなんだ。

 

うだうだ悩んでも仕方がないと、新は深い深呼吸をして教室に入って行った。

 とりあえず、お弁当確保。次は場所を確保しなくては。新の目に止まったのは須藤の姿だ。いつの間にか、津島を囲む輪の中にいる。授業も違うのに、と思いながら窓側にいる根津と保倉のところに移動していたとき、

「私、実は一回魔女になったばっかりなんだ、だからお父さんが人間だけの学校から魔法について勉強できるようにって転校させたんだよね。でも、一回魔女だからって人間の時と何も変らないし、よくわかんないな。」

という津島の声を右から左に流しながら、けれど一割くらいは脳に留めながら聞いていた。

 新は一回魔女についてよく知らないが、魔法を一回しか使えないらしい。それはただの人間とほぼ同じじゃないか。何のための魔法なんだ?と考えていた。付け加えると、新だけでなく多くの人は、一回魔女本人でさえ、一回魔女についてよくわかっていないのである。例えば、どんな人が一回魔女になるのか。(遺伝的なものではくて、誰にでもなる可能性がある。)また、一回魔女であると気がつくタイミングも様々で、生まれた時から備わっていたり、津島のようなタイミングだったりする。とにかく、わからないことだらけだってことは、誰でもわかる。

 あと、わからないことだらけというのを新はよく人に対して感じる。津島はもっと理事長の娘ということを鼻にかけるタイプなのかと思いきや、そんなことも無いみたいだ。…何でそんなに楽しそうに笑っていられるんだ?

 暑くなり始めたからと開けっぱなしになっている窓からは夏を運んでくる生温い風が感じられる。お弁当を食べ終え、五限の授業について話している根津、保倉に適当に相槌をうちつつ、新は頭の中で別のことを考えていた。

 

当たり前のように月日は流れていった。運動会では毎年恒例である一年生の服装規定違反での大量減点があったし、直前の一週間に教科書を焦って開いた期末試験も終わった。そして試験から解放された喜びと、やってくる夏休みに心を踊らせた七月も過ぎ去り、春のワクワクする香りでも、夏のセミの声が聞こえてくるような生温いムワッとする夏の香りとも違う、秋の香りが到来してきた。

 夏休みが終わり、始業式を二週間前に迎えた。が、クラスの半数はまだ夏休み気分が抜けないらしく、夏休み前の元気はどこへ行ったのか休み時間の度に机で突っ伏している。暑さと再開した学校生活の忙しさに打ち勝てる人は少ない。けれど、もうすぐ一大イベントである学園祭が催される。なんとなくではあるが、始業式直後の数日間に比べるとクラスは賑やかになり、学校生活のペースを取り戻そうとしているように感じられた。

 

新は夏休みの間、所属しているテニス部に週四日、理科部に週二日のペースで行っていた。理科部では自分たちで好きなように実験を組み、自由なペースで実験ができる。実験をしている時は誰にも制限されることも無く没頭できる。新はとりわけ化学が好きなわけでも、理科が好きなわけでもなかったが、魔法に頼らない、達成感が味わえる理科部が好きだった。魔法という形がなくて不安定なものじゃなくても良いと思っている自分にも驚いていたりするのだ。

 

いつの間にか、という感じしかしないが学園祭まであと十日だ。クラスは一気に団結ムードがただよっている。青春なんて、と普段は思っている人も学園祭準備のワクワク感には逆らえないらしく、みんな楽しそうに催し物を作り上げている。学校生活の一コマを彩ってくれる、そんな空間が広がっている。誰もいない放課後の教室とはひと味違った、青春の期待感が胸をいっぱいにするのだ。

 

朝、新は自然とすっきりと目が覚めた。しかし今日は学園祭当日、ではない。一週間前である。なんでか、起きなくてはいけなかったような気がした。覚えていないが、夢でもみていたのだろうか。毎朝、お母さんは新のお弁当を作りながらニュース番組をつけっぱなしにしている。いつもの朝は余裕が無く、ニュースをチェックする暇はないが、今日はニュースを観ながらゆったりと明太子ご飯をほおばっていた。そのとき、映し出されていた見出しに見たことがある名詞が、と思ったら新の学校の名前がテレビ画面に映し出されていた。その瞬間、新の脳細胞たちは一斉に動き出した。

 

新は結局いつも通り走って学校に向かっている。いつものように遅刻ギリギリだからとかではなく、本能的に早く行かなくてはいけない気がした。早く行っても行かなくても何も変わらないことはわかっていたけど、いかなくてはいけなかった。

 

教室のドアを開けるとやはりクラスはソワソワしていた。みんなニュースを見たのだろうか、誰かが広めたのだろうか。それとも、みんなは一週間後の学園祭を心配しているのだろうか。そんな、今はどうでもいいようなことを考えながら、目は津島を探していた。が、まだその姿は見当たらなかった。せっかく早く学校に着いたからと新は小テストの勉強をして過ごそうとした。といっても、実際には津島が来るか気になってしまい身が入らなかったのだけれど…。もうすぐ朝礼が始まる時間だ。やはり津島は来ないのだろうか。新は自分が同じ立場だったらもちろん学校へ行かないだろうが、津島はそれを打ち破ってくれると信じていた。新は自分にはできない何かを津島に求めていたのかもしれない。津島はいつも朝礼の二十分前には来ているのに今日はいないからもう来ないのか、そのとき廊下から、

「おはようございまーす!」

あれは津島だ。多分、クラス全員が認識した。空気が静かになったというか、意識がブラックホールに吸い込まれたような感じがしたから。

 そして津島が、と思ったらまず大倉先生が入ってきた。一瞬空気が緩んだように思えた。続いて、津島が入ってきた。津島は遅刻扱いとなる。その津島は至っていつも通りだったから、新は少し拍子抜けした。やっぱり、人ってよくわからない。だけど、津島が友達にかけられた「おはよう」に返した時の顔は一瞬陰ったようだった。新は自分が人のことをわからないとずっと思ってきたけれど、自分自身のこともよくわかってないんじゃないか、という考えが頭を巡った。

 

午前の授業中は先生の話もほとんどが右から左に流れた。なぜか、新はいつもと変わらない様子、というより変わらない様子を保とうとしている津島のことを考えていた。人には弱みを見せたくないタイプとか、なにかモットーみたいなのがあるのか?新はそういうしっかり自分を持っている人は眩しくて、いつも直視できなくなってしまう。

 

その日の終礼の後、近野が口火を切った。津島の友達も気を遣ってその話題を避けていたようだったが、ついに津島に聞くのか。もしかしたら、津島もニュースで初めて知ったかもしれなかった。津島の心の傷をえぐりかねない。でも、みんな好奇心の方が勝ったのだと思う。新は一瞬姿を現したクラスの静けさから、そう感じ取った。

 津島はいつも通り何もなかったかのような顔をして、

「びっくりだよね。」

と一言言った。そうだ、あまりにも唐突なことすぎて、びっくり以外の言葉がでてこない。津島はびっくりしたのだ、と新は頭の中でリピートしていた。津島の父親は魔法という存在に支配されそうになっていたんだ。

 

「…この学園の理事長が、不正に魔法国際機構にアクセスしたとして、逮捕されました。教育の場を牽引している立場でありながら、このような事例が発生したのは初めてです。警察への取材によると、動機は一回魔女である理事長が、科学の進歩が著しい時代で魔法が科学の力さえ操るのではないかという不安が募ったということです。また、学校には外部の魔法から守る魔法のバリアを張っていたようですが、今後の指針など、具体的にはまだわかっていません。これから学校はどうなっていくのか。またその処分についても注目していきたいところです。次のニュースは、世界環境連…」

 

朝ニュースで見たワンシーンがまた、脳内で再生された。

 テレビで報道されたニュースがどれだけ重大な内容でも、あまり気に留まることは無かったのに、身近な内容だとどうしてこうも焼き付いて離れないんだろう…。

 津島はみんなが黙りこくっている様子を見てか、

「私ね、ニュースで初めて知った。魔法のことお父さんがどう考えてたのか。でもなんかなーって、どうせ、全然知らない学校で今回のことが起こってたとしても、自分には関係ないやーって気にも留めなかったと思う、だから、なんか、お父さんが魔法が怖いって思ってても大半の人はいつも通りの生活を送ってるんだって考えたら、いろいろ考えるのが無駄だな、って思えてきて。そう、それに、お父さんのせいで人生狂わされたくないしな、って思った」


津島は、読点がついても句点が付かないようなスピードで話した。津島本人も話しながら内容を考えていたから、混乱していたのだ、きっと。あと新はなんとなく津島の言葉が津島から出た本心じゃないように思えた。というか…魔法使えないやつらが魔法怯えてるのって当たり前だ。魔法はなんでもできる、ただの凶器だ。けど魔法使えるやつって少数だから共存していく他ないし。個人の力量の差は明らかだろうけど魔法が使えるからって踏ん反り返ってるのも理解できるわけないし。津島だってなんで淡々としているんだよ、強がってるようにしか見えないんだよ。

新はいろいろなことを考え始めて、次第に怒りが湧いてきた。魔法で、どうにもならないことだらけじゃないか、世の中って。それなのになんでも魔法で解決しようとする官僚とか魔法の存在が社会を安定させていると唱えてる学者とかがいる。魔法が使えたって、それが全てじゃ無いんだ。魔法が使えない人間が意味がないんじゃなくて、互いに歩み寄ろうって、双方が努力しなくちゃいけないんじゃないのか。

ああ、そっか、結局、自分も魔法に頼りきってる大人と変わんなかったんだ。人間だから、と少しも向き合おうって気持ちを持ってこなかったんだ。そういう初歩的な、でも大切なことを見落としていたんだ。

そういうことを気づかせてくれたのだって、魔法が使えない人間の津島だ。新は、今度は人間じゃなく、踏ん反り返ってる魔女でもなく、何も見ようとしてこなかった自分に怒りが湧いてきた。津島は周りをみて、何事もなかったように努めてるのに。

 

…自分が人間だったら魔法に向き合えたか?


新はその晩いつの間にか布団の中にいた。学校から帰ってから何をしていたのか覚えていなかったが、とりあえず今は、外では雨が規則正しく音を立てて降っている。そして新はその晩、夢を見た。幼い子が魔法を楽しそうに使っている。その子は本当に魔法が使えて楽しそうだった。新の幼い日の記憶だろうか。朝起きてからも、新は夢に出てきた小さな男の子の顔を鮮明に思い出せた。

 

魔法が楽しく使えないのなら。新は魔法に依存して偉そうな態度を取る大人になってしまうくらいなら、使えない方が良い。


 その日、津島も他のクラスメイトもいつも通りの様子で学校に来ていた。新は津島に頼み事をしようと決めていた。しかし、親には絶対に内緒にするつもりだ。新の決断は全て反対される。


よし、津島は今一人だ。新は席に荷物も置かず津島の席へ行った。

「お願いが、あるんだ。廊下で話してくれない?」

ほとんど話したことがない新からの突然のお願いだったが、津島は戸惑いの表情一つみせず快く受け入れてくれた。そして、新は廊下に出てから、自分が人間に対してよく思っていなかった事、自分がそこら辺にいる偉そうな魔女と何も変わらないと津島の存在によって気づけた事を話した。そして自己中心的なお願いだとはわかっているが、魔法を使えなくして欲しいと頼んだ。津島は頷いて相槌を打ちながら話を聞いてくれた。津島の父親の話のときは少し苦しそうだったが、新の真剣さを感じ取ったのか、最後まで口を挟まず聞いていた。そして、津島は考え込み始めた。


 一回魔女の魔法は普通の魔女よりも強い。新は昨晩見た夢で知った。夢だから授業で聞いた話や自分でねつ造した話かもしれないが、それは偶然とかそういうレベルじゃない。きっと、津島に頼むように何かが自分を導いてるんだ。

 でも津島からしたら迷惑なはずだ。一度しか使えない魔法をいきなりクラスメイトに使うなんて、したくないと思う。けれど、新はなんとしても津島に魔法をかけて欲しかった。津島が好きとかそういうことではなかったが、うろこ雲が空の高いところでしか発生しないのと同じように、新はどうしても津島にかけて欲しかった。

 

「いいよ。」

 ありが、と言いかけたところで津島は目を閉じた。魔法は強くかけたいと思えばかけられる。魔法をかけるタイミングが決断してからこんなにすぐなのにも驚いたし、なによりすんなり頼みを聞いてくれたのが新を驚かせた。次第に魔法がはたらき始め、無重力のような空間にな…しかし、うまくいかなかった。新の耳にいつもの廊下の賑やかさが戻ってきた。

 

津島もよくわからないという顔をしている。なんで、うまくいかなかったんだろう。

 生まれ持った魔法の力をなくすのは無理だったのだろうか。それとも、津島と新の心にはこれで本当にいいのかという気持ちが残っているのだろうか。でも新は津島が魔法をかけようとしてくれた結果なら、それでよかったんじゃないかと思った。


 学園祭まで新は津島に起こった出来事も忘れるくらい、準備にいそしんだ。クラスの出し物と部活の出し物はどちらも完成度がとても高かったから、新は満足していた。学園祭当日は思う存分楽しめたし、クラスのお化け屋敷も大盛況だった。新は津島とはあいかわらずただのクラスメイトという関係をくずしていないし、これかも関わらないで生きていくだろう。だけどもちろん、津島の名前を忘れることもしないだろうと、新はベッドの上で寝転がり、学園祭の打ち上げの時に撮った集合写真を眺めながら思った。


【第二章】

 なんでこうなっちゃったんだろう。優衣は悩んでいた。後悔しても元には戻せないんだろうか…優衣には軽い気持ちでかけてしまった魔法がある。いや、しっかり考えた上でかけたけど、ここまで今の自分を苦しめるとは思っていなかったというのがふさわしい。

 

優衣は、一回魔女だ。いや、魔法はもう使ったから、一回魔女だった人間というのが正しいんだろう。

 それは中学一年の時に始まる。いわゆる、いじめに遭った。小学校でいじめはなかったが、優衣は読書が好きで小学生の頃からいじめの存在は知っていた。けれど、まさか自分がいじめの標的になるとは小学生の時は微塵も思っていなかった。

 

優衣の学校では、毎年クリスマスの時期に合唱コンクールがある。クラスで団結して優勝を勝ち取ろうという趣旨なのだろうけど、実際はそんなにうまくいかない。優衣のクラスもそうだった。クラスの派手なグループのリーダー格の女子が指揮者になった。その子はどちらかというと気性が荒めだ。でも他に指揮者を希望する人もいなかったからすんなりと決まった。とりあえずみんな面倒ごとには巻き込まれないように、と大人しく指揮者の指示に従っていた。それにその指揮者の子は合唱コンクールに対してやる気があったから、誰も文句を言わずに練習が進んでいくように思われた。


 合唱コンクールの練習をしていたある放課後、指揮者の子が一番前でソプラノのパートを歌っている彩花に向かって言いにくそうな様子もなく、

「彩花ちゃん音痴だから、誰かと場所代わって後ろの方で歌ってくれない?」

えっ…そういうこと、直接本人に言っちゃうの?しかも、みんなもいる前で?優衣は、唖然とした。クラス中がきっと同じようなことを思っているだろうが、優衣は彩花と幼馴染みだから、より彩花の傷を想像できる。彩花は一人っ子で喧嘩とかは無縁なため強く言われ慣れていない。優衣は何も考えていないのか、傷つけようとしたのかわからないが、酷い発言をした指揮者の子にむっとして、

「なんでそんな言い方するの?もっと相手がどう思うか考えて発言できないわけ?」

と、思わず強く言ってしまった。優衣は意外とかっとなったら口に出てしまうタイプなので、しまったと思った時にはもう、指揮者の子はぶすっとあからさまに不機嫌な顔をしていた。


 翌日から優衣はクラスの中で無視されるようになってしまった。彩花は気を遣ってか時々話しかけてきたが、優衣はあと少しでこのクラスともおさらばできると辛抱していた。


 合唱コンクールも終わり、冬休みに入った。いつも通り、朝起きてコタツに入っていた。あと三か月もクラス替えないのかー嫌だな…と思いながらテレビでニュースを見ているとき、優衣は気がついた。あ…私、一回魔女に、なってる。何故かわからないけれど、ハッキリとそう感じた。いきなり、魔法が使えるようになるって、変な感じ…。いつもと何一つ変わっていないはずなのに、私は魔法が使えるようになったんだ。

 きっとこれはチャンスなんだ。私が乗り越えなきゃいけない、課題なんだ。優衣は魔法を使って人の心が読めれば相手に不快な思いをさせないで、楽しい学校生活が送れると思った。そして優衣はお母さんに、実はクラスで少しいじめられていること、一回魔女になったこと、このタイミングはきっと自分を変えるチャンスなのだということ、そして自分の中で魔法の使い道を決めたことなどを話した。お母さんはうなずいて、優衣が決めたことなら応援するし、一緒に乗り越えようと言ってくれた。


 優衣は自分に魔法をかけた。そうして、心の中を知りたいと思ったときに読めるようになった。

 そうして、迎えた新学期。パリッとした新品の制服が眩しい一年生が入学してきた。優衣たちは中学二年生に進級した。

 

それが、今に至るまでの経緯だ。優衣は、こんなはずじゃなかった、と落ち込んでいる。退屈な数学の授業中に窓から見下ろすと桜の花は全て散り、青々とした葉が生い茂っている。いつから、こんなになったんだろう。

 優衣は心が読めるようになったことで、気を遣いすぎるようになった。いつも心が読めるのは傷つくことも多いだろうからと、知りたい時だけ読めるように魔法をかけたのだが、それを優衣が使いこなすのは難しかった。友達が口に出す前に言いたいことがわかってしまうから、リアクションがどうしても薄くなってしまう。加えて、不快な思いをさせない様に気を遣うことで疲れてしまった。


 夏休みが明けて、今日は始業式だ。優衣は夏休みの間、ずっと家に引きこもっていたから、生活リズムの乱れを解消するのに三日もかかってしまった。まだ眠いな…あ、でも文化祭は楽しみ!とこれから始まる学校生活について考えているうちに始業式が終わり、クラスでホームルームが始まった。優衣のクラスには、女の子の転校生が入ってきた。かわいい!優衣の第一印象は、それだ。長めの黒髪をハーフアップにしている、真面目そうだがスタイルが良いかわいい子だった。名前は伊奈光希っていうんだ、名前もかわいい…友達になりたいな。


 光希は感覚が優れた鋭い魔女だった。優衣が一回魔女であることを見破り、優衣に対して心にバリアを張った。魔女はお互い心を読まれないためにバリアを張るものなのだけど、一回魔女は魔法を使い終えると普通の人間と同じになるからと、普通の魔女は一回魔女に対してバリアをかけない。ホームルームが終わって、友達と話している優衣は子犬のような笑顔をしていて、場の空気を明るくしている。光希はこんな子でも人の心を読もうとしているんだから、油断はできない、とそっとため息をついた。


 一方の優衣はというと、光希の心も読めるんだろうな…と何気なく光希を見ると、何も読めなかった。光希は優衣が自分の心が読めないことに気がつくとどんな反応をするのかと思ったら、なぜか優衣は目をきらっと光らせ、にっこりしたのだ。光希は優衣がなんで嬉しそうな顔をしているのか、わからなかった。優衣はなんで読めないのか不思議がるか、心が読めることを見抜かれたと不満げになると思ったのに。変わっているが、とりあえずマークしておいた方が良さそうだ。そう思って、光希は優衣の席に近づいていった。優衣は光希の方から来たことにびっくりしたし、心が読めない人は光希以外に出会ったことがなかったから、光希がバリアを張っていることも知らなかった。確かに、優衣はなんで光希の心が読めないのかは不思議だったが、そういう人もいるんだと自分の中で勝手に納得していた。優衣は、光希も自分に運命を感じたのかな?と妄想していると、

光希から、

「あなたは、一回魔女なんでしょ?私の心はあなたには読めないよ。」

優衣は、びっくりした。誰にも一回魔女だと話したことがないのに、この転校生は優衣が使った魔法まで言い当てた。

優衣はただ、

「そう、なの?」

としか返せなかった。


光希は続けて、

「世の中には自分勝手に魔法を使う魔女が多くいるから、私は魔法が好きじゃない。だから私は最低限しか使わないけど。一回魔女もその程度かって思わせないでね。」

と言って、目をぱちくりさせている優衣を置いて、光希は自席へ戻った。ちょっと言いすぎちゃったかな。まあでも向こうは私みたいな鋭すぎるのとは関わりたくないだろうし、大丈夫かも。魔女なのに魔法が嫌いって言っただけで、魔法学校じゃうまくいかなかった。あ、でもここは人間と魔女がいる学校だから、魔法に対する考え方は違うかもしれないな。


 一方、優衣は混乱していた。ええ、かわいくて心が読めない転校生は魔女だったってこと?それで、私が人の心が読めることを見抜いて、バリアを張ったの?さっき目があったのも、話しかけてきたのも、私が一回魔女で心が読めるからだったってこと?え、でもクラスにも何人も魔女はいるけどみんな心読めるよ?よくわかんないけど、光希ちゃんてすごい魔女なんだ!きっと、私が心を読もうとしたことをわかってて、少し強く言っただけだよね。魔女なのに魔法が好きじゃない、っていうのは不思議だけど、魔女だからって全然調子乗ってる感じでもないし、やっぱり、光希ちゃんと仲良くなりたい!


 授業は自由席だから優衣は仲良くなろうと光希の隣に座り、お昼ご飯の時間になると光希の席に行った。光希は、優衣がなぜ自分のそばに来るのかわからなかった。もしかして、さっき言ったことにムカついて、仕返しする機会をうかがってる…?だけど、その割に親切にしてくれるし、良い子な気がする。


 優衣は、光希は魔法が好きじゃないから自分に対して少しきつい口調をしていただけで、正義感にあふれた子なんじゃないかな、と思った。それに、心が読めないから話していて久々に楽しいと思えた。光希の笑いのツボはよくわからなくて、でもそれで優衣は光希と一緒にいるのが楽しくなっていった。


 優衣と光希がお互いのことを呼び捨てにするようなり、冬服を着るようになったある日のことだ。光希は、なぜ優衣が人の心を読もうとしていたのか不思議に思った。優衣は光希と行動するようになってから人の心を読む機会が減ったものの、心を読まない時の方が優衣は生き生きしているように見える。

 光希が理由を聞くと、優衣はいじめに遭っていたことを明かした。光希は、優衣らしいと思いつつ、はっと気がつかされたことがある。光希は自分がいつでも魔法が使えるのは当たり前。だから、魔法を使うというのは一度きりの大きな決断ではない。大概はやり直しが効くし、好きな時に好きなように魔法が使える。優衣はいじめはそこまで酷くなかったと言っていたが、一回の魔法を使うくらい優衣の心にすみついた記憶なんだろう。光希は優衣が様々なものを乗り越えて、こうして笑っているのはさすがだと思った。

 

 自分は魔女として生まれて来たんだ。だから、魔法が好きじゃなくても、ちゃんと向き合わなくちゃいけないんだ。

 「ね、光希、私ね、光希が転校して来た時、光希が私が一回魔女なこととか見抜いたじゃん?私すごく感動しちゃったんだよね。ほとんど誰にも言ってないのに光希はすぐわかったんだーって思って。きっと、光希はすごい魔女なんだと思う。そこでお願いがあって…。そろそろ気がついてるかもしれないけど、私人の心が読める力はもう要らないの。光希、私が自分にかけた魔法解いてくれないかな。」

うん、そうだよね。優衣はそんなもの要らないよね。

「私も、優衣にはずっとそんなものに頼らずに笑っていてほしい。私も、優衣のために解きたい。」

優衣は、ほっとしたように笑った。そして、

「じゃあ、やってみるね。」


よしっ。…あれ、なんか、なにも起こらないっっ?

 その後も、光希は優衣のためにいろんな方法を試みたものの、どれも効かなかった。優衣は、光希が必死でいろいろやってくれたことが嬉しかった。それに、自分のためにやってくれるその姿を見て光希と友達になれてよかったって、思えた。


 結局、魔法を解くことは出来なかった。でも、優衣は心を読もうとしなければ読めないから、大丈夫、いろいろやってくれてありがとうと光希に言った。光希は、自分が優衣の魔法を解けないことが悔しかった。

 優衣は気落ちしている光希に、

「光希なら私より全然人を救えるから、気にしないでいいよ。そもそも私の自業自得でこうなっちゃったんだし。」

…自分は優衣よりしっかりしなくちゃいけないのに。優衣に元気付けられてどうするの、私。


 光希は優衣の慰めの声に、申し訳なさと同時に優衣なら人を笑顔にできると思った。自分の感情を抑えてまで人のために尽くしては欲しくないけど、優衣なら、しちゃいそうだな。それと…優衣のように人のことを思いやれないけれど、自分は魔女としてできることをして、人を笑顔にしたいと思った。


「「ありがとう。」」


優しい優衣に、自分のために必死になってくれた光希に。


思わず口から出た言葉がハモって、二人は顔を見合わせて笑った。

 

【第三章】

 テレビに、某有名学校の理事長逮捕というニュースが流れてる。ちょっと僕は気になったけど、お母さんが無表情でさっとチャンネルを変えた。まぁ、仕方ないとは思う。僕の家では魔法に関するネガティブな話題は避けられている。それは、祖父の存在が影響してるんだ。


 僕は魔法って素敵なものだと思う。もしかしたら、自分が使えないからそう思うのかもしれないけど、魔法はみんなを幸せにする道具だと思うな。でも魔法を悪用する人がいるのも事実だよね…あっ、もうそろそろ学校へ行かなくちゃ。いってきまーす。


 学校からの帰り道、シャッター通りになりかけている商店街を歩く。今日も、ぱらぱらと人が歩いてる。みんな、忙しそうに見える。どこに行くんだろう?あれっ、今日はお惣菜屋さんの匂いとは違う良い匂いがする。いつもはしない匂いだな。ん、あそこに明かに怪しいおじさんがいるぞ。なんか、年齢不詳な仙人みたいな男だ。すっと通り過ぎなくちゃいけないよね、こういう時って。

でもなんかよく知らない人に声かけられるタチなんだよね…。

おじさんを意識しないでそばを通り過ぎようとしたところ、

「そこの、君。」


あーあ。声かけられちゃった。どうでもいいけど、呼びとめ方もいわゆる仙人とかっぽい。でも、無視するのもかわいそうだし、無視して追いかけられたりしたら面倒だもんな…適当にかわして帰ろうっと。


「魔法の力を売っているんだが、魔法に興味はないかな?」

それは、不可解なことだ。魔法の力は人間と魔女で不平等だからと売買が禁止されてるし、魔法の力はどんな魔女でも人に与えられない。

僕が怪しがってると、おじさんは僕が魔法に興味があると思ったのか、

「魔法の力を使って君の願いを叶えるじゃあないよ。君自身が魔女になれるんだ。そしたらなんだ、君の願いは、テストのカンニングか?好きな子の心をコントロールすることか?なんでもできるようになるぞ。」


いやいや。このおじさんは、なんなんだ?学校ではカンニングできないように魔法が使えないようにバリアが張られてるし、好きな子を魔法でコントロールしたら幸せな恋愛は絶対にできないじゃないか。まぁ、なんにせよ、このおじさんは危ない気がする。魔法についても知らなさすぎだし、あれ、でも魔法って、何?魔法、は何ができ…魔法はみんなを幸せにす…本当に?


 えええええ!考え込んでいたらいつの間にか海辺に着いちゃった。いや、僕の家の近くに海なんかない。あ、さっきまでおじさんといたんだ、それで、話してて…ああ、あのおじさん本当に魔法は使えたんだ。多分、おじさんに魔法でいたずらされてるのかな。小さい頃からいたずらはされすぎて慣れてるから、そこまで焦ってないけどね。あ、でも本当に家の近くに一日で海ができてたらそれこそ驚くかも。


 少し海辺の砂浜の上を歩いてみる。海の中、めっちゃ透き通っててきれい。あと、ちょっと砂浜の熱い砂が懐かしい。この場所、今度は家族も連れて行きたいな。最近、あんまり海行ってない気がするし。あ、海だけじゃなくて、旅行に行ってない気がする。おじいちゃんが亡くなって、おばあちゃんの元気が無くなってお母さんがつきっきりで介護してるし、あんまり時間が取れないからかな。でもおばあちゃんには元気でいて欲しい。僕もおじいちゃんが亡くなっちゃったのは…会えなくなって本当に寂しい。


 あっ、七歳くらいの子どもが何人かいる!さすがに、潮風が気持ち良くても誰もいないのは寂しかったから、良かった。声をかけよ…でも、いきなり行ったら怖いだろうから、やめとこう。よく見たら、魚とじゃれてる…?えっ、すごい。魚と遊べるんだ、魚を観てるとかそういう感じじゃない。さっきまで子ども同士で会話してると思ってたけど、子どもたちは、魚とも話してる。すごく楽しそう。僕も魚と一緒に話してみたいな。


 履いていた靴と靴下をどこに置こうかと子どもたちから視線を外して辺りを見渡した時、僕の目にまた別の集団が留まった。こちらも同い歳くらいの子どものようだ。だけど、表情は憎悪のようなもので歪んでいる。ちょっと表現がきつかったかもしれないけど、楽しそうな子どもを見た後だから余計にそう思ったんだと思う。その子たちは、嘲るような視線を魚と遊んでいる子どもに送っていた。忌々しいものを見るような目つきをしていた。僕はそういうのが苦手だ。みんなで仲良く遊べばいいのにと思うけど実際は理想通りには行かないって、痛いほど理解してる。


「魚と話すって、話し相手居ないんだね。かわいそう!」

「魚と仲良くなったら、これから魚食べられなくなるよねー」


 これが、現実なんだ…。魔女と人間の間には僕の半分くらいの年齢のうちから、こんなに壁があるんだ。みんな仲良くなんて理想論で終わっちゃうもんなんだよな。


 ふっとまた、場所が切り替わった。と、同時に鼓膜が震えた。大勢の人が何かを掲げながら、大声を上げて行進している。見てはいけないものだと母にいわれてきたもの。僕の中で警告のサイレンが鳴っている。でも、しっかり見ておかなくちゃいけない気がするんだ。これからは子どもたちでさえ壁を感じるという社会が変わっていくように。


人々が掲げているボードには、「魔女と同じところで生活したくない」、「魔法は危険、滅びろ」とさえあった。違う、違う!魔法は何も悪くないんだ。僕は本当にそう叫びたかったけど、出来なかった。人々の表情は泣きそうに見えたり、怒りで溢れていたりだ。僕の、僕の祖父は何のために魔女と人間が共存できる世の中を創ろうとしたっていうんだ。僕も祖父の真意は知れずじまいだったけど、でも、変えようとしてきたんだ。だけど、なんで全員が魔女じゃないんだろう?別に共存しなくたって、魔女なら魔法に怯える人間を支配できそうだけどな。あ、でも僕自身は魔法が使えないただの人間だ。


 わわっ、また変わった。さっきから場所を切り替えるの、あんまりスムーズじゃないなぁ。文句言っても意味ないけど。

 ん?目の前にいるこの人、見たことが…って、え、おじいちゃんだ!いつも優しかった、おじいちゃんだ。でも、なんで…?僕は今、祖父の膝の上に座っている。あ、昔の僕の中に居るんだ。すると、僕の口が勝手に、

「僕も魔法使いになりたいようー」

と言った。あ、これなんとなく覚えてる。いつも仕事で忙しそうにしていた祖父と話す時間が楽しかったんだよね。けど、このとき祖父はなんて言ったんだっけ…。


「魔法が使えなくても、人間は素晴らしいものを持っているんだ。」

あ、そうそう。昔の僕は聞いてるうちに飽きちゃって、最後まで聞いてなかったんだ。


「それは、心っていうものさ。魔女はなんでも魔法に頼って解決しようとするから、心に欠けているところがある。だけど、人間はどうすれば人を喜ばせられるか、そのためにはどうすればいいかを心で考えられる。これは、どんな完璧な魔女でもできないんだ。」

そうか、そうだったんだ。 僕の心に吹き荒れてた何かがピタッと止まった、気がした。


 そして祖父は小さい僕の中に大きくなった僕が居ることを知ってなのか偶然なのか、

「実は一回魔女は生まれてくる前に空の上で魔女になるか人間になるか選ぶときに決断できずに、魔法を一回だけ使えることになったんだよ。だけど、魔女であり人間であるから、どっちも完璧にはならない。だから、普通の人間と一緒に魔法をかけようとしないといけないのさ。」

僕は初めて聞いた。そういうものなのか。って、それは大切なことでは…?僕がびっくりしたのが顔に出ていたかはわからないが、

おじいちゃんは最後に

「けど、世の中の人には魔法が使えても使えなくても、それぞれ持っているものと持っていないものがあるって長い年月をかけて感じていって欲しいから、まだ、このことは秘密にしておくけどね。」


そういうことか。なるほどね。やっぱり、美味しいものを食べたら美味しいって言えるとか、辛いことがあってもそれがのちのち笑い飛ばせるような思い出になればいいよね。今が幸せなら、もう十分だって言えるよ。


 気がつくと、家の前にいた。あの、仙人みたいなおじさんは生前の祖父が仕組んだのかな?よくわからないけど、帰ってこれてよかった。僕の祖父は本の執筆をしていたけど、未完成のまま亡くなった。昔はなんて書いてあるのか全然理解できなくて眺めてるだけだった。でも今だったら読めるかもしれない。いや、絶対に読むんだ。

ぼくは家のドアをガチャッと開けて、言った。

「ただいまー!」

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正解の魔法 りーる @rrrrrrri

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