第9話 位牌

 ちゃあちゃん(母方の祖母)から聞いた話。


 ちゃあちゃんが若かりし頃、東京大空襲があった。

 僕が生まれ育った江東区も、空襲に見舞われた土地であった。

 生前、ちゃあちゃんは打ち上げ花火の音を聞くと「焼夷弾の音に似てて厭だ」と、酷く怖がっていたのを想い出す。


 空襲警報が鳴り響く中、避難する為に荷物を引っ掴んで、家を出ようと思った瞬間、ちゃあちゃんは「はっ」と気が付き、仏壇にある先祖の位牌をガッとかき集めると風呂敷に突っ込んで、防空壕へと急いだ。

 ひゅうううううううううううう……。

 ひゅうううううううううううう……。

 焼夷弾が降り注ぐ中、ちゃあちゃんは防空壕に向かって一目散に駆けている。

「あっ!」

 急に腕に痛みが走った。

 身体のすぐ傍に焼夷弾が落ちたのがわかった。

 肘から先が落ちた。そう思った。


 必死の想いで防空壕に逃げ込んだちゃあちゃんは、家族と再会するとひしと抱き合った。

 ほっ、と安心すると、またぞろ腕が痛み始めた。

 そうだ、腕……と自分の腕を恐る恐る痛くない方の手で触ると、肘から先は無事であった。

「ああ、良かった……」


 やがて空襲も終わり、ほっと一息ついて持ち出した荷物を開けて驚いた。


 風呂敷が燃えた様子も無いのに、中に入っていた先祖の位牌だけがすっかり、炭と化していた。


「あれはきっと、ご先祖様が守ってくれて、身代わりになってくれたんだと思う」

 暑い夏の日、ちゃあちゃんがそんな話を聞かせてくれた。

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