アルトゥール・ソウザ

前編

 星見町。日雇い労働者が住まうためのドヤが立ち並ぶ、良く言えば島の労働を影で支える町。悪く言えば、無法者の隠れ蓑となるホームレスの町だ。

 しかし、それさえも過去の話となっている。平成バブル崩壊後、日雇い労働者の多くが失業し、島を出ることさえ叶わない金銭状況の労働者は、文字通りこの地区に閉じ込められた。

 日々の労働を同じ仲間同士で奪い合い、これを好機と見た企業は手を尽くして賃金を減らす。まるで奴隷……いや、産業革命期の世界が広がっているかのような地獄となっていた。

 その状況を改善しようと、町の労働者は幾度となく立ち上がった。座り込みやストライキ、そして暴動まがいの行進。

 今まではこれで大抵は改善されたが、ついに彼らの努力が無視され、世間から排斥される時が来てしまった。

 弱者達の怒りが爆発し、その感情を現状の国家という存在を転覆させんとする者に利用されたのが、これから語る事件である。


◇ ◇ ◇


二〇一七年五月四日

愛知県羅宮凪市 甚目町じんもくちょう


 特別警備隊隊員アルトゥール・ソウザは昼間からバーのスツールに腰掛ける同郷の顔なじみを蹴飛ばした。

「久しぶりだな、ケンタ。こんなところで会うとは思わなかったぜ」

 男……ケンタは派手に床を転がり、彼の持っていたグラスが宙を舞う。

 バーテンは関わりたくないと言わんばかりに視線を逸らし、落ちてきたグラスをキャッチして磨き始めた。

 反応を待つと、脳震盪の症状から解放されたケンタがアルトゥールを見上げ、驚愕の表情を浮かべた。

「あっクソッ、アルトゥール! てめえ、死んだはずじゃ!」

「生憎、そいつは誤報ってやつだ」

 倒れたスツールを直して腰掛け、警察官時代に逮捕した薬の売人を見下ろす。

 リオで小さなファベーラ貧民街の王様を気取っていた頃よりも太ったように見える。それだけ、日本と言う国が恵まれていると言うことだろう。

「とにかく、ここに俺がいる。それでまだお前を殺していない。この意味がわかるな?」

「さ、さっぱり。心当たりもないぜ」

 彼が言葉を言い終える前にスニーカーの爪先が喉に突き刺さった。

「ウゴヘッ!」

「シラ切ってんじゃねえぞ! こちとらネタは上がってんだよ!」

 スツールを蹴飛ばすと、ケンタの胸ぐらを掴んだ。

「いいか、俺は優しいから一度だけ確認させてやる! 甚目町行きのコンテナで、ライフルの部品が見つかった。その荷物は、お前が持ってる運輸会社の営業所を経由して届く。で、営業所を通ると部品は消える! お前以外に誰が持ってるってんだ! あぁ!?」

 畳み掛けるように問い詰めると、ケンタの唇が震えた。

「おいっ、なにやってるんだ!」

 騒ぎを聞きつけたのか、そこに現れたのは長谷川ライナルト。アルトゥールの同僚で、今回はバーの外で見張りを担当していたはずだった。

「見りゃわかるだろ、尋問だ」

「こういうのは、拷問って言うんだ」

 警察官が拷問を行ってはいけない。日本と言う国では憲法でこれが定められている。それでもし自白を得られたとしても、それが証拠になる事はない。

 だが、ここで微妙な事になってくる。確かに日本と言う国の警察官は拷問を一切禁止されている。

 では、民営警察はどうなのか。

 恐ろしい事に、政府は警察を民営化するために法改正を行ったが、憲法にはほとんど触れなかった。憲法第三十六条は公務員による拷問を禁止するだけのもので、警察が民営化される事態をまったく想定していないものだ。

 果たして、民営警察である特別警備隊の隊員は公務員か? それとも単なる会社員か? 会社員ならば刑法に当てはめて逮捕すべきではないのか?

 不思議な事に、この話題が表舞台で議論されることはなかった。現場においても、特警隊員の荒っぽい捜査を咎める者は少ない。

「俺はな、こいつを知ってる。だからわかるんだ。知ってるか? ブラジルには二種類のクズがいる。一人は金を払うと口が軽くなる奴。もう一人は金を払うと口から出任せを吐き、下手に出れば図に乗る奴。こいつは後者ってとこだ。痛めつけると口は軽くなるし、正直にもなる。だろ?」

 そうアルトゥールが問いかけるとケンタはうんうんと頷く。

「俺はさ、ハメられたんだよ。俺はご禁制品脱法薬物を運ぶと聞いてただけで、武器の密輸なんて専門外なんだよ」

「わかってるわかってる。お前は自分らで使うもの以外、武器は扱わないもんなぁ。で、誰にハメられたんだ?」

 その話題になると、ケンタは唇を一文字にして黙秘した。話したくない、あるいは話したら死ぬか。どちらにせよ、アルトゥールには関係なかった。

「日本らしく行こう。秒やる」

 ホルスターから拳銃を抜き、撃鉄を起こすと銃口を眉間に突き付けた。

「一」

 死へのカウントダウンが始まった直後、

「待て待て待て! わかった、話すよ!」

 とケンタはあっさり降参した。アルトゥールは撃鉄を戻すデコッキングも、銃口は逸らさない。

「誰だ?」

剣の会つるぎのかい、剣の会だ!」

 剣の会。かつて『リーダーが自衛隊の蜂起を促した民兵組織』を模倣しただけの過激派民兵組織。皮肉な事にも今の時代は彼らを欲していたらしく、二番煎じの組織は若者を中心に受けた。入会資格がほとんどない事も影響していたのだろう。

 大日本帝国の復興を掲げる彼らの活動は過激だ。殺人を伴う自警活動もあれば、左翼組織のデモ襲撃、さらには外国人排斥を叫んで大使館を銃撃したこともある。

 しかし、そうなると剣の会が銃器を集めて大規模な襲撃を準備していると言うことになる。

 どこを襲撃するつもりか。それはわからないが、その前に止めなくては。

「剣の会の、どこのどいつだ!?」

「原崎謙也! どこに住んでるかは知らないが、いつも星見町で会ってた!」

「よし。行くぞ、シルト長谷川

「今のを証拠とは認めないぞ」

「いいさ。ただパトロールに行くだけだからな。じゃ、ケンタ。またな」

「待ってくれ! ここまで話したら、俺を生かしておいてくれねえ。だから、いっそ逮捕してくれ。証拠は出すからさ」

「いっそ塀の内側の方が安全ってか? お前が言うと説得力があるな。いいぜ」

 ケンタの手首に手錠を回すと、バーの外に駐車したパトカーに放り込んだ。

「そいつは?」

「セコい薬の売人だ。ほらポーター出せ、星見だ」

 チームリーダーのカルロスに報告し、ポーターにアクセルを踏ませる。


 今回、大量の銃器が関わる事件とあって、捜査にSIUが投入された。

 複数発見された武器密輸の痕跡はアルトゥールが言っていた甚目町行きのコンテナだけでなく、羅宮凪市に向かう多くのコンテナで発見されていた。

 コンテナは運輸業者の営業所で取り置きされ、しばらくしたら本来の持ち主のもとへ向かう。その間には銃の部品は消えている。

 ケンタは数ある業者の責任者の一人。普段、営業所に顔を見せないと聞いて探し出した結果がこれなのだ。

「どうだ。警察や他の連中が一ヶ月掛けても見付からなかった情報が、五分で見つかった」

「よっ、リオの守護神!」

 アルトゥールが自身の活躍に胸を張り、ケンタがそれを煽てた。その間に長谷川はケンタの顔写真をデータベースに照会し、身元を調査していた。

「ケンタ・サラザール、三十九歳。間違いないな?」

「その情報古いぜ。今の俺は日本人の羽島健太郎だ。日本国籍取得してるし、免許証だってあるぜ。見てみろよ、財布の中だ」

 彼の免許証を検めると、確かにその通りに記述されており、顔写真も本人だ。データベースに照会しても、偽造したものではない本物と出た。

「こいつは売人の元締めやってパクられた逮捕された時、何回か殴られただけであっさり卸屋のこと話しちまって、それで日本に逃げてきたのさ」

 まるで見ていたかのようにアルトゥールが言う。というか、彼が警察官時代に逮捕した一人なのだから当然だ。ある意味、ケンタという男はアルトゥールの始まりともいうべき男なのだ。

「で、そいつはどうするんだ? 詰所に寄って置いていくか?」

「詳しくは知らんが、剣の会が黒幕だと言っているんだな?」

「その通り」

「なら、まだ使えるかもしれない。連れて行こう」

「……勘弁してくれよ」

 カルロスの判断はケンタにとって喜ばしいものではない。今から向かうのは安全な塀の内側どころか、敵陣の内側なのだから。

 そうやって彼が怯える様子を見て、アルトゥールは確信を強めた。

 ケンタは根っからの犯罪者にしてノミの心臓持ちの臆病者、窮地に陥ればすぐ表情に出る。他人を使ったセコい犯罪なら出来るだろうが、自分ではもちろん、他人を使っても大層な事はできないタイプだ。

 同じ犯罪者の屑としても、薬に溺れて瞳の濁った中毒者より、よほど親しみが持てるというものだ。

 生まれ故郷が近いこともあってか、アルトゥールの評価はあまり悪いものではなかった。あくまで、他の犯罪者と比べての話ではあるが。

「今、原崎謙也の情報が出た。岐北町きほくちょう生まれの四十二歳、元自衛官だ」

「ああ、確かに。そんな感じのガタイしてたぜ」

 ケンタの横槍を視線で制すると、長谷川は続ける。

「自衛隊を十五年勤めた末、あの戦争の山口防衛戦で負傷して、戦争が落ち着いた後に装備の横領が発覚して懲戒免職になってる」

「ああ、そっちのパターンで変な方向に走ったタイプか。祖国から裏切られた戦士、嫌な時代だねえ」


 人員整理があったのは、なにも警察に限った話ではない。自衛隊でもそうだ。

 そもそもの話、この『人員整理』とは、世間一般で言うそれとは違うものが含まれている。

 近年、世界中の軍隊や警察では公務員の失態による懲戒免職が増えている。当然、事実である件も多く含まれているのだろうが、それにしても多すぎた。加えて、不当な処分を受けたなどと免職された者が政府を訴える事さえもあるほどだ。

 実を言うと、この場にいるほとんどの人間は似たような経歴があった。

 長谷川の場合、二度目のSAT選抜を受けて活動していたが、ある任務の銃撃が不当と判断された。幸いにも傷害罪には問われなかったが、懲戒免職を受けていた。

 無論、彼にそんな心当たりはない。

 もちろん、これはほんの一例に過ぎない。PMCに所属する人間には、このような事情を持つ人間が少なくなかった。


 話を原崎謙也に戻そう。

 彼は自衛隊を免職後、負傷の後遺症の為にPMCや警備会社は当然、まともな仕事に就く事さえできなかった。そんな彼を受け入れたのが剣の会だった。

 剣の会に関わる以前の彼がこの組織をどう捉えていたのかは不明だが、少なくとも教官として働き、公安にマークされて消息が掴めないでいるのは事実だ。

 そんな彼が武器の密輸に利用している人間と接触するなら、司法の手がほとんど及ばない星見町は悪くない選択と思えた。


 星見町は甚目町の北、羅宮凪島で言う東部の中央に位置する。

 治安は羅宮凪島で最も悪く、日雇い労働者のホームレスのみならず、表の世界では居場所がない無法者や不法入国者が集まる地域だ。

 現地住民同士の喧嘩はもちろん、島東部の珊瑚礁を見に迷い込む観光客を狙った窃盗や強盗、遺体の処理まで行われている犯罪の坩堝。警察官や特警隊員ですら油断出来ない危険地帯だ。

 星見町に入り、ケンタが原崎との接触に使ったと言う中華料理店に向かう。そこは羅宮凪電鉄、星見駅前の一等地。恐らく一千万円程度で買える土地とビルだ。

 店から少し離れたビルの陰に停車し、アルトゥールは双眼鏡で件の店を見た。

 店内は昼間にも関わらず廃屋のように薄暗く、人の動きを把握出来なかった。

「やってるのか?」

「ああ。この店、いつも薄暗いんだ。しかも、この町の店で外食しようなんて奴はほとんどいない。んで、奴はこの店で働いてるフリしてる」

「原崎の奴は、いつもこの店にいるのか?」

「そりゃ知らねえけどよ、双眼鏡貸してくれたら見つけられるかもな」

「ほらよ」

 ケンタは長谷川の肩越しに双眼鏡を覗いた。

 言われてみると、確かに店内には二人ほどの客がテーブル席に座り、従業員が応対していた。

「おおっ、今歩いてる奴。あいつが原崎謙也だ!」

「ちょっと返せ」

 ケンタの手から双眼鏡を取り上げ、彼の言う従業員を観察する。

 そこにいたのは、データベースの画像とは似ても似つかない少し肥えた体格の男。頰も少し膨れている。

「本当か?」

「間違いねぇって。そう名乗ったし、仲間にもそう呼ばれてたんだからよ」

「撮影から時間が経っているから、体型が変わったとも考えられる」

 時間というものは残酷だ。世界を虜にする美貌を持った美女が、十年経って道端で見つけられそうなおばさんになっていた、なんて話は珍しくない。

「カルロス、突っついて確認しようぜ」

「待て。事実確認が済んでないのに突入はまずい。第一、本物だったとしても何の罪で捕まえるんだ?」

 長谷川の言うことは間違いではない。

 あくまで原崎謙也は剣の会関係者として公安に限りなく黒に近い人間としてマークされているだけで、何らかの罪を犯した訳ではないから、逮捕は出来ない。加えて、無闇に接近して勘付かれたら逃亡の恐れもある。

 違法捜査で得られた情報を頼りにドヤ顔突入して逃げられでもしたら、それこそ赤っ恥だ。

「なら、こいつ一人に行かせて仕事をせがませれば良い。証拠の音声抑えりゃ、こっちのモンだ。日本の囮捜査でも、こういう形機会提供型なら文句ねえだろ」

 日本では囮捜査を禁止するようなもの基本的にない。せいぜい、裁判で人権やら捜査の正当性やらが問題になる程度だ。

 どうしても特定個人や関係者を逮捕別件逮捕したいだけであれば、遮るものはない。

「つか、俺が行く前提みたいになってるけどよ。俺が行きたいって言うと思うか?」

 車内の視線が一斉にケンタに向けられる。

「いいんだぜ? その代わり、詰所の中でお前が剣の会との関係をゲロったって叫ぶから」

「くそっ、わかったよ。行けばいいんだろ」

 当人から協力が得られたところで準備に入る。

 ケンタに長谷川が持っていたワイヤレスマイクとイヤホン、小型無線機一式を持たせる。この装備なら一見しても連絡手段があるようには見えない。

 この状態で原崎のもとへ向かわせ、仕事をせがませる。

 原崎が一言でも「わかった」と言えば、その時点で逮捕出来る。と言うのがアルトゥールの提案だ。

 長谷川はかなり不服そうではあったが、カルロスが良しと頷けば、それに従うしかない。

「ケンタ、マイクを意識するんじゃないぞ。もし気付かれれば、お前は死ぬ。あと向こうに助けを求めたら、俺がお前を殺す。いいな?」

「わかってるよ」

 双眼鏡を覗き、離れつつあるケンタの背中を注視する。頼りない背中ではあるが、現状頼れるのは彼だけだ。

 中華料理店まであと五メートル。

「そろそろ入るぞぉ」

「わかってると思うが、中では独り言禁止な」

「もちろん、わかって……あー、ゴホン」

 距離が近いこともあってか、お喋りなケンタの口が閉ざされた。ここからが正念場だ。

 何事もなくケンタはガラス戸に手をかけ、開いた。

「いらっしゃ……」

 無線機越しにも店内の微妙な空気が想像出来た。しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはお喋りケンタだった。

「よう原崎の旦那!」

「なんのご用ですか?」

 招かれざる客が来た。そう言わんばかりの口調だ。

 しかしケンタは退かない。それどころか原崎に歩み寄って手を合わせた。

「そりゃ、まぁあれだよ。ここ最近、財布が寂しくてさ。仕事とか回してくんない? お願いっ!」

 こう言われた時の原崎の表情は言わずもがな。簡単に処理できる環境であれば、ケンタは今頃物言わぬ屍となっていただろう。

「あのさ。ここじゃなんだから奥で話さない?」

「えっ、奥?」

 恐らく、アルトゥール達の視界から消える事を懸念しているのだろう。しかし、ここで変に躊躇しては怪しまれる。

「大丈夫、なんかあったら助けに行ってやる」

 そう言われて安心したのか、「わかった」と一言。店の裏側に向けて歩き始めた。

「あいつ死ぬかも」

 マイクの送信ボタンに手を離しながらアルトゥールが呟いたのをチームメイトは聞き逃さなかった。

 厨房への暖簾をくぐると、原崎とケンタの姿は見えなくなった。

「大丈夫だよな?」

「えっ?」

 車内に緊張が走る。馬鹿が、舌の根の乾かぬうちに何を口走りやがると。

「あ、いやっ! 仕事は回してくれるんだよな! 大丈夫かって聞いたんだよ」

「だから、表に聞こえるところではやめろ」

 危なっかしい奴め。一同は心中でため息を吐く。なんとか誤魔化せたからまだ良いが、変なところで自滅されるのは困る。

 ゴソゴソと無線機からノイズが走ると、ケンタが話し始めた。

「ここに来るのは初めてだな。休憩室か?」

「お前が営業時間中に来たからだ」

 普段は準備中の時間帯に店内で話し合っていたのだろう。不機嫌そうに原崎は続ける。

「ブラジルではどうか知らないが、こっちはそんな簡単に仕事を回せないんだ」

「じゃあ、上に頼んでくれよ」

 ここだ。ここで頼んでみる、検討してみるなどの肯定的な返事が返って来たら突入だ。

 意気揚々と原崎の返事を待つと、不意に車の窓が叩かれた。

「お兄さん方、窓拭きますよ!」

 男達が車を取り囲み、霧吹きの水をガラスに吹き付けた。ホームレスが迷い込んだ観光客相手によくやる窓清掃の押し売りだ。

 相手の承諾なく窓を拭き、終わった後に法外な額を提示する。断ればもちろん、数を利用して頷かせる。

 しかし今回、やる相手が悪かった。ポーターが足元に置いていた特別警備隊の腕章を見えるようにフロントガラスに突きつけた。

 すると窓は綺麗になったが、今度はホームレスの表情が曇った。

「おいっ、こいつら傭兵だぞ」

 気づいた一人がボソリと呟くと、一斉にギョッとしたような表情で逃げ去って行った。

 鬱陶しい奴らめ。再び監視に集中するも、原崎の態度は曖昧だ。

「言っただろう? 俺は仲介で、お前に仕事を回すことは出来ない」

「そこをなんとか、な?」

 明らかに関わっている素振りだが、YESの言葉を引き出さなければ逮捕のしようがない。引き下がらせるべきか、あるいは少し強引な手段を使って引き出すか。

 カルロスが思考を巡らせていると、ロータリーにホームレスの集団が現れた。

「あれは?」

「日雇い労働者たちが、環境改善の為にデモしてるんだ」

 デモ隊は駅前のロータリーを一周するつもりらしい。そうなると、店との間の視界を覆われるタイミングが生じる。

 そんな時に限って、無線機の向こうで電話が鳴った。

「ちょっと待て。俺だ、どうした? ……なに?」

 不穏な空気と共に、ホームレスのデモ隊が店の前を通過し始めた。

「お前、そこ動くなよ」

「な、なんだよっ、こらやめろ!」

 椅子の倒れる音、揉みあう音、プツリとノイズ音。明らかに良くない展開だ。

「これはなんだ、マイクか!?」

「こいつは……こいつは、保険だ。お前らがナメた真似したらチクってやろうと……いや、別に今聞いてるとか、そんなんじゃないぜ?」

 ケンタが誤魔化そうとしているが、証拠が出てしまった以上これは厳しい。

「まずいな、あいつ殺されるぞ」

 現状、やっていることは違法捜査だ。踏み込んで助けようにも、特警の名前を使って助け出す事は出来ない。

「仕方がない。匿名の通報を受けたことにして踏み込むぞ」

 路上で怪しい連中がいると通報を受けた。かなり苦しいが、踏み込む理由にはなる。

「今さら止めるなよ?」

「まさか」

 今回はこちらのせいで巻き込まれたこともあって、長谷川も不満な態度は見せない。彼はお人よしで責任感が強い。少し無理をするとすぐ口を出してくるが、アルトゥールとしては自分のストッパーとしては心強く思っていた。

 犯罪者と対峙する際、時には同類にならなければ出し抜かれてしまうからだ。

 さあ、車を降りて踏み込むぞ。とカルロスが発しようとした直後、電話に続いてまた事態をややこしくする存在が現れた。

 ロータリーに高速で進入し、デモ隊の真横に急ブレーキで停車したバン。荷台が乱暴に開かれ、出てきた者達の手に握られていたのはAK。

 咄嗟にアルトゥールはマイクに向けて叫んだ。

「ケンタ伏せろ!」

 爆音と閃光。デモに参加していたホームレス達が、まるでボーリングのピンのようにバタバタとなぎ倒されていく。しかも悪い事に、AKの銃口の先には中華料理店も含まれていた。

 昼間だというのに静まり返っていた駅前は、瞬く間に悲鳴と絶叫が轟く地獄と化した。

「なんだあいつらは?」

「多分自警団、ホームレスや町のチンピラを殺して回ってる連中だ」

 羅宮凪島ではいつもの事だが、近年では警察以外でも犯罪に対処しようとする組織が現れ始めた。それが自警団だ。

 ただし、例の如くこの自警団も犯罪者集団と言って差し支えない。彼らは島の治安を守るというよりも、日頃の鬱憤を暴力で晴らしたい目的で集まる連中なのだから。

 銃規制が緩和されたとはいえ、こう容易に自動小銃を持ちだしたとしても、ここは羅宮凪島なのだから今さら誰も驚かない。

「仕方がない、シルトとポーターは自警団の制圧を。俺とアルトゥールは店に突入する、行くぞ!」

 車両から飛び出し、チームは二手に別れる。

 長谷川たちが自警団に向けて警告を始めると同時に、カルロスとアルトゥールは前進。原崎のいる店へ向かう。

 銃撃で破壊された扉を蹴破り、短機関銃を構えて突入。

「特警だ!」

 しかし、そこはもぬけの殻。客一人その場にはいなかった。恐らく、偵察していた際に見えていた人影さえ、客ではなく剣の会の関係者だったということだろう。

 ケンタが最後に確認されていた休憩室へ。そこへたどり着くには暖簾の先の厨房を越える必要がある。

 向こうが先ほどの銃撃をどう捉えたかは知りようがないが、戦う気になったのなら待ち伏せに気をつけなくてはならない。

 アルトゥールが暖簾をそっと除けると、目前を銃弾が通過した。咄嗟に退いて銃撃を躱す。

「特警だ! 武器を捨てろ!」

 カルロスが叫んだ警告の応答は銃声で。向こうが応じなかった以上は戦わざるを得ない。銃撃が止んだと同時にアルトゥールは飛び出し、棚の陰からはみ出ている足を撃ち抜く。

 悲鳴と同時に金属製の物が落ちた。

 素早く距離を詰めて容疑者の手から零れ落ちた拳銃を蹴飛ばすと、警戒をカルロスに任せて拘束にかかった。

「だから武器を捨てろって言っただろ!」

 手錠を掛けて拘束し、休憩室を覗く。

 ロッカー・机・椅子だけの部屋は、全てが穴だらけであること以外に異常はない。立っている人影もなく、代わりにケンタが床に伏せて震えているだけだった。

「ようケンタ、待たせたな。原崎はどこへ行った?」

「なんだっていきなり店に銃撃するんだ! 死ぬところだったぞ!」

「不幸な偶然が重なっただけ、俺らは関係ない。それよりもホシだ。どこ行った?」

「奴は裏口から走って逃げた。悲鳴を上げてたから、どっか撃たれてたと思う」

 カルロスがその言葉を聞いて裏口を開けると、点々と血痕が北に向けて続いているのが見えた。

「奴はドヤ街に向けて逃げたみたいだな。追うぞ」

「よし。お前は飯食ってたら変な奴らが銃構えてたのを見てここに逃げ込んだ。そう説明しろ、わかったな?」

「わかったよ。くそっ、二度とお前なんか信用しねえ」

 二人は北へ向かった。羅宮凪島最大の危険地帯、星見町のドヤ街へ。

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