程度の低い異世界
音鎌ひじき
1話目 味覚障害
いらっしゃいませ、の声をBGM程度に聞き流しつつ、俺達は店に入った。
「何名様ですか?」
「二人です」
「二名様ですね、ご案内します」
ずっと地元の学校に通っていた俺にとって大学というのは知らない人間の集まりで、友達百人出来るかななんて呑気な事は言ってられないんじゃねぇかと不安になっていたものだ。しかし、案外すぐに友達は出来た。まだ一人だけど。
で、今日はその一人目の友達である彼との友好を更に深めるべく、某ファミレスに来ている。
席に着くと、彼はメニューを見る時に眼鏡を掛けた。
「あ、お前目ぇ悪かったんだ。俺も」
「あーうん、学校ではコンタクトつけてる」
「へぇー」
まぁこの話題じゃ盛り上がらないよな。当然だ、二十年近くも生きていて、未だに視力を無傷に保っている人の方が少ないだろう。
俺も普段はコンタクトを使っているのだが、本当に眠い時って全然入らないよな、あれ。
「じゃ、店員さん呼んでいい?」
「おう」
彼は呼び出しベルのボタンを押し、俺に尋ねた。
「何食べるの?」
「俺はサラダバーだけ」
「あ、お前舌ぁ悪かったんだ。俺も」
「へぇー」
まぁこの話題じゃ盛り上がらないよな。当然だ、地球人である限りは味覚障害を持っていない人の方が少ないだろう。
百数十年前だったか──西暦で言うと二千ウン十年頃、とある感染症が世界規模で流行した。
黒死病やスペイン風邪と並ぶ、歴史の教科書に載るクラスの伝染病だ。
そのウイルスに感染すると、初期症状に味覚障害が現れる事があった様だ。中等・重症者には、健康状態が回復したとしても後遺症としてその味覚障害が残ったと言われている。
そして、その味覚障害は遺伝する。
生物には詳しくないのでよく知らないが、味を感じるための味覚受容体なるものが存在するらしい。
その味覚受容体の遺伝子が変異し、つまりイカれて、味を感じなくなり、イカれたまま後世に伝わるって話だ。
「ご注文承ります」
少し待つと、店員が来た。
「じゃあ、サラダバー二つで」
俺が受け答えると、店員は注文の確認をし、軽くお辞儀をして去って行った。
「って事は俺達には遺伝的な繋がりが! 実は生き別れた
「無い無い」
爽快に笑う彼を見ていると、こちらまで気分が晴れる様だった。
暫くすると二人分のサラダが運ばれて来た。
レタスを中心に、トマトやコーンが皿を鮮やかに彩っている。
「いただきます」
友好を深めようの会は大成功と言えよう。
今日もレタスの食感が心地良い。
程度の低い異世界 音鎌ひじき @h1j1k1
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