ショートショートSF

@mizutarou

幸福の虚構

Tはひどく落ち込んで、居酒屋で一人やけ酒を飲んでいた。


「はあ…どうしてこうもうまくいかないんだろ…」


Tは平凡な会社員であった。


「どうしたんです?」


隣の席に座った見知らぬ男が、突然話しかけてきた。


普段なら怪訝に思うだろう。しかしその日のTは酷く酔っていた。


「私、職場に好きな人がいるんですよぉ。


でも、その人に話しかけても全然相手にしてもらえなくて。ほんと嫌になっちゃいますよ。」


見知らぬ男は嫌な顔一つせずにTの愚痴を聞いてくれた。




Tはひとしきりしゃべり終わると、すっかり男と意気投合した。


だいぶ夜も更けて、Tは家に帰ろうとした。


「いやあ、聞いてもらえて少しすっきりしました。」


男は屈託なく笑って、言った。


「それならよかったです。あ、私、製薬会社に勤めてましてね。」


「ちょうど、デートに誘うのを成功させる薬を試作したんですよ。よろしければ一つ差し上げます。」


Tは驚いて答えた。


「そんなものがあるんですか!いただいていいんですか?」


男はTに錠剤を渡して、言った。


「これさえ飲めば必ず成功しますよ。」




Tは早速次の日に薬を飲み、意中の人をデートに誘った。思いのほかあっけなく成功し、その次の週末、彼は水族館でデートを楽しんだ。


周囲の客が時折いぶかしげにTを見ていたが、彼には気にならなかった。




ところが、翌週Tが彼女に話しかけると、先週と変わらない冷たい態度が帰ってきた。


それどころか、不思議なことに彼女はデートに行ったことも覚えていなかった。




Tは落胆して、もう一度居酒屋に行った。そこで、再びあの男にあった。


「あの薬、もう一度いただけませんか?」


男は苦笑いして答えた。


「いいですけど、貴重なものなので、2万円ほどいただきますよ?」


Tは喜んで言った。


「安いものですよ!ぜひ買います!」


Tは嬉しそうに帰っていった。




近くで聞いていた居酒屋の店主が、小声で男に尋ねた。


「その薬、本当は何なんだ?」


男はニヤリと笑って答えた。


「何、ただの幻覚剤ですよ。」

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