星に願いを

氷雨坂まり

第1話

「空に手が届いたらなぁ」


星がよく見える丘に少年と男がいる。少年がふと、そんなことを言った。


「なんだ、突然」


寝転んでいる少年の横にいる男が答える。白衣を着た彼は紙の束に目を通していたが、その束を地面に置いて少年を見た。少年はポケットの中を漁り、小さな小瓶を取り出し、空に透かせてみる。中に小さな粒がたくさん入っていた。


「ああ、やっぱり、駄目か」


「そりゃ、太陽に透かせなきゃな。夜は暗すぎる」


「夜って星が沢山見えるから明るいと思ってたけど、そうでもないんだね」


空は綺麗で、こんなに星は光っているのに、どうして僕の周りは真っ暗なんだろう。

少年はそんなことを思いながら、小瓶から取り出した粒を二つ三つ、口に含んだ。


「寝転がりながら食べるな、危ないだろ。そんな食べ方するなら没収だ」


男はそう言って小瓶を取り上げようとするが、それよりも早く少年は、男と逆側のポケットへそれをしまった。男はそれを見て、まぁいいか、と軽くため息をついた。


「なんだっけ、このお菓子。砂糖の塊」

「言い方、もっと言い方があるだろ」

「コッぺ……ああ、コンペイトウだ」


少年はゆっくりと体を起こし、後ろに両手をついた状態に座りなおす。

口の中で金平糖を軽くかじったり、ころころと転がすと、小さな幸せでいっぱいになった。


「先生」

「ああ、どうした」

「先生がこれくれたとき、僕がこれは何? って聞いたら、星のかけらって教えてくれたよね」

「……この国じゃ、名前を言っても通じないだろ」

「そしたら全然違った。僕、本当に星のかけらだと思ってたんだ」


少年はずっと、星を見上げている。


「先生さ、僕が何か一つ頑張ったら、この小瓶にコンペイトウを一つ、入れてくれたよね。懐かしいなぁ、やっと一杯になってきたけど、最初にもらった日から何年たったんだっけ」

「昔すぎて覚えてないな。……まぁでも、言うこと聞かなかったお前が、それ欲しさに努力してくれたから良かったけど」

「……ああ、四年だ。先生が渡しそびれたり、わざと小さいの入れたりするから四年もかかったんだ。それに、最近知ったけど、こっそりこれ食べてたみたいだし。自分の食べればいいのに、なんで僕の食べちゃうかなぁ」


そりゃあ、と男は呟く。


「小瓶がいっぱいになったらなんでも願いが叶うって先生が言うから、真面目に信じて頑張ってたんだけどなぁ」


あーあ、と少年はまた大の字になって地面に寝転んだ。


「先生って、嘘を本当のことみたいに話すし、本当のことを嘘みたいに話すし、子どもの心を操るのがうまいよ。だから僕みたいなのは、すぐ信じちゃうんだ、本当。……あの日、これはただのお菓子なんだなって気がついちゃったけど」


男は少し考えてから、ああ、あの日ね……、と返した。男の記憶には、朧げにしか残っていない。けれど、少年に合わせて、そう答えた。


「まだ半分だけど、でも頑張って祈れば叶うと思ったんだ。だから僕、その日の夜ずっと祈ってたんだ。願いが叶いますように、って」


少年は空へと手を伸ばした。星との距離が少年には近く見えるのに、遠い。


「まだ今なら間に合うから、なんでもするから、僕はどうなってもいいから、大きくなれますように、って」


「……どうしてまた、そんな願いを」


「大きくなったら、星に手が届くから。今思えばバカな話かもしれないけど。

……先生。先生はこの世界で眠りについたら、空へ行くんだって、空に行って星になるんだって教えてくれた。だから僕は、こんなお願いをしたんだよ」


少年の声が、少し震える。


「先生が空に行って星になる前に、空に手が届いたら、先生をこの世界に、連れ戻せる、って……」


少年は、とうとう声を荒げて涙を流し始める。男は一瞬驚いた顔をして、そして悲しそうに微笑み、少年の頭を撫でてやった。少年はひとしきり泣いたあと、小瓶を取り出し、その小瓶を大事そうにぎゅっと胸の前で抱いた。


「お願いだよ、やっと一杯になったんだ。頑張ったんだ、先生に会わせて。ねぇ、願いを叶えてよ……」


少年は願った。たとえ小瓶の星のかけらが叶えてくれなくても、空に浮かぶ星々が叶えてくれなくても。ここで願うことができるのは、今日で最後なのだから。


「ああ、もう外に出ちゃダメでしょう!!」

「……おば、さん」

「明日ここを出るのに、こんな時間に出歩いて……風邪なんてひいたら次のところへ行くのが遅れちゃうわ」

「僕、ここが気に入ってるから、それでもいいんだけど」

「バカなことは言わないの。……ここじゃもう延命治療はできないのよ」

「……わかってますよ。先生に助けてもらった命だから、無駄にはしない」


少年は立ち上がり、小瓶を地面に置いた。


「……あら、ここに置いておくの?」

「もう、僕には必要ないかなって」


そう、と女は悲しそうに笑って、早く帰っていらっしゃいねといって戻っていった。

少年はそれに答え、もう一度空を見上げ建物の方へと歩き出す。


するとコツン、と肩に何かが軽くぶつかった感触がした。なにかと思って屈み、当たったであろう物を探す。地面は暗くて見にくい。

探していると、冷たいものが手に触れる。そっとそれを手に取れば、空っぽの小瓶だった。

ふと耳を澄ませると、後ろから何かをポリポリとかみ砕く音がした


「あーあ、また溜めなおしだな。あと5年、10年、いやもっと。いつまでかかるんだろうなぁ。溜めてあげられるのはここだけだからなぁ。けどもうお前はここに来ることはないだろうし……だからさ。……一杯になるまで、星になるなよ」


バッ、と少年は振り返る。そこには誰もいなかった。けれど、たしかに、そこには。


「……先生に願われちゃったら、叶えるしかないなぁ」


少年は笑って、建物へと戻っていった。


空には満天の星が、輝いていた。

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星に願いを 氷雨坂まり @maruimochi

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