第47話

 ミルトは少し戸惑ったようだ。


「ロゼッタの師にレジーナですか?」


 百年前、勇者レジーナは戦闘馬鹿だった。スカウト技能はかけらもなかった。

 ミルトが戸惑うということは、百年後の今もレジーナはそういう感じなのだろう。


「スカウト技能は別の者が教えればいい。レジーナは弓も短剣も使える」


 勇者レジーナはあらゆる武器が得意だ。

 当然、弓も短剣も、それに素手での戦いも得意である。


「ミルトとゼノビアは、ロゼッタの師を誰にしようと考えていたんだ?」

「俺かゼノビアが、ロゼッタの師もしようと思っていたのですが……」

「武器戦闘の技能を重視するならば、私が師になろうと考えていました」

「武器戦闘技能にこだわらないなら、魔導師の俺でも構わないかと」

「そうだな。二人でも充分指導できるとは、俺も思うが……」


 たとえそうだとしても、レジーナの方が適役に俺には思える。

 俺がレジーナを推したとき、ミルトが少し戸惑った理由がわからない。

 だから直截的に聞いてみる。


「レジーナが、ロゼッタの師にふさわしくない理由でもあるのか?」

「そうではなく……」


 ミルトは口ごもった。それをゼノビアが引き継ぐように言う。


「師匠。そうではなくてですね。レジーナが弟子を取りたがらないのです」


 この百年間、賢人会議の者たちは、弟子を定期的にとって育成してきたのだという。

 その者たちは、みな各地で大活躍してくれた。

 救世機関の今の名声と権威、権力はその弟子たちの活躍も大きい。


「ですが、レジーナは九十年前に一人だけ弟子をとっただけなのです」

「ふむ。レジーナはその弟子と何かあったのか?」

「……弟子入りの五年後、レジーナの弟子は亡くなりました」


 そう言ったゼノビアは、少し辛そうだった。

 辛そうなのはミルトも同様だ。


「俺たちにとっても最初期の弟子ですから。思い入れが深いのです」

「けしてレジーナの指導が悪かったわけではありません」


 レジーナの弟子はとても優秀だった。だからこそ、テイネブリス教団に狙われたのだ。

 レジーナが拠点としていた街に、教団が凶悪な魔物をけしかけた。

 それもレジーナが留守の間にだ。


 レジーナの弟子は、強力な魔物から民を守るために時間を稼ぐために戦った。

 弟子は充分に役割を果たし、レジーナが急いで駆けつけるまで街を守り切ったのだ。

 だが、弟子はすでに致命傷を負っていて、治癒魔法も間に合わず亡くなっていたという。


「それからレジーナは弟子をとるのをやめました」

「勧めても、『俺は弟子をとるような器ではないんだ』というばかり」

「過去を知っているので、我らとしても強くは勧めにくく……」

「なるほどなぁ」


 レジーナはどれだけ悲しんだのだろうか。

 想像するだけで、俺も悲しくなる。

 恐らく最強である勇者の弟子というのも、教団に狙われる要因だ。

 それをわかっているからこそ、レジーナも弟子を取りたくないのだろう。


「じゃあ、俺がレジーナの弟子になって、ミルトがロゼッタの師になるか?」

「え?」

 ミルトが少しショックを受けたような顔になる。


「名目上の話だ」

「で、ですが、師匠は魔導師ですし……」

 魔導師なのにミルトに弟子入りせずレジーナに弟子入りしたら怪しまれる。

 そう言いたいのだろう。


「気持ちはわかるが、レジーナも俺ならば安心できるのではないか?」

「ふむう……。それはそうかもしれませんが」

「レジーナはそういう気の使い方を嫌がると思います」


 ゼノビアの言い分も、確かにその通りではある。

 レジーナはそういう性格だ。とてもまっすぐなので変な配慮を嫌がるのだ。


「それはレジーナと話し合って決めれば良いだろう。俺はどちらでもいいからな」


 前世が魔導師だったせいで、俺は魔導師的な戦い方をしがちだ。

 だが、神の世界で修業して、あらゆる武芸を修めている。

 剣、槍、弓、斧、素手格闘。その他あらゆる武器、全てが得意なのだ。

 勇者の弟子になることも、おかしくはない。


「レジーナとディオンも近いうちに戻ってきます。その際に師匠を交えて話し合いましょう」

「うん。ゼノビア、それがいい。俺もレジーナやディオンに会えるのが楽しみだよ」


 それから俺はミルトに連れられて、神獣たちと一緒にミルトの部屋へと向かう。

 ゼノビアもついてきてくれるようだ。


 俺の弟子たちは、学院の中にそれぞれ拠点とする部屋を持っているらしい。

 総長になると、その部屋が総長室になるのだという。


「散らかっているが、入りなさい」

「ありがとうございます」


 部屋の外なのでミルトは俺にため口を使う。

 俺は勧められるままミルトの部屋の中に入る。


「おおっと……」

 そこは乱雑に散らかっていた。


「相変わらず汚いな、掃除ぐらいこまめにしろ!」

 ゼノビアがミルトを叱る。


「お恥ずかしい」

 ミルトは本当に恥ずかしそうにしている。

 貴重な書物が床に積み上げられ、机の上は書類やメモ書きのようなもので一杯だ。


「だが、試薬や各種素材はきちんと整理されているみたいだな」

 魔法の開発に使う試薬などが入った瓶や素材などは壁の棚にきれいに並べられている。


「はい。師匠にきつく指導されましたから」


 試薬や素材には危険な物も多い。

 瓶が割れれば、発火したり爆発する物もある。金属を溶かすものや毒性の強い物もある。

 だから、弟子入り直後からきつく指導した。


「俺の指導を守っていてくれているんだな。俺は嬉しい」

「ありがとうございます」


 俺が褒めると、なぜかミルトは感動した様子で頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る