第21話 弟子との交流

 ゼノビアが嬉しそうに言う。


「それにしても師匠はすぐ私だって気付いてくれましたね!」

「どうして、俺が気付いたと判断したんだ?」

「後ろから抱きしめたのに、警戒しなかったからです」

「なるほど」


 抱きつかれても俺が警戒しない相手は弟子ぐらいと言いたいのだろう。

 今はサリアに抱きつかれても警戒しない。


「ゼノビアはまったく変わってないからな。そりゃわかる」

「そんな、若いだなんて。師匠は相変わらずお世辞がうまい」


 若いとは言ってないし、別に褒めたつもりもない。

 エルフだから変わらないのは、あまり特別なことではないからだ。

 なのに、ゼノビアはとても嬉しそうだ。涙すら流している。


 ゼノビアが小さかったころ、そうしてあげたようにゼノビアの頭をやさしく撫でる。

 いまは身長が逆なので、背伸びしなければならない。


「うぅ、ううぅ…………懐かしいです。うぅううう」

 泣き止ませるために撫でたのに、ゼノビアは号泣し始めた。


「そうだな懐かしいな」


 そういって、俺はゼノビアの頭を撫で続けた。

 それを見てミルトがしみじみとして言う。


「本当に懐かしいです」

「ミルトは老けたな」

「はい。あれから百年ぐらい経ちましたからね」


 魔力の質が良く、量が豊富なものは老化が遅い。

 だから、ミルトも百二十歳近いのに七十台ぐらいにしか見えない。

 いや、六十台に見えなくもないぐらいだ。


 つまり、ミルトの老化速度は、通常の約半分ぐらいということだろう。


「晩年の俺の老け具合と、ほとんど変わらないな」

「……師匠にそう言っていただけると、すごく嬉しいです」

「ミルトの努力の成果だ。あれから頑張ったということがよくわかる」

「……ありがとうございます」

「それに、寵愛値測定装置の発想は素晴らしいものだった」

「……はい……はい、ありがとうございます」


 ミルトもぼろぼろ涙をこぼし始めた。

 仕方ないので、俺はミルトの頭も撫でてやる。

 こうして二人を撫でていると、二人が幼かった頃のことを思い出す。

 二人とも泣き虫で、幼いころはよく泣いていたものだ。

 俺は二人が落ち着くまで優しく頭を撫で続けた。

 その間に、ルンルンとフルフルも警戒を解いたようだった。


 しばらく泣いた後、恥ずかしそうにゼノビアが言う

「師匠。年甲斐もなくみっともないところを見せました」

「いや、なに気にするな。俺も昔を思い出して懐かしかった」

「お恥ずかしい」


 ゼノビアは頬を赤くする。


「そうだ。色々現代の事情を説明させていただきますね!」

「ああ、頼む。現代のことは八歳児並みにしか知らないんだ」

「立ち話もなんですから……」


 ゼノビアに長椅子に座るように促される。その長椅子はとても座り心地が良いものだった。

 ルンルンは俺の足元にちょこんと座る。フルフルはまだ俺の肩の上だ。


「すぐにお茶とお菓子をお出ししますね」

「気を使わなくていい」

「私が師匠とお茶を飲みたいのです」


 そういわれたら断るのも悪い。百年ぶりの再会なのだ。

 俺も弟子たちと旧交を温めたい。


 ゼノビアとミルトが用意してくれたお茶を飲みながらお菓子を食べる。


「ふしゅーふしゅー」

 ルンルンは机の上にあごを乗せる。とても鼻息が荒い。


「ぴぎぴぃ」

 俺の肩の上にいるフルフルも激しく震え始めた。

 ルンルンもフルフルもお菓子を食べたいのかもしれない。


「まあ、大丈夫か」


 人間の食べ物を犬に与えるのはよくないと言われる。

 だがルンルンは神獣なので大丈夫だろう。

 フルフルはスライムなので、基本的に有機物なら何でも食べるので大丈夫だ。


「ゼノビア。ミルト。ルンルンとフルフルにお菓子を分けてもいいか?」

「もちろんです」

「ご随意に」


 許可を得られたので、ルンルンとフルフルにもお菓子を分けた。

 ルンルンもフルフルもおいしそうにお菓子を食べてくれた。


「あとで妹さまの分のお土産もご用意いたしましょう」

「それはありがたい」


 そして、俺は雑談がてら、気になっていたことを尋ねる。


「アルティはゼノビアの弟子なんだろう?」

「そうですね。とても才能のある子です」

「そうか。いくら弟子とはいえ、汚物処理を一人でやらせるのはかわいそうだ」

「いえ、師匠、それは違いまして」

「何が違うのだ?」


 俺が御曹司の汚物を掃除しようとしたとき、ゼノビアは不要だと言っていた。

 ミルトが笑顔で言う。


「この学院には、私の開発した清掃専用ゴーレムが沢山配備してあるのですよ」

「ですから、アルティがスイッチを押すだけで掃除は終わりです」


 それならばよかった。

 我が弟子たちは汚物処理などの雑用をアルティに全部押し付けているのではないようだ。


「なるほど。余計なお世話だったな」

「いえ、そんな。久しぶりに師匠の魔法が見れて嬉しかったです」


 ゼノビアもミルトも嬉しそうだ。


「ところで、レジーナとディオンは今はどうしているんだ?」


 レジーナもディオンも俺の弟子だ。

 レジーナは勇者、ディオンは治癒術師である。


「レジーナとディオンは今は仕事で遠方です」

「師匠の転生体と出会えたことは、このあとすぐに報告しますので、すぐに会えるでしょう」

「それは楽しみだ」


 そして、俺は大切なことを思い出した。


「あっと、忘れていたが、俺は受験生だったんだ。筆記はそろそろ終わったころか?」

「そうですね。そろそろ実技に移るころです」

「筆記はあまり重視されないとは聞いたが……実技をさぼるのはさすがにまずいだろう」


 受験生の中には田舎の農村から出てきた字の読めない弓の達人などもいる。

 だから、筆記はほとんど考慮されない。

 合格後の教育方針の参考にするために筆記試験を受けさせるのだとアルティは言っていた。


「あ、ご心配なく。師匠はすでに合格していますから」


 ゼノビアが笑顔でそう言った。

 どうやら、俺は合格していたらしい。

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