第4話 森での事件

 剣戟けんげきの音とは穏やかではない。

 俺は捕まえた鳥を腰につるすと、音のした方へと走り出す。

 何事もなければそれでよし。何か困っている人がいるのならば助けてやりたい。

 近寄る前に魔力を抑え気配と存在感を隠すのは忘れてはいけない。


 音の発生源から少し離れたところ、三十メートルぐらいの距離をとって俺は足を止めた。


 一人はつばの広い黒い三角帽子に黒っぽい服を着た少女だ。

 古風な魔女の装束である。

 そしてその少女をかばっている一人の中年男がいる。

 二人と敵対する形で、三人の覆面の者たちがいた。

 周囲には九人の男たちが倒れている。


「俺はそう簡単にはやられんぞ」

「…………」


 中年男は傷を負いながらも、覆面の男たちに剣の切っ先を向けている。

 覆面の者たちは言葉を発しない。隙をゆっくりと伺っている。


 どうやら中年男はなかなかの力量に見えた。隙が無い。

 本当に簡単にはやられなさそうだ。


 だが、服装から判断するに、倒れている九人の男たちは中年男の仲間に見える。

 十対三で始まった戦闘が、今では一対三になっているのだ。

 中年男が負けるのは時間の問題だろう。


「ここは俺に任せてお逃げください!」

 中年の男が叫ぶ。後ろにいる少女を逃がそうとしているらしい。

 ローブを着た少女は震えながらも、杖を構えて覆面の者たちをにらみつけている。


「みんなに治癒魔術をかけねば死んでしまうわ!」

「それがやつらの狙いです! だからとどめを刺してないんです」


 どうやら、九人の男たちは死んでいないようだ。

 あえてとどめを刺さずに、中年男と少女が逃げないよう足かせにしているのだろう。


「そうだとしても! すぐに治癒魔術をかけないと助からないのは一緒でしょ!」


 少女の気持ちは凄くわかる。

 敵の思う壺だとしても、治癒魔術をかけないと仲間が助からない。

 だからこそ、逃げられないのだ。


 だが、中年男はきつい口調で叫ぶ。


「王都はすぐそこです! 逃げ込んで助けを呼んできてください!」

「わたくしだけ逃げるわけにはいかないわ」

「それが一番、全員の生存確率が高いんです! 俺を助けると思って逃げてください」


 強く言われて、少女は意を決して走り出す。だが、覆面の一人が回り込む。


「させるか!」

 中年男が少女をかばうように動くが、それも覆面の者たちの狙いだったようだ。

 別の覆面男が、中年男を背中から斬りつける。


「ちぃっ!」

 中年男が背後に向けて剣を鋭く振るが、覆面男たちはさっと距離をとる。


「うぅ……」

 一連の攻防で少女は足を浅く斬られたようだ。致命傷ではないが走るのは難しいだろう。


 俺は覆面の者たちの基本作戦を理解した。


 味方をすべて見捨て覆面たちを倒すことに専念すれば、中年男は互角以上に戦えるのだろう。

 そのぐらい中年男の力量は高い。

 だからこそ、足手まといとして、あえて九人の男たちは生かされているのだ。


 倒れている仲間を攻撃するそぶりを見せるだけで、中年男は対応せざるを得ない。

 覆面の者たちは、その隙を巧妙につく。

 浅く傷つけ、少しずつ弱らせていく。


 中年男が、敵を一人ずつ仕留めようとするなら、狙われた者は一気に距離をとる。

 そうなれば中年男は追えない。

 この場を離れれば、倒れている者たちや少女が攻撃にさらされるからだ。

 このままでは、じきに中年男は倒れるだろう。

 そうなれば少女も九人の男たちも死ぬ。


「なるほど。まるで熟練の狼の群れによる熊狩りだな」

 だから、あえて声を出して存在をアピールしながらゆっくり近づいていく。


「…………」

 覆面の者たちは無言のまま警戒した様子で、こちらをうかがう。

 それは無視して中年男に笑顔で話しかける。笑顔なのは警戒されないようにだ。


「事情は知らないが、助太刀しよう」

「君は?」

 中年男がいぶかし気に、こちらを見る。


「通りすがりの八歳児だ」


 そして、俺は少女に声をかける。


「君は治癒術師だろう? 治療に専念してくれ」

「でも……」

 戸惑った様子でこちらを見てくる。少女の戸惑う気持ちはわかる。

 治癒魔術を使おうとしたら、覆面たちに妨害されてきたのだろう。


「安心しろ。妨害はさせな――」

 会話の途中で、俺の背後から覆面の一人が右手の短剣で襲い掛かってきた。

 なかなか鋭い身のこなしだ。気配を消すのも上手い方だ。

 熟練の暗殺者なのだろう。


「だが、まだ遅い」

 俺は振り返らずに、左手で背後にいる覆面男の右手をつかむ。


「――ッ!」

 覆面男は、声を出さずに驚いている。


「戦闘中に驚いているようでは、まだ二流だ」

 つかんだ覆面の腕を力任せに振り回し、もう一人の覆面の男めがけて投げ飛ばす。

 同時にもう一人の覆面との間合いを一気に詰めた。


「まず一人」

 覆面の顔面にひざを叩き込んだ。

 魔力で脚力を強化し、一気に加速した勢いのまま、叩き込んだのだ。

 いくら八歳児の俺の体重が軽いとはいえ充分な威力になる。


 ――ゴガンッ!

 覆面に隠された顔の骨の砕ける音が響いた。死んではいないだろうが、もう動けまい。


 次の覆面を仕留めるために、振り返ると、

「……早いな」

 中年男がすでに二人を倒し、とどめを刺していた。


「君が投げ飛ばしてくれたおかげで隙ができた。ありがとう」

 確かに隙は出来たと思う。

 だがそれを見逃さずに敵を倒すというのはそう出来ることではない。

 やはり中年男はなかなかの凄腕のようだ。


「手伝えたようでよかった。後は任せる」

「わかっている」

 中年男は俺が顔面の骨を砕いた覆面を捕縛しに動いた。


 そういってから俺は少女を見る。

 少女は自分の怪我を放置して、倒れた男の中で一番重症の者に治癒魔法をかけている。

 少女も若いのに、なかなかの治癒魔術師のようだ。

 だが効果があまり上がっていない。


「君自身が血を流したままだ。先に自分を治癒すべきではないのか?」

「わたくしの傷はかすり傷。でも、この者たちは……」


 確かに重症度は男たちの方が上だ。だが、怪我をしたままでは集中力の維持が難しい。

 治癒魔術の威力や成功率が下がってしまう。


「治癒術師の安全は最優先すべきことだ。そうしないと救えるものも救えなくなる」

「でも……」

「気持ちはわかる。だから君の怪我を治してあげよう」


 俺の言葉で、中年の男が目を見開いた。

「少年、君は格闘家ではないのか?」

「格闘家でもあるし、治癒術師でもある」


 神々との修行で治癒魔法も教えてもらっている。


「ではいくぞ」

「ま、待って! 干渉が……」


 治癒魔術を発動中の治癒魔術師に、別の者が治癒魔術をかけると干渉と呼ばれる現象が起こる。

 干渉が起こると、治癒魔術は失敗してしまう。

 ただの不発で済めばいいが、効果が反転したり小爆発を起こしたりすることもある。

 それゆえ、非常に危険な行為とされている。


「安心しろ。そんなへまはしない」

 治癒魔術の干渉と呼ばれている現象は、魔力の流れが互いに邪魔をし反発しあうから起こるのだ。

 魔力の流れを完全に把握して、邪魔しないようにすればいい。

 それだけのことで干渉は起こらなくなる。


 俺は注意深く治癒魔術を少女にかける。

「これでよしっと」

 一瞬で少女の怪我が完治した。


「え? いったい、どうやったの?」

「魔力の流れを読めばいいだけだ。ついでだ。ほかの者たちも治療しておこう」


 俺は倒れている九人の体内の魔力の流れを読んでいく。

 どのような怪我をしているか調べるためだ。

 ほとんどの治癒術師はこれをしないが、適切な治癒魔術を行使するには大切なこと。

 水神が教えてくれたことの一つだ。


「ふむ。毒が使われてるな」

「えっ? 毒ですって? 何の毒か調べないと……」

「少し待ってくれ。いま調べる」


 中年男が覆面男たちの武器を調べ始めた。武器に毒が塗られていたと判断したのだろう。


「時間がない。毒の種類は後で調べてくれ」

 そろそろ太陽が西に沈みそうだ。よい子の八歳児の俺としては帰宅する時間だ。


「だけど、毒の種類を調べないことには解毒も出来ないわ!」


 魔力の流れをきちんと読んでいれば、毒の種類が何かはともかく、その作用はわかる。

 作用がわかれば、どういう解毒魔法をかければ良いのかはわかる。


 それを説明したいところだが、俺には時間がない。

 それに九人の苦痛を早く取り除いてやりたい。


 俺は治癒魔術と解毒魔術を倒れている九人に同時にかけた。

 見る見るうちに傷がふさがり血が止まる。解毒効果で顔色も改善していく。


「回復と同時に解毒まで? しかも九人同時? そもそも手を触れずに治癒魔術を使うなんて……」

「練習すれば、君もできるようになる」

「……そんな水神の愛し子さまのようなこと、わたくしに出来るわけが……」


 水神の愛し子。前世の俺の弟子の一人だ。懐かしい。

 少女には才能がありそうだ。色々教えてやりたいのはやまやまだ。

 だが、八歳児の俺には時間がない。助言だけ与える。


「練習次第だ。あいつだって最初から出来たわけじゃない」

「あいつ?」

「いや、何でもない」

 口を滑らせかけた。俺の前世がエデルファスというのは、明かすべきではないだろう。


「少年、何から何まで助かった。君は俺たちの命の恩人だ」

「気にしなくていい。たまたま通りすがっただけだからな」

「ぜひ、お礼をさせてくれ」

「その必要はない。じゃあ、気を付けて帰ってくれ」

 俺が走り出そうとすると、少女が慌てた様子で言う。


「待って! せめてお名前を聞かせて――」

「名乗るほどのものじゃない。じゃ!」


 そして、引き留める声を無視して、俺は王都に向かって走りだした。

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