八歳から始まる神々の使徒の転生生活
えぞぎんぎつね
1章
第1話 賢者は死にました。
「エデルファス師匠! 気をしっかり持ってください! ああ、どうして血が止まらないんだ……」
悲鳴に近い治癒術師の声がする。
水神の愛し子と称される彼で無理なら、それはもう無理だ。
俺はもう百二十歳。
人族としては充分すぎるぐらい長く生きたと思う。
「師匠、俺なんかをかばって……」
古今無双と称され、歴代の勇者の中でも最強と名高い勇者が泣きそうだ。
「こういうのは歳の順って決まってるんだ」
そう言って俺は笑って見せたが、ついに勇者は泣き出してしまった。
「お前は本当に泣き虫だな。よく泣いて俺のベッドに入りに来たっけ……」
「エデルファス師匠。そんな子供のころのこと持ち出さないでくださいよ……」
勇者は涙を流しながら、顔をくしゃくしゃにして口角だけあげて見せる。
無理に笑おうとして失敗したのだろう。
「で、肝心の厄災の獣は倒せたのか? 復活の気配はないか?」
魔王である厄災の獣との戦いで俺は致命傷を負ったのだ。
「ありません! 師匠の魔法によって存在ごと分解されました!」
そう答えたのは剣聖と称えられる戦士だ。
「師匠、あの魔法はまだ教えてもらってませんよ。それまでに死んだら怒りますからね!」
そう言って縋り付くのは一番若い弟子の魔導師だ。
才能にあふれ意欲もあり心根も素直。こいつには俺の魔法体系を叩き込んである。
あとは俺の指導なしでも、独学で俺を超える魔導師になってくれるだろう。
「大した魔法ではない。思い付きの即興の魔法だ。あれを見たお前ならもう使えるはずだ」
「……無茶苦茶言わないでくださいよ。……師匠、お願いしますよ。まだ指導してください」
魔導師も泣き出してしまった。
俺の弟子たちは優秀なのに泣き虫ばかりだ。
「そうか。厄災の獣は無事消滅したか。それはなによりだ」
人族を滅ぼしかねない最強の厄災の獣。
それを討伐して、被害がこの老いぼれ一人。上々の結果だ。
なのに、俺の自慢の弟子たちは涙をぼろぼろこぼしている。
「……なんて顔してやがる」
「エデルファス師匠、俺たちを置いてかないでください」
百戦錬磨の勇者が泣き言をいう。強くなったのに泣き虫なのは相変わらずなようだ。
「お前たちはどこに出しても恥ずかしくない俺の自慢の弟子だ。大丈夫だ」
「そんなことないです! 師匠がいなければ、私たちどうしたらいいか……」
しっかり者の治癒術師までそんなことを言う。
「お前たちには俺のすべてを叩き込んだ。大丈夫。大丈夫だ」
「あたしたちはまだまだ未熟です。師匠が必要です」
戦士がぼろぼろと涙をこぼしていた。
弟子たちはもう立派に育っている。今は混乱してそんなことを言っているだけ。
すぐに立ち直り、世界のために働いてくれるだろう。
俺は弟子に恵まれた。そして、
「……死に場所、死に時にも恵まれた。ああ、まったくいい人生だった」
四人の弟子たちの泣き声を聞きながら、俺の意識は消えていった。
……
…………
……………………
「お疲れさまでした。エデルファス・ヴォルムスさん」
どこからか声がする。知らない声だ。
「私ですか? 私は神です。麗しくて心優しい女神です」
幻聴だろう。死ぬ間際に見る夢のようなものに違いない。
そうでなければ悪魔の声だ。
「失礼な! 悪魔などではありません」
悪魔はみんなそういうのだ。
「せっかくあなたの人族への貢献を認め、神の座に迎えるためにやってきたのに……」
神? 悪魔の間違いだろう? 耳あたりのいい言葉は、まず嘘、騙り。
それが人族にしては長い百二十年の人生で学んだことだ。
「もー、信じてませんね。神になれるんですよ? 嬉しくないんですか?」
あまり。
「えー。神になればいろいろできることが増えますよ! まあ、制約も……」
制約?
「……まあ、それは置いときましょう。些細なことです」
制約こそ、一番聞きたいことだが……
「人族の身でやり残したこと、思い残したことなどないのですか?」
子供はいないが、子供代わりの弟子たちが立派に育ってくれた。
思い残すことはない。満足だ。
「厄災の獣を倒すのが目標だったのでは? 私はずっと見ていたので知っていますよ」
……ほんとによく見てるんだな。悪魔とは恐ろしいものだ。
「ですから、悪魔ではなく女神です! 麗しくて、可愛いきれいな女神ですよ!」
お前が女神かどうかは置いておいて、最後に厄災の獣を消滅させることができた。
だから、もう満足だ……。
「一時的に厄災の獣は眠りにつきましたね。ですが近いうちに復活しますよ」
え? 復活するのか? え? 消滅したんじゃ?
「え? じゃないですよ。厄災の獣も神の一柱ですからね。そう簡単に滅せませんよ」
…………
「……でもでも! でも! 人族でありながらあそこまでできたのは凄いです」
…………俺のしたことは無意味だったのか?
「無意味なんかじゃないです。しばらくは厄災の獣は大人しくしているでしょうし」
なんということだ。
「だからこそ、エデルファスさん、あなたは神の座に手を届かせたと判断されたわけですし」
………………
「あとのことは神になってから考えましょう? まあ、最初は私の弟子神からですが……」
少し考えさせてくれ。気が散る。
「はいはーい。ここは時間の流れが外とは違いますからね。いくらでも考えていいですよ」
随分と軽い悪魔だ……。
「だから、悪魔じゃないですって」
雑音を排して考える。
「雑音ってなんてこと――」
集中すれば、自称女神こと悪魔の声は聞こえなくなった。
厄災の獣は人族の敵だ。だが、それ以上にその討伐は俺の人生をかけた目標でもあったのだ。
あいつがのさばっていると思うと、ものすごく悔しい。
「女神! いや、悪魔でもいい!」
「おっと、やっと私に呼びかけてくれましたね!」
その言葉と同時に、俺の目に女神の姿が映った。
それは、とても美しい少女の姿だった。
自分から呼びかけないと、いや見ようとしないと見えないものなのかもしれない。
「エデルファスさん。やっと神になる気になりましたか?」
「俺は厄災の獣を倒したいんだ。そのためなら神とやらにもなってやる!」
「え……。それはちょっと」
女神は困ったような表情を浮かべる。
「まさか、できないのか?」
「制約がありまして……」
そういえば、先ほど女神は制約はあるようなことは言っていた。
「詳しく教えてくれ」
自称女神が言うには、厄災の獣は神、正確には元神なのだ。
神としての力を保持したまま、堕天した呪われし獣。
そして地上において神の力がぶつかれば、大地の方がもたない。
「それでは、意味がないじゃないか」
俺は厄災の獣を倒したいと強く願っている。
だが人族のために倒したいというのが動機の出発点でもある。
厄災の獣のために大地を犠牲にしては意味がない。
「神は地上に直接介入することは出来ません」
「神が力を地上に及ぼすには、人族など地上の生き物を介す必要があるということだな?」
「はい。基本的にはその理解であっています」
「俺の弟子にも水神の愛し子がいたな」
「はい、でもそれだけではありませんよ?」
「というと?」
「勇者は聖神の、戦士は剣神の、魔導師は魔神のお気に入りです」
「そうだったのか……。俺の弟子たちは神のお気に入りだったのか」
道理で最強の弟子たちだった。
「そして、エデルファスさん、あなたは私のお気に入りです!」
「あ、はい。そういうのはいいので」
気を使ってもらっても別に嬉しくない。逆に困る。
「ということは、厄災の獣をどうにかする手段は俺にはもうないのか」
「……ないことはないです」
「詳しく教えてくれ」
女神はまた説明してくれた。
神としてではなく、人族として地上に戻ればいいのだという。
「いわば転生というやつですね」
「ならば、それを頼む」
「条件があります」
「なんだ?」
「転生後。神の意志を大きく外れた非道な行いをしないこと」
「無論だ。そんなことはしない」
「そして、第二の生を終えた後、今度こそ神になること」
「わかった。やむをえまい」
「そして最後にもう一つ。これは条件というより親心みたいなものですが……」
「なんだ?」
「転生前に神の世界で修行してもらいます。そうでもしないと厄災の獣には勝てませんから」
「強くなれるなら望むところだ」
「地上とは時間の流れの異なるこの世界で、極限まで修行してもらいますからね!」
そういって、女神は笑った。
そして気の遠くなるほどの時間を修行に費やすことになった。
女神だけでなく魔神、剣神、戦神、水神、炎神、風神、雷神、竜神。
あまたの神から修行をつけられることになったのだった。
☆☆☆
新作はじめました。
「転生幼女は前世で助けた精霊たちに懐かれる」
可愛い幼女がモフモフたちや精霊たちとのんびり奮闘する話です。
よろしくお願いいたします。
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