化学のチカラで異世界無双 職場の事故事例を悪用してみた
黒井丸@旧穀潰
第1話 異世界に行ってみた
宗麟の小説書いててすぐには使えない化学の知識と、現場での事故事例の知識を吐き出すために小話を書いてみました。
現場猫とかでよく言われる、現場でやってはいけない事とかを盛り込みながら化学の素晴らしさと恐ろしさを勉強出来たらいいなと思います。私が。
なお本作の主人公は異世界のお約束を見るたびに、化学的にややこしく分析しますがそういう芸風だと思って読み飛ばして下さい。文自体は短くしてますので。
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●化学のチカラで異世界無双●
あ、これは死んだな。
若い研究者の置石順は思った。
新しい消火材を作成するためにいくつかの物質を混ぜ合わせたのだが、どうもそれが悪かったらしい。
思考力低下、脈拍は異常に増加、呼吸が乱れている。
原因はわからないが、自分はこのまま意識を失って死ぬことだけは理解できた。
業績不振の会社から、結果を出せとせっつかれて無茶をしたのがまずかったようだ。
予算不足のずさんな施設と備品。どこかで有害物質が漏れだしたのかもしれない。
大学4年時に就職氷河期だったため院に進み、その後も仕事が見つからなかった中、やっと見つけた研究職もブラック。
ろくな人生じゃなかったな。と自嘲する。
「……せめて、どんな作用で自分が死んだのか、書き留めてから死にたかった」
薄れゆく意識の中で置石は思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
声が聞こえる。
<称号;化学の殉職者を手に入れました。
職業 化学者に変更されました>
ああ、大学で学者になりたかったけど、それで食っていくのは大変だから、俺は地元企業の研究職に応募したんだったなぁ。
成果を出さない奴は給料泥棒って言われて研究とは関係ない雑用や事務仕事までやったりもしたが、死ぬ前に学者になれたのか…。
<スキル;器用貧乏を獲得しました。
すべての職業の初歩的なスキルに代用できます>
いらねえよ。そんな技術。
学生時代のバイト先で「正社員と同等のなんでも出来る万能なスキルを持て」とかいうアホな店長がいたけど、人間は分業する方向に進化しているのだ。
一人で何でもできるよりも何かに特化した方が良いに決まってるだろう。
あやしいコンサルタントの言葉にすぐ乗るアホな二代目店長だったが「こりゃ長くないな」と思ったら結局店を潰していたっけ。
江戸時代だと店は3代目が潰すと言われていたけど、現代社会はスピードが速い。3代まで持たなかったみたいだ。
<スキル;予知を手に入れました。予言者に転職できますが、実行しますか?>
しないよ。俺は研究が好きなんだ。この世界がどういう風に出来ているのか?どんな法則で動いているか、誰も知らないことを探してみたかったんだ。
でも、もう疲れた。
4日間ロクに寝てないんだから少し休ませてくれ……………………
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あれ?」
気がつくと、森の中にいた。
近くには湖があり、非情に心地よい風が吹いてくる。
おかしい。俺はさっきまで研究室にいたはずだ。
ここがあの世なのだとしたら、仏教系でもキリスト教系でもない姿なのだろう。
500m以上先まで続く湖はまるで水晶のように透明で非常に澄んでいる。
「でも、この湖魚や虫が一匹もいなさそうだな」
普通これだけ美しい水場なら生物が生きているのが普通だ。なのにそういった生き物がいないというのは何かがあるのかもしれない。
そう思いながら、ぼんやりと湖を眺めていると
<………>
「?」
目の前に薄い青色のもやが浮かんできた。
「なんだい、こりゃ?」
<m@zu……>
「文字?文字なのか?」
じいっと目を凝らすと結晶のような目の覚める青色に、白い文字で
<湖;H2O NaCl>
とゲームのウインドウのような表示が現れた。
「なんだこりゃ」
H2O(水)は分かるがNaCl(塩化ナトリウム=塩)という文字が見えるのは不思議な話だ。
試しに湖の水を微量だけなめてみる。
「しょっぱ!」
塩分過多の水である。どうやらここは塩湖という塩分濃度が高い湖のようだ。
それでは生物が住めないのも無理はない。
「だとすると、この木とか見たら別のものが見えるのか?」
イチョウによく似た木を見てみる。
今度は化学記号は見えなかったが<ワイスラング>という文字が表示された。
この世界の木の名前なのだろうか?
空を見上げれば、霧がかった夕暮れの空に月が二つ浮かんでいる。
月の引力がどう作用するのかわからないが、ここが異世界な事だけはわかった。
「もしかして…ステータスオープン」
異世界小説定番の呪文を口にしてみる。すると
<置石順 Lv1 化学者 状態;寝不足
HP;2/15 MP 0/0
力;5 知恵;215 素早さ;5 攻撃力;5 防御力;5
スキル;器用貧乏 Lv1 予知 Lv2 分解 Lv1 結合 Lv1>
上記の個人情報が現れた。マイナンバーとかはない。
「なんだこれは」
目の前に現れたウインドウをさわってみる。
触感はない。
見える。というのは光の反射を目が受け止めて、その情報を脳が認識するためだ。
だが、このウインドウ。目を閉じても解除するまで頭の中で表示され続けている。
と言う事は、これは目で見ているのではないらしい。
「だとすると、これは脳が直接認識している情報を視覚情報に変換しているというべきなのか…」
仮に他の人間も見えるのだとすれば、この仮定は崩れるのだが周りには誰もいないので検証はできそうにない。
だが、この『状態;寝不足』というのが分かるのは有りがたい。
体が弱いのに過労で倒れる事は無い位の頑丈さのせいで酷い目にあったのだ。体の不調は自覚できているのに健康診断では異常なしと言われたがやっぱり異常はあったのである。
「こんな便利な機能、向こうの世界でも使えたらよかったのになぁ…」
そうすれば、医者にでもなって大儲けできただろう。
そんな事を考えていると
「雨か…」
先ほどから曇っていた空から雨水が落ちてきた。
どこか雨宿りできる場所を探さないと。
そう思っていると、湖の反対側から足音が聞こえてきた。
その後ろでは犬の遠吠えのような声が聞こえる。
「まずいな。野犬か…」
日本では保健所によって野犬の数は減っているが、この世界では健在らしい。
そう思って見ていると黒髪の小柄な女の子が森の中から出てきた。
そして、その後ろからは大型の犬が現れた。
それは見た目こそ犬だが怪物と呼んでいい姿をしている。
体長3mの巨大な体に2つの頭部を持つ黒い犬。
「ヘルハウンド……か?」
TRPGなどではお馴染みの怪物犬の名を俺はつぶやいていた。
どうやら追いかけられていた女の子は湖に飛び込むつもりだったらしい。
だが、森の木という障害物が無くなって速度を上げたヘルハウンドによって…
「きゃあぁぁぁ!!!!」
あと一歩というところで、大木のように太い前足で踏みつけられてしまった。
「離して!」
少女はもがくが、3m級の巨大な体躯は馬や虎よりも大きく、少女を押さえつける足は石柱のようにびくともしない。
これが猟犬なら素早く首に噛みついているようだが、この犬は彼女の抵抗を蔑むように見下ろしていた。
「やめろ!」
その光景を見て俺は、とっさに近くの石を投げつけていた。
「投石;0のダメージ」と無情にもウインドウが表示する。
皮とか厚そうだもんな。
そんな俺に気が付いたのか、押さえつけられた少女が必死になって助けを求めて……「そこの人!逃げて下さい!」こなかった。
まだ小さいのに自分よりも俺の安全を優先したのである。
「ずいぶんとしっかりした子だな」
そうつぶやくと。
「この怪物は一人じゃ倒せません!周りには大人もいません!私が食べられている間に出来るだけ逃げて!」
と最悪の状況を冷静に判断して叫ぶ。
「…まあ、そうだろうな」
さっきから相手を鑑定しているのだが
<魔獣;ヘルハウンド
HP;???/??? MP ???/???
力;??? 知恵;? 素早さ;??? 攻撃力;??? 防御力;???>
「データは見えないが、桁がちがうのは確かなようだな」
いやな汗が背中をダラダラ流れているのがわかる。
俺のステータスと比べると
<置石順 Lv1 化学者 状態;睡眠不足
HP;2/15 MP 0/0
力;5 知恵;215 素早さ;5 攻撃力;5 防御力;5 >
戦力の差は歴然だ。
ヘルハウンドは軽くうなり声をあげると、俺めがけて口から炎を吐き出した。
「うわぁ!!!」
あわてて横に飛んで回避する。
この魔獣、ドーベルマン以上の牙に巨体なだけでもやっかいなのに炎攻撃までしてくるのか。
TRPGの設定でよく見るが、実際に受けるとその凶悪さが分かる。
炎が通り過ぎた跡の草はきれいに炭になった。地面も焼けて乾燥している。
こんなの勝てるわけがない。
ヘルハウンドからも俺のステータスが見えるのか、小馬鹿にしたように俺を悠然と見下している。
魔獣は足で押さえつけた少女より、俺で先に遊ぶことにしたようだ。
湖の方に顔を向けると、横向きに炎を吐き出そうとしている。
先ほどは直線的な炎だったが、今度は面の炎で確実に焼くつもりらしい。
だったら後ろに…。そう思って視線を向けると、そこにはもう一匹のヘルハウンドがいた。
当然ながらステータスは同じレベルらしい。
「…そんな…」
少女が絶望したようにつぶやく。
どうやら、一匹が追いかける役、もう一匹が待ち伏せ役だったらしい。
「こりゃ死んだな」
この世界の犬は表情が豊かなようだ。
実に邪悪な目で「どうもてあそんで食べてやろうか?」と突然現れた獲物をみているのが分かる。
二匹のヘルハウンドは左右から俺を焼き殺すことに決めたらしい。互いに逆方向を向いて炎を吐き出そうとしている。
「くそ…、ありったけのアレがあれば勝てるのに」
目の前の化け物犬が炎を吐くなら、アレを使えば爆発四散できる。
どこかにボンベでも無いのか?そう思ってアイテム欄などを探すが、出てこない。
ヘルハウンドは、ついに口から灼熱の炎を吐き出してきた。
さわっただけで黒こげになる灼熱の炎の壁がゆっくりと迫ってくる。
「何か…使える道具は無いのか?」
飛び越えるのも不可能な攻撃から身を守ろうとウインドウをくまなく見る。そんな時
「スキル;分解を使用しますか?」
「はい」「いいえ」
ウインドウが質問をしてきた。
そこにはありふれた化学式が表示されている。
目の前に落ちる大量の雨の元素記号が。
『なんだこれは?』そう思ったのも一瞬の間。
自然と、俺は「はい」と答えていたようだ。
次の瞬間、目の前で閃光が走った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「嘘…」
足で押さえつけられた少女は空を見上げていた。
その先には、ヘルハウンドだった物体が頭から上を失って痙攣していた。
明らかに格上だった存在を前に呆然としている俺。
その脳裏に「レベルアップしました」「レベルアップしました」「レベルアップしました」「レベルアップしました」と何度も通知が来ているのを、どこか他人事のように聞いていた。
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