第47話 ウィンタースポーツの想い出

元々、スポーツが嫌いという事もあるが、怪我をしてダンスが出来なくなる事が厭だったから、極力他のスポーツはやらない事にしてきた。

…何て言うと、結構驚かれる事が多い。

「ダンサーは運動神経あるんだから、スポーツ万能でしょ?」

なんて言われる。

いや、そんな事は全く無いのである。

そりゃ、もちろんスポーツ万能なダンサーもいるけれど、ダンス以外の身体を動かす行為が苦手、というダンサーもいる訳で、僕は後者に属するのだ。


それでも、若い頃はスキーやスノボー、ボディボードなどをしていた。


スキーは15、16歳の頃、高校の先輩たちと初めて行った。

いきなり中上級者コースに連れて行かれ、ほぼ直角にしか見えない急斜面を見下ろし、高所恐怖症の気がある僕は、今こそ人生が積んだと思った。

投了である。

しかし、僕をその場に放置して、先輩たちはスイスイ滑ってしまうので、仕方無く後を追う事にした。

恐怖から身体が後方に仰け反ると、意に反してスピードは増し、直滑降でゲレンデの急斜面を文字通り滑落していった。

先輩たちはゲラゲラ笑っていたが、怪我しなかったのは僥倖ぎょうこうと言えるだろう。


次にスキーに行ったのは、19歳の冬である。

バイト先の某ファストフードの有志たちで滑りに行った。

このバイト先で知り合った、当時付き合いたての彼女のAちゃんも一緒だったので、有頂天だった事を覚えている。

先輩が当時流行り始めたスノーボードを持って来ていたので、借りて滑る事になった。

もちろん、コケにコケまくって尻餅つきまくったのだが、ラスト一本というときに、直滑降でかなりスピードがついた。

目前にはスラロームでデコボコになったコブが無数に広がっていた。

とっさに膝を曲げ、コブに乗り上げた瞬間、宙に飛び上がった。

傍から見たならば、短時間の出来事だったろうが、体感時間が異様に長く感じた。

自分の履いているボードのエッジが、側頭部に命中する。

被っていた帽子が、自分の後方にスローモーションですっ飛んでいくのが視界の端に見える。

まるで車田正美の漫画で、アッパーを喰らったキャラクターが宙を舞い、地面に叩きつけられるように、無様にゲレンデに落下した。

エッジが命中した側頭部がじんわりと麻痺している。

ふと、手をやると、べったりと鮮血がついた。

ちょっとちょっと、ヤバイんじゃないの?俺?

取り敢えず、遥か上方に残された帽子を拾いに這いずると、ゲレンデの麓までノンストップで降りていった。

人間、死ぬ気になればコケずに滑れるもんである。

頭から血、という恐怖に駆られた僕は、とにかく仲間たちが合流しているであろう地点を目指し、猛スピードで滑走していった。

仲間たちの元へ駆け込むと、

「…た、助かったぁ…」

と、その場へ倒れ込んだ。

頭から流血し、ウェアの右半分を朱に染め、ゲレンデに点々と赤い筋が続いているのを見た仲間たちから、

「おい!救急車ァ!」

と声が上がったのはすぐだった。


町医者に運ばれ、診察を受けた。

血液を洗い流すと、切れていたのは右耳の一部だった。

取り敢えず、頭が切れてるんじゃなくて良かった。

しかし、耳の端っこの部分がプランプランに千切れかかっており、医者は

「これさぁ、縫うんじゃなくて取っちゃった方が早いかもよ?上手くつかなけりゃ、壊死しちゃうかも知んないし」

と脅かしてきた。

取られちゃかなわん、と思い、

「取り敢えず縫って下さい」

と焦りながら言うと、医者は笑った。


麻酔で感覚が無くなっても、聴覚はそのままである。

耳元で、

プツッ(針が刺さる音)、スーッ(糸が通過していく音)

というのを繰り返し聴いていると、自分がまるで雑巾にでもなったような気分になってきた。


結局、十数針縫合して貰った。

傷口が塞がるまでの間、ダンスレッスンは休むハメになった。

やれやれ。

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