第177話 お年玉大作戦
何回目かの除夜の鐘が鳴り渡ると、辺りは静寂に包まれる。
どうしたんだろうかと机の上の電波時計に目をやると、その表示は「12/31」から「1/1」と変わっていた。つまり、新年を迎えたということか。
この辺りはものすごく静かでいいんだけど、きっと渋谷とかの繁華街はものすごい賑わいをみせているのだろう。
つい一週間前のクリスマスのとき以上に人がひしめき合い、お酒を片手に仲間内で盛り上がっている若者や、どういうわけか知らないけど集まって大声をあげまくる外国人。
今年から来年という節目の瞬間に、きっとテンションも爆上がりも爆上がり、天井知らずの垂直上昇になってしまうからだろう。毎年のように軽い衝突が暴動へと発展していき、そこで活躍する毎度お馴染みの「DJポリス」たち。
そんな定型めいた様子をニュースを、今年も目にすることだろう。
俺は寒風吹き込む窓を閉めてから、階段を下りてリビングへと向かう。
「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あ~伊織。降りて来たのね。……はい、あけましておめでとう」
「う、うす……」
「あ、お兄ちゃんだ。あけおめことよろ~」
「おう。あけおめ」
この年になって――というか、家族の間同士でこのやり取りを毎年のようにするのは、どこか恥ずかしいような、もどかしいというか、何とも微妙な気分になる。
「おぉ、伊織! お前ももうそんなに立派になって……お父さんは……うぅ、お父さんはぁ嬉しいよぉ! ほら、ここに座って、お前も一緒に新年最初の酒盛りといこうじゃないか!」
そんな中、父さんは一人テーブルに一升瓶を抱えながらグラスを口に運んでいるところだった。
おいおい新年早々飲んでるし……。っていうか、今「一緒に飲もう」って言わなかったか……? 俺まだ未成年なんだけど……?
「伊織! はやくこっちに来ないかぁ!」
父さんは顔を真っ赤にしながら俺のことをしきりに呼んでいる。
俺は急いで母さんと美咲の近くに駆け寄る。
「おいおい、これってどういう状況なの一体……」
「どうって言われても……ご覧の通りだよね、お母さん」
「そ、そうね……お父さんったら、なんで今日に限って……」
普段はあまり酒豪って感じのない父さんなだけに、こういう特別な日になると飲みたくなってしまうのだろうか。
「と、とにかく……。早くお兄ちゃんが行かないと、私たちまで被害が来ちゃうから」
「おい美咲。俺が生贄みたいな言い方やめないか」
「でも、お父さんはお兄ちゃんをご所望みたいだけど……ねぇ、お母さん」
「そ、そうね。伊織が言ってくれれば、私たち二人が助かるの……。だから、ねっ!」
母さんはウインクしながらそう言ってくるけど……。そんなことされても特に何も響くことはない。
ましてや母さんみたいなおばs――と思いかけたとき、母さんの視線が鋭利なそれに様変わりする。
「伊織……行ってくれるわよね」
「……っ!」
「さすがお兄ちゃん、マジでお兄ちゃん、最高お兄ちゃん、いよっ天下一品!」
何か形勢の変化を感じ取ったのか、美咲も一気に母さんサイドに立って猛攻をかける。
ちょっと美咲ちゃん、最後の一言何よ、「天下一品」って。俺は何かの料理とかだったの?
そんな「おだてりゃ豚も木に登る」戦法なんて、この俺に通じるわけが――
「――わかりました。高岡伊織、行きまーす!」
通じました。何かとっても嬉しい気持ちにになったので、ぜひ喜んで父さんのお供をいたしますよ(チョロい)。
「伊織もおだてりゃ木に登る」ってやつですかね……。
だが、何もおだてられたからそうしたというわけではない。俺にはある作戦……というか使命が存在する。その名も「OTOSHIDAMA」大作戦だ。
何かアルファベットにしただけでちょっと知的な感じがしなくもないが、つまりは「お年玉が欲しい」。これに全て帰結する。
何だそんなことかと鼻で笑った奴がいたら出て来い。子供たちにとってのお年玉の重要性というものを、俺が教えてやる。
まず、お年玉は子供たちにとってのいわゆる「年棒」だ。プロ野球選手で「契約更改しました」なんていうニュースがあると思うが、まぁ、あんな感じだと思ってもらえれればそれでいい。
お年玉の額によっては、その年のお金の使い方が180度まるっきり変わってしまうことだってあるのだ。
それに加え、何もお年玉をもらえるのは、両親に限ったことではない。
親戚の新年のあいさつ回りに両親に同行すれば、その分だけお年玉をもらえる可能性と額が跳ね上がる。
だから、ダラダラしたい新年であっても、重い腰を上げてRPGのごとく両親について行くのだ。そして一年に一度しか会わないような人にもぺこぺこと頭を下げ、肩をマッサージして、ゴマをすりすりなんんかもして、どうにかして「それ」を貰いに行くのだ。
子どもたちの執念、舐めんじゃねぇぞおらっ!
俺は母さんと美咲に背を向けると、コップを取り出して席に腰を下ろす。
あ、もちろん俺は未成年なんで、コップに注ぐのはお酒ではありません。レモン果汁の入った炭酸飲料をチョイスしていきます。
泥酔状態に近い父さんなら、これを見ただけで「伊織はレモンサワーを飲んでいるぞ。父さん感激っ!」と勘違いさせることができるだろう。
俺は酒臭くも時間を忘れて陽気に喋りまくる父さんの話しに付き合った。
おかげで、それが終わったあと、父さんから毎年もらう平均額よりもちょっと多めにお年玉を頂戴した。
お年玉の増額に嬉しさがにじむ一方、酔っ払いの執拗な絡みに新年早々の疲れを感じてしまいはしたけど……。
両親から受け取ったお年玉の袋を大事に大事に抱えながら自室に戻ったところで、俺の携帯が新年早々忙しなく振動しているのが目に入った――。
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