第170話 言葉の綾

 「――伊織……最初はどこに行くの?」


 横を歩く結衣がそう尋ねてきた。


 「ふふふ~。まずはね……」


 俺は駅ビルの屋上に着いて、そこにあるレストランを指さす。


 「――ごはんにしようと思いまして……」


 「うわぁ、お洒落!」


 結衣がそういうのもよくわかる。

 このレストラン周辺は「自然」を意識しているのか、所々に背丈の低い木々が植わっていて、床は天然芝や木材をモチーフにしたような板張りとなっている。

 パッと見てこれがターミナル駅のビルにあるとは考えにくいくらいに、周りのビル群とのコントラストを感じる。


 店内に入り、予約していた旨を伝えると、すんなりと席に案内された。

 予約なしで来たお客さんもちらほらいるらしく、入り口付近で絶賛待機している。

 これを見る限りでは、事前に予約しておいて正解だった。「デートで時間を持て余してしまうほど愚かなことはない」って、達也先生も、そしてネットの記事にもそう書いてあったから。


 「すごい、すごいよここっ!」


 席に歩いているとき、そして席に着いて上着を脱いでいるときも、結衣はひたすらに店内を見渡してそうつぶやいている。


 「ねぇ、伊織」


 「どうしたの?」


 「もしかして、ここって……ビュッフェだよね?」


 「うん、そうだよ!」


 「やったぁ!」


 その五文字を聞くや否や、結衣はさらに嬉しそうに顔を和らげる。

 俺は達也に言われて色々調べた結果、ビュッフェの偉大さや奥深さに気付いたのだ。


 そもそもビュッフェやバイキングはどちらも同じ「食べ放題」だと思っていたが、それは日本のスタイルがその傾向が強いだけで、海外なんかではそうではないところもあるらしい。

 それに、バイキングは日本発祥の和製英語らしく、帝国ホテルのお偉いさんが考えついたものらしい。


 しかし、いくら食べ放題だからと言って、料理の独り占めや他人に進めるためにてんこ盛りにするのはマナー違反らしい。そこだけはセルフサービスの注意点。

 ビュッフェの基本事項をあらかた復習したところで、早速結衣と二人で料理を盛りに行く。


 「このサラダおいしそうだね~」


 「本当だ! みずみずしい感じがすごいなこれ!」


 席に座ってメニューを頼むよりも、こうして自分の目実際に見ることができるし、こうやって結衣と話しながら盛り付けができるところもビュッフェのいいところだ。

 料理を待っている間に会話が沈んでしまったら、それこそ最悪のシナリオに突入しかねないからね。

 お皿にある程度盛り付け、席に戻る。


 「結衣はめちゃくちゃきれいに盛り付けるんだね……」


 「そ、そうかな……?」


 結衣はちょっと恥ずかしがっているが、何もそんなに謙遜することはない。むしろ誇れるレベルだ。


 「結衣のを見ると、俺の盛り付けってお子様ランチ――いや、夜だからお子様ディナーにしか見えないな……あはは」


 「そ、そんなことないよ。伊織のは……こう……豪快……? 伊織らしくていいと思う」


 「ちょ、ちょっと結衣さん⁉」


 そんなに無理して褒めようとしなくてもいいんだよ?

 それに、「豪快……?」ってちょっと語尾が疑問形になると、さらに不安になっちゃうからさ……。


 「――ほ、ほらっ! 冷めないうちに食べようよ!」


 微妙な空気になったのを察したのか、結衣はそう促す。


 「そ、そうだね……それじゃあ、いただきます!」


 「うん! いただきます!」


 食事中は何を話しただろうか。

 学校のことや部活のこと。それから勉強のこと。色々なことを話したはずなんだけど、具体的なことはあまりよく覚えていない。

 きっと結衣と二人で、しかもちょっと薄暗く、間接照明が効いた雰囲気のあるお店で食事をすることに緊張して、行儀よく食べようと必死になっていたからかもしれないな。


 たくさん盛りつけたとはいえ、無限に食べていられるほどの胃袋はなく、おかわりをする間隔もだいぶ開いてきた。時間的にもそろそろだろうか。

 結衣が最後の一口を食べ終わるのを見て、結衣に声をかける。


 「そろそろ……行く?」


 「そうだね……わたしお腹いっぱいだよ~」


 満腹を表情で示していた結衣だったが、「そうだっ!」と、何かを思い出したように鞄から何か袋に入ったものを取り出した。


 「あ、あの……これ……クリスマスプレゼント」


 微かに震える声とともに結衣が差し出した袋は、きれいにラッピングされていた。


 「あ、ありがとう!」


 めちゃくちゃ嬉しい。嬉しすぎる。今この場でピョンピョン跳ね回りたいくらいに嬉しい。

 もしここが家の中だったら、確実にそうなっていただろう。そして美咲に目撃されてまた道の生物を見るかのような視線を送られる……うん、オチまでしっかりと鮮明に見えた。


 「あ、開けてもいい?」


 「うん、もちろんだよ!」


 俺は嬉しさで震える手を押さえながら、丁寧にリボンをほどいていき、袋から出てきたものは――黒を基調とした毛糸の手袋だった。


 「お、おぉ……温かそうだ!」


 「伊織、帰るときに手袋してるのあんまり見なかったから……」


 「うわぁ、マジで嬉しいよ! 結衣、ありがとう!」


 「どういたしまいして……えへへ」


 「――あっ、そうだ。俺も……」


 結衣からのプレゼントに舞い上がっていたが、すぐに大事なことを思い出す。

 俺も自分の鞄に入っている、クリスマス仕様にラッピングしてもらった少し大きめの袋をよいしょと取り出す。


 「俺からも、メリークリスマス」


 「ちょ、ちょっと伊織……?」


 結衣は目の前に出されたプレゼントの大きさに、口をぽかんと開けたまま、視線をプレゼントと俺を行き来させている。


 「受け取ってよ」


 「う、うん……」


 結衣は恐る恐る袋を受け取る。


 「あれ……思ってたよりも重くないね。何が入ってるんだろ……開けてもいい?」


 「そりゃもちろん」


 結衣は手際よくリボンをほどき、中身を取り出す。


 「マフラーだ! かわいい!」


 俺がチョイスしたのは、淡い色合いのチェック柄をしたマフラーだ。ふわふわした触り心地と、その大判サイズを見て決めたものだ。

 ぶっちゃけ即決だった。結衣に似合うのはこれしかないって。


 「伊織……本当にありがとう。大事にするね」


 「ど、どういたしまして……俺も結衣からもらった手袋……一生大切にします」


 「い、一生……⁉」


 「いや、あのっ……。それは言葉の綾、と言いますか……。そ、そのくらい大事にするよってこと!」


 「そ、そっか! あ、ありがとう。そうだよね……あはは」


 結衣の反応を見て、ちょっと……というか、かなり意識してしまった。

 将来、大人になっても、手袋を付けた俺と、マフラーを巻いた結衣が二人並んで歩く姿を――。

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