第154話 恋バナ~男子編~
修学旅行二日目の夜を迎えた。
正直言って昼間は歩いて歩いて歩きまくったから、脚がパンパンになってしまった。
旅館の豪華なお食事でお腹を満たし、と広~い大浴場で疲れを癒し、今は布団の上でごろごろして消灯時間になるのを今か今かと待っている。
いや、もう寝たいところではあるんだけど、本田と片山が部屋の照明を暗くすることなくトランプをしているのか、それともスマホゲームなのか、とにかく盛り上がっていて、その明るさと騒がしさでどうも寝れそうにはなかった。
それにしてもあいつらすげぇ体力してるなマジで。
おそらく他の陽キャと一緒に京都中をたくさん回っただろうから、疲れてぐったりしてもおかしくはないんだろうけど、さすが陽キャで運動部。
こいつらは疲れという言葉を知らないのだろうか。もしそうだったらめちゃくちゃうらやましいんだが。俺にも分けて、その体力。
布団に入ってただ何となく携帯の画面を見ていると、不意に部屋のドアが開く。
「――お~い、そろそろ消灯時間だから寝ろよ~。明日もあるんだからほどほどにな」
引率の体育教師が流れるようにそう言って扉を閉めていった。
就寝時間になったから、各部屋にそう伝えまわっているのだろう。
もしこの後に枕投げとか相撲とかレスリングとかが始まってうるさくしようものなら、さっきの先生が乗り込んできて逆に背負い投げとかされちゃいそうだな。
まぁ、俺はそんなことするつもりは毛頭ないけど。早く寝よう、俺はもう寝たいんだ。
本田が部屋の照明を豆電球に落とし、さっきに比べて格段に視界から光が薄れる。
よし、これでようやく寝れるな――と思ったのだが、陽キャがいるこの部屋で、俺が思い描くように事は進まないようだ。
「――なぁなぁ、お前らまだ寝ないよな」
本田がちょこんと布団から頭だけを出してそう切り出す。
「あったりまえよ。まさかもう寝るなんて言わないよな~」
片山もそれに同調するようにうんうんと頷く。
「――小林も、高岡も頭こっちに向けろって」
本田は俺と小林も話に入れようとしてくる。
おいおい、勘弁してくれよ。お前らみたいな陽キャって「修学旅行=夜更かし」みたいな等式が全員の頭の中にでも埋め込まれたりするの?
夜は寝るんだよ。ほら、先生も言ってたでしょ。早く寝ないと明日に響いちゃうよ……。
しかし、クラス内カーストトップクラスの二人にそんな話をしたところでばっさりと切られてしまうのが目に見えている。
ここを無視するのは得策ではないか……。
俺は重くなった瞼を少し押し上げて、仰向けからうつ伏せに体勢を変えて、本田と片山と向かい合う。
「いや~マジでこういうのいいよな~」
「それな~。何かこう……やべぇ」
本田と片山はそう言って妙に納得したような顔をしているけど、俺から見たら何がなんだかさっぱりわからない。
「こういうの」ってどういうのだよ。最初から指示語ばっかりだと身内ネタみたいで聞く気失せるんですけど……。
「――っていうかさ……」
っと思ったら、片山の唐突な話題転換。うぉ……これが陽キャの話術。凄すぎて……何も参考にならねぇわ。
今度はどんな指示語が飛んでくるのかなと考えていると、片山がこちらに視線を向け、俺のことをガン見してきた。
え、何。何なの……? 急にこっち向くとか、ホラーか何か……?
「――高岡と近藤って付き合ってるべ」
「えっ……⁉」
思ったよりも大きな声が出てしまったみたいだ。
廊下の方から「誰だ今大きな声を出したやつは!」という体育教師の声が聞こえてくる。やばいやばい。俺は慌てて布団をかぶる。落ち着け落ち着け……。
「――ち、ちなみに……なんでそう思うの?」
努めて冷静な口調で問うと、片山は「そりゃ」と前置きしてから口を開く。
「今日、俺たちの班も清水寺行ったんだけど、そのときに二人を見てさ。何かだいぶ距離近くねって思ってさ……」
「それな~。っていうか、普段から二人って仲良くね? いつも教室で話してるじゃん」
「うぐっ……」
何も言い返せない。
清水寺ではちょっと色々あったし、どこの瞬間を見られていたかは知らないけど、それでも俺と結衣の距離が近かったのは事実だ。
それに、本田って教室で俺の存在を認知していたのか。陽キャは陰キャを自分たちの立役者くらいにしか思っていないと思っていたから、まさか本田の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかった。
「へぇ~、高岡って近藤さんと付き合ってたのか~」
「ちょ、ちょい小林……⁉」
小林までこの話に乗ってくるとは……。
「いや、その……まだそうとは言って――」
「じゃあ付き合ってないのにあんなに距離が近いっておかしくね……?」
すかさず片山のボディーブローが炸裂する。
たしかにそうだよな……。片山のド正論に、俺は言葉に詰まる。
「――で? 実際のところどうなんだ……? 付き合ってんの? 付き合ってないの?」
片山の確信めいた瞳を見るに、これ以上のごまかしは通用しないと察する。
「――そ、そうだよ。付き合ってるよ」
「「「マジかっ‼」」」
「うん、マジ……」
「ちなみに、どこまで行ったんすか? ABCでいうとどの辺まで……」
「おっ、それは俺も知りたい!」
「バ、バカ言うな。そういうことには答えねぇよ」
本田の問いかけに、俺は口をつぐむ。
――恋のABC。
それは恋人との進展を段階的に表していて、直接的な表現を避けるためのワードである。
俺でも知っているその言葉ではあるが、実際は俺たちの親世代に流行ったものらしい。つまり、それを口にした本田や片山、そしてそれを知っていた俺もそっちの時代の人間なのかもしれないな。
その証拠に、ほら見て見ろ。小林は「コイノえーびーしー? 何それおいしいの?」みたいな顔をしているじゃないか。小林は今を生きるナウな人なんだねきっと。
それからも色々なアプローチから俺と結衣のことを聞き出そうとしていたようだが、小林が寝落ちしてしまったのをきっかけに、会話と会話の間が長くなったが、気付いたら本田も片山も寝息を立て始めていた。
それを確認したところで、俺は仰向けに向き直り、ゆっくりと瞼を下ろした――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます