第155話 お寝坊さん
部屋に差し込んでくる朝日のまぶしさで目を覚ます。
修学旅行も折り返し地点、三日目の朝を迎えた。
昨日みたいに盛大なラッパの音が鼓膜を突き抜ける前に起きることができたから、目覚めは幾分いい気がする。
俺以外の小林、片山、本田がまだ眠っているのを確認してから大きくあくびをすると、布団から抜け出す。
あらあら、片山くんは今日も寝相がボルケーノしてること。昨日とはまた違った体勢でいびきをかいている。ちょっと見てて苦しそうだから寝返りして戻してあげて!
洗面台で顔を洗って歯を磨き終えたところで、例のラッパ音が響き渡る。
起きていてもびっくりするほどの音で、名前の通り、まさに「アラーム」としての役割は十分すぎるほどに果たしているんだけどさ……。
「みんな、おはよ~……」
本田は昨日とは違って一発で起きると、携帯を操作してアラームを止める。
おぉ、偉い。本田くん、よくできました。
本田のアラームと「おはよ~」の一言で小林、片山も続けて起き上がる。
こんなにみんながスムーズに起きることができたのは、アラーム以外にも理由がある。それは、今日が三日目、完全自由班で行動できる日だからである。
クラス内の人だろうが、同じ部活の人だろうが関係なく班を組んで観光することができる。
昨日のクラス班とは自由度が格段に上がっているため、この日が修学旅行のメインと言っても過言ではない。
しかし、「完全自由」という言葉は何もいいことだけではない。
自由に班を組めるだけの友達がいれば完全自由といえるのであり、逆説的に、友達がいなくて誘う勇気もない人からしたら、「あなたは単独行動をしなさい」と言われているようなものなのである。
ちなみに、俺がどちらかと問われたら、おそらく後者であろう――今までの俺なら。
今年になって、結衣や佳奈さんと出会い、達也とも久しぶりに話すようになった。
そのおかげで今日の完全自由班もその四人で動くことが決まり、修学旅行のメイン日を一人寂しくお寺巡りをしなくて済んだのだ。
一人で回っているときに集団行動している同じ制服の人たちと遭遇でもしてみろ。ジロジロと奇異な視線を送られ、くすくすと笑われながらすれ違うことになるんだぞ。
考えただけでも恐ろしい。多分そんなことがあったらもうショックで学校行けなくなっていしまうかもしれないな……。
想像が想像の範囲で済んでくれて本当によかったよ……。
朝食を取り、荷物をまとめると、旅館の外に出る。
俺たちは早めに出てきたつもりではあったが、それは他の人も同じようで、すでに学年の半数以上が旅館前で待機していた。
小林や本田、そして片山と別れてからすぐ、正面から結衣がこちらに向かっててとてとと歩いてきた。
「――あっ、伊織。おはよう~!」
「結衣、おはよう」
「すっごい人の数だね……。伊織を探すのもちょっと手間取っちゃったよ、えへへ……」
「そうだね。この人数が一堂に会するだけの広さはないから、いつもより見つけにくかったと思うよ。俺も結衣がすぐ近くに来るまでわからなかったし……」
「伊織もだったんだ……なんか同じだねっ!」
「お、おう……」
何が同じなのかはちょっとわからなかったが、朝から結衣のこの笑顔を見れるなら、もう何でもいいとまで思ってしまうぜい。
「あっ、そういえば……佳奈と宮下くんは?」
「あ~、あの二人はまだっぽい。近くにもいなさそう……」
「も~。早く出発したいのに~」
結衣はその場でぴょんぴょんとジャンプして二人のことを探し始める。
その姿がウサギのように見えてきて、何かもう……すっごくほほえましい。
「――来た来た!」
しばらくしていると、結衣が俺に向かってはしゃぐようにそう言って、前方を指さした。
すると、そこには周りをうろうろと見渡しながらゆっくりと歩いてくる達也と佳奈さんの姿があった。
「お~い、佳奈~、宮下く~ん! こっちこっち~!」
結衣は周りの話し声に負けじと一生懸命に声を前の二人に送っている。
それに気付いたのか、佳奈さんがこちらに手を挙げながらまっすぐ向かってきた。
「――いやぁ~結衣に伊織くん。遅くなってごめんね~」
「本当だよっ! 早くしないとどこもかしこも混んできちゃうのに!」
「あはは、本当にそうだよ――ねっ、達也」
「は、はい……大変申し訳ございませんでした……」
「み、宮下くん……?」
深々と頭を下げる達也に、結衣は動揺の色を見せていたが、それを見て、俺はある程度の察しがついた。
「あぁ……まさかとは思うけど、達也くん。もしかして――お寝坊さん?」
そのとき、頭を下げたままの達也の肩がビクンと跳ねたのを見て、俺は確信した。
「やっぱりな……」
「ま、またお寝坊しちゃったの、宮下くん?」
結衣の一言でとどめを刺されてしまったのだろう。達也はその場にくずれ込むと、縋るようにこちらを向いた。
「本当にぃぃ、申し訳ぇぇ、ありませんでしたぁぁ‼」
宮下達也くん、海水浴のときに続いて二度目のお寝坊です。
もはやこの辺りまで来ると「達也=寝坊」が定式化してもいい頃ではないだろうか。
これからも何か集合をかけるときがあったら、達也だけ早めに伝えておけば、俺たちが来るのと同じくらいにはなるのかもしれないな。
っていうか、いつまで地面に膝間づいてるんだよ。ちょっとずつ周りの視線が気になり始める。
誰かが「あそこで誰かがうずくまってる」とか何とか言ったのかは知らないけど、引率の先生を連れてくる生徒まで出てきてしまった。
「――おい、あとで何か奢ってくれればいいから、さっさと立って行くぞ。そうじゃないと、面倒ごとに巻き込まれてさらに遅れちゃう」
「そ、それはダメだよ、宮下くん。これ以上遅れるのは許しません!」
「そーだよ、達也。いつまでもそうやってみっともなくしてるんじゃないって。ほら、早く立ちなさい」
「は、はい……」
達也は弱々しく返事をすると、ゆっくりと立ち上がる。
達也の様子を確認しに来た先生には、俺がうまく話を付けて、その場を何とか最小の時間で切り抜けた。
「さぁ、三日目。完全自由班行動、開始‼」
「「「おぉー‼」」」
佳奈さんの掛け声とともに、俺たち四人は京都駅に向かって歩き始めた。
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