第97話 オブジェ
「――ねぇねぇ、みんな~」
波打ち際に移動した俺たちに佳奈さんが振りむぎざまに声を掛けてくる。
「どうしたの佳奈……?」
「みんなで、あそぼっ!」
「えっ……佳奈さん、今もみんなで遊んでない……?」
急にどうしたの佳奈さん、子供向け番組の見過ぎですか……?
「そーじゃなくて。砂っ! 砂遊びっ!」
「あっ、そういうことね」
「誰が一番完成度の高い砂のオブジェを作れるか勝負しよっ!」
「しょ、勝負⁉」
「ふふふ……この宮下達也に勝負を挑んでくるとは……。佳奈ちゃんはいい度胸をしているようだな……。なぁ、伊織。燃えてくるよな。勝負って言われるとよ」
「そ、そうだな……。も、燃えてくるな……ねぇ、近藤さん」
「う、うん……。が、頑張っちゃうぞっ」
近藤さんは苦笑いを浮かべつつ力こぶを作る。
「よし。制限時間は三十分。ここにあるものは何を使ってもOK。それでは――始めっ!」
みんなが頷いたのを見ると、佳奈さんは右手を高らかに掲げて始まりの合図を掛ける。
高校生四人が砂浜を真剣な表情で一生懸命に掘っている姿は、周りから見たら滑稽も甚だしいのだが、当の本人たちはそんなことは関係ない。だって楽しいから。
自分がやっていることに恥ずかしさを感じてしまうのは、それは他人の目を気にしているから。
誰かに見られていると思うから周りを気にしてしまう。周りを気にするから平均という見えざる基準に自分の行動を合わせてしまう。
そうなればここにいる人の行動はロボットのように均質化してしまう。
みんなの行動に合わせてしまうこの同調の風潮は社会では美徳とされることもあるが、俺たちは俺たちの意志を貫きたい。
そういう意味でも、この砂堀はやめられない。たとえ周りの人から白い目で見られたとしても……。
砂のオブジェ作りで競い始めてから数十分が経つと、四人の前には砂のオブジェができつつあった。
俺や達也はとにかく高く砂を積んでいるのに対し、近藤さんや佳奈さんは細かいところまで忠実にお城を再現していた。
勢いの良さで見たら俺たちが勝っているかもしれないが、完成度は言うまでもなく女子二人に軍配が上がるだろう。
「達也~何それ……全然お城に見えないんだけどっ! あははっ」
佳奈さんは達也のお城(?)を指さして大爆笑。女の子が水着を着ながら腹を抱えて笑うなかなかにシュールな光景だ……。
「か、佳奈ちゃんっ⁉ そんなに笑わないでよ……」
「み、宮下くんのは……何?」
「ゆ、結衣ちゃんまで! これは……東京タワーだっ!」
「達也……それは東京タワーじゃなくてせいぜい送電線の鉄塔だろ」
「うるせぇ伊織。お前には言われたくねぇよ。伊織のこそなんだそれ」
「これか? 見りゃわかるだろ。スカイツリーだ」
「「「ス、スカイ……⁉」」」
「な、何だよ三人声をそろえて……」
「い、いや……だってさ……ねぇ」
「う、うん……。伊織くん。それは……ちょっと」
「そ、そうだね……」
う、嘘だ⁉ この俺が作ったオブジェのすごさが伝わらないだと⁉
芸術とはえてして他人に評価されづらいものだ。偉大な芸術家たちだって死後になってようやく認められるようになったのだから。
ってことは、俺のこの砂のオブジェも何十年後かには絶大な人気を博してしまうのでは――いや、その前に波で崩れてなくなるパターンだなこれ。満潮とかになったら絶対海水の底になるんだろうなきっと……。
俺の芸術家としての道が物理的にも崩れ去って行こうとしていた。
がっくりと肩を落としていると、「ぐぅ~」と気の抜けるような音が聞こえてくる。
「「「「――ん?」」」」
四人が不思議そうな視線をそれぞれに送り合う。
「ちょっと誰~今の……?」
佳奈さんは笑いながら近藤さんの方を向く。
「か、佳奈っ⁉ わ、わたしじゃないよ……」
ぶんぶんぶんと勢いよく手を左右に振っている。
「お、俺でもねぇぞ!」
達也はこことぞばかりに大きな声で否定する。
「「「ということは――」」」
分散していた視線が一気に俺に向けられる。
や、やめてっ! そんなに俺のことをじっと――いやじと~っとした目で見ないでっ!
「――え、えっと……俺ですね、はい」
「高岡くん。そんなにお腹すいたの……」
「ま、まぁ……」
「それじゃあそろそろ昼飯にするか?」
「そうだね~達也の案に賛成!」
「じゃあ、佳奈ちゃんと結衣ちゃんはパラソルのところで待っててよ。俺たちで買ってくるからさ。な、ハングリー伊織」
「何だよそれ。どこの芸名だよ。めちゃくちゃ実在してそうなんだけど」
「はははっ。俺のネーミングセンスに恐れおののいたか」
達也は俺のことを見下ろすようにドヤ顔をかましてくる。まぁ俺の方が身長高いから見上げてるんだけどね。
「いや、別に……。案外普通で安心した。ほら、混む前にさっさと買いに行くぞ。近藤さんと佳奈さんは何がいい?」
達也に構っていると日が暮れてしまいかねないから、軽く流しておいた。
「う~ん……。わたしはアメリカンドッグがいい!」
「私はフランクフルト!」
「近藤さんはアメリカンドッグ。佳奈さんはフランクフルトね。おっけい、じゃあ買ってくる」
「うんっ!」「ありがとね~」
俺と達也は徐々に人の集まり始めている海の家に足を向けた。
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