第90話 モーニングコール

 ――近藤さんと一緒に水着を買いに行ってから数日後。

 ようやく待ちに待った海水浴の日がやってきた。


 それまでは、今日が楽しみすぎて一日に何度もカレンダーを見てしまったり、昨日の夜なんかは興奮であまり眠れなかった。まるで遠足前にはしゃぐ小学生になったようだった。

 当時はマジで「こいつら何でこんなにはしゃいでんの?」なんて思っていたけど、その気持ちが今になってわかった気がする。


 居ても立っても居られなかったから、朝早い待ち合わせの時間だったのにもかかわらず、俺はかなり前に集合場所に着いてしまった。

 俺が一番乗りだろうと思っていると、視界の先に二人の女の子の姿が見えた。


 「あっ! おはよう〜高岡くん!」


 「おっはよー伊織くん!」


 近藤さんと佳奈さんが手を振って待っていた。


 「おはよう近藤さん、佳奈さん。まだ集合時間前なのに、二人とも早いね……。遅刻したかと思ったよ」


 「あはは……ちょっと待ちきれなくて早く来ちゃって……」


 「結衣と同じく! 私も楽しみで、張り切って早く来ちゃった感じ。っていうか、そういう伊織くんだってだいぶ早くない?」


 「た、たしかに! もしかして、高岡くんも……?」


 にんまひと俺の表情を伺う佳奈さんと近藤さん。


 「う、うん……。実は俺もなんだよね」


 「そっか〜」


 「高岡くんも楽しみにしていてくれてよかったよ!」


 近藤さんはぴょんぴょんとその場でジャンプしながら、喜びを表現している。


 「――あっ」


 そこで俺は近藤さんが来ている服が、見慣れた制服とは違うことに気づく。

 白いブラウスに、花柄のロングスカート。全体的に白を基調としていて、夏の暑さをふんわりと和らげてくれるように見えた。


 それにとっておきは麦わら帽子。夏に白いコーデに麦わら帽子はもう完璧の組み合わせ。これに勝る夏コーデは他にはないのではないだろうか……。


 いや、普通に考えれば今日は遊びに行くのだから当たり前のことなんだけど、俺にとって、近藤さんの私服姿というのはとても新鮮なものだった。


 「近藤さん、私服とっても似合ってるね」


 「えっ⁉」


 動きを止めて、自分の服をまじまじと見つめる。


 「結衣よかったじゃん、高岡くんにそう言ってもらえて」


 「う、うん……」


 「伊織くん、聞いてよ。結衣ったら今日に来ていく服をどれにすればいいかって昨日何回も電話してきてさ……」


 「そ、そうだったの?」


 「佳奈⁉ それはちょっと……」


 近藤さんはキョロキョロと困ったような、それでいてどこか恥ずかしそうな表情を見せてくる。


 「――俺、すっごくうれしい」


 「えっ?」


 「だって、今日のために近藤さんがそんなに悩んでくれたんでしょ?」


 「そ、そうだけど……」


 「それってめっちゃうれしいよ。ありがとう」


 「そ、そんな……」


 「――あの……お二人さん? アツアツな展開のところ申し訳ないんだけど……」


 「「ア、アツアツ⁉」」


 「あらぁ。息までピッタリではないですか……。このまま二人だけで行ってくればいいのでは……?」


 「か、佳奈⁉ そういうこと言わないでよ……せっかく約束したのに……」


 「ちょっと結衣⁉ そんな泣きそうな声で言わないでよ……。嘘、嘘だからさっ」


 佳奈さんは俺たちをおちょくろうとしたんだろうけど、近藤さんの意外な反応によって返り討ちを喰らった形になってしまった。

 しばらく佳奈さんが近藤さんをなだめ、落ち着いてきたところで、佳奈さんが「そういえば」と切り出した。


 「達也来てる……?」


 「達也? いや、来てないけど」


 時計を確認すると、集合時間の八時をとうに十分を過ぎていた。


 「もしかして、まだ寝てたりする?」


 「う~ん、どうだろう。あいつが寝坊するってあんまりないからな……」


 「達也ってデートの日でも普通に遅刻するから、今日もそうかも……」


 「じゃあ、俺今達也に電話してみるよ」


 「そう? じゃあお願いするね」


 「わかった」


 俺はポケットから携帯を取り出し、達也に着信を掛ける。


 ………………。

 ………「なんだよブーブーうるさいな……」


 数コールの後、達也がダルそうな声が聞こえてくる。


 「『なんだよ』はこっちのセリフだ。今何時だと思ってるんだ」


 「あぁ? 今? 今は――って、うわぁ!」


 達也は通話口からスピーカーオンにしているのかというくらいに大きな声で叫んだせいで鼓膜が破れそうになった。


 「おい、まさかとは思うが。お前……今どこだ。どこにいる?」


 「え、えっとだな……」


 達也はバツが悪そうに言葉を詰まらせる。数秒の沈黙の後、達也が口を開く。


 「――おはようございます」


 「お前~~~~‼」


 俺は膝から崩れ落ちる。それに近藤さんと佳奈さんが駆け寄ってくる。


 「ど、どうしたの?」


 「達也、何だって?」


 「――今の俺の着信がモーニングコールだって」


 「えっ⁉」「達也~~!」


 「――ということだ。聞こえたか、二人の残念がりようを」


 「あ、あぁ、ばっちり聞こえた。……本当マジで申し訳ない。準備は昨日の内にもうできてるから、今からダッシュで行く。もう少しだけ待っててくれ!」


 そう言って達也は一方的に電話を切ってしまった。


 「近藤さん、佳奈さん。達也は今からダッシュでこっちに来るみたいだからもう少し待っててもらえるかな?」


 「う、うん。わかった」


 「わかったけど、これは達也に罰ゲームが必要だな。まぁ、とりあえずまずは全員にジュースを奢るでしょ――」


 佳奈さんはニヤっとした表情を浮かべ、まるでどこかの悪人のように達也への罰ゲームを考え始めた。

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