第65話 豪雨

 図書館でのドキドキ心臓バックバク勉強デート(誇張)から数日後。

 あの日の翌日はお互い目が合うだけで顔が真っ赤になってしまって、まともに話すことすらできなかった。


 朝学校で目が合うときも、近藤さんが消しゴムを落として、それを俺が拾って返すときも、帰りのホームルームが終わってバイバイを言うときも。

 その度にあの時のドキドキが蘇ってきて、お互いにうまく会話ができていなかったと思う。


 ――でも、それは翌日に限っての話であって。

 日が経つにつれて、俺と近藤さんさ目を合わせても口ごもることなく、お互い会話ができるようにまでなってきた。

 授業中のコソコソ話も徐々に復活して、楽しい授業時間を過ごしている(意味深)。


 そして時は放課後。

 授業の緊張から解放された教室は、一気に弛緩した空気に変わりつつあった。

 俺もそんなビッグウェーブに乗じて、机に突っ伏そうとしたが、ちょうどそのとき、


 「高岡くん、今日一緒に帰らない?」


 鞄を肩にかけた近藤さんが声をかけてきた。

 もちろん、俺には断る理由なんてない。ていうか、むしろ近藤さんと帰りたいなと思っていた。


 それこそ、そういう気持ちがあるなら自分から行けと、周りから叩かれそうだが、未だにその勇気が、あと一歩が踏み出せないでいる俺だった。


 「うん。帰ろっか」


 そう返事すると、頭を机から離して、鞄に荷物を詰め込み始める。


 「――お待たせ。じゃあ、行こっか」


 「うん!」


 昇降口を出ると、空は朝よりも分厚い雲に覆われていて、今にも雨粒が落ちてきそうな空模様だった。


 「うわぁ、結構曇ってきたね」


 「そうだね。予報では曇りって言ってたから、雨は降らないとは思うんだけど……」


 最近はテレビの天気予報だけでは精度に限界があることを知り、俺のスマホには常に二種類のお天気アプリがインストールされている。

 もはやここまで来れば、雨雲レーダーを駆使している俺はお天気博士説を提唱できるかもしれない。


 「たしか、近藤さんは電車だっけ?」


 「うん。とは言っても最寄りからニ、三駅だから、自転車で来れない距離ではないんだけどね……」


「ん? 二、三駅ってまあまあ距離あるんじゃない? もしかして、近藤さんはだいぶスポーツガチ勢だったりして?」


 イメージとしてはクロスバイクとかロードバイクとかに乗っている、ピチピチのユニフォームを着て、ヘルメットしてサングラスしてる、そんな感じ。


 「ま、まさか!」


 ブンブンブンとちょっと大袈裟に手を左右に振りながらそれを否定する。


 「二、三駅っていっても、駅と駅が短いから、高岡くんが思ってるほど遠くはないよ」


 「へ、へぇ……」


 そういうことかと納得はできた。

 ただ……。

 近藤さんがロードバイクとかを乗りこなしてる姿を想像すると、それはそれで普段の清楚な感じからのスポーティのギャップが――っていかんいかん。

 俺は何を考えているんだ。


 邪な考えを一蹴するべく、強めに自分の頬をパチン、と叩く。

 近藤さんが「え、どうしたの?」みたいな顔でこちらを見ているけど……はい、ごめんなさい。


 それから、さっきみたいな他愛もない話くだらない話をしながら、俺と近藤さんは駅の方に歩きはじめた。


 しかし、それは突然にやってきた。


 「やばっ! 降ってきた!」


 俺の腕に大粒の水滴が一粒ついたと思ったら、すぐにあたり一面土砂降りへと変わっていく。


 おい、お天気アプリぃぃぃぃい!

 最近はお天気アプリでさえも予想のできないゲリラ豪雨が増えているから、本当に嫌になっちゃうよ……。


 ――と、そんなことよりも。


 「ど、どうしよう! わたし、傘持ってくるの忘れちゃった!」


 「マジで!?」


 近藤さんは傘を持っていないから、この土砂降りの雨をもろに浴びてしまっているではないか!


 どうしようかと考えていると、ふと思い出す。

 俺の鞄のサイドポケットには、なぜか常に折り畳み傘が入っているということに。

 まあ、今まで忘れるくらいだから、あんまり使ったことないけど。


 正直自分が濡れるのは別にいいし、このまま家に帰るのも結局同じ結果になるわけだから、傘をさす必要はない。


 むしろ、問題は近藤さんだ。

 この土砂降りに打たれたまま電車に乗ってみろ。この時期はもう車内はクーラーガンガンに効いてるから、きっと身体が冷えて風邪を引いてしまうだろう。

 それだけは何としてでも回避せねばなるまい。


 「近藤さん、とりあえずこれ使って!」


 この土砂降りだから、傘が役に立つとはあんまり思えなかったけど、それでも、ないよりかはマシかなと思った、俺の今出来うる最善策だった。


 「あ、ありがとう……。でも、それじゃあ高岡くんが……」


 「俺? 俺は別にびちょびちょでも、家近いから、すぐにシャワー浴びれるし。近藤さんはこれから電車乗るんだから、少しでも雨凌いだほうがいいでしょ?」


 「た、高岡くん……」


 近藤さんは最初は俺の差し出した傘を受け取るのに遠慮気味だったが、ここは俺もプライドってもんがある(初耳)。

 どうにか説得すると、最終的には近藤さんも「わかった」と受け取ってくれた。



 「それにしても、すごい雨だね……」


 「ん……近藤さん? 今何か言った?」


 さらに勢いを増した雨はまるで小石でも投げつけているんじゃないかってくらいの勢いでアスファルトに打ち付ける。

 そんな雨音は近藤さんの声を容赦なく掻き消してくる。


 「す、ご、い、あ、め、だ、ね!」


 今度は両手を口に当てて半分叫ぶように大きな声でもう一度言ってくれたから、やっと近藤さんが何を言ってるのか聞き取れた。


 「あぁ、すごい雨ね。ほんとそれ。洪水でも起きそうなくらいの勢いで、ちょっと怖いね」


 「そ、う、だ、ね!」


 頑張ってる声を届けようとしてくれている健気な感じに、俺は思わずグッとくる。


 それからしばらく土砂降りにうたれながら歩いていたが、駅が見えてきた頃には、さっきまでの土砂降りは何だったのか、とツッコミを入れたくなるくらいにピタリと止んでいた。


 「高岡くん、駅まで一緒に帰ってくれてありがとね」


 「いやいや、俺も近藤さんと一緒に帰れて楽しかったよ!」


 「高岡くんにそう言ってもらえてうれしいよ! ……あ、そうだ。傘返さないとね。貸してくれありがとっ」


 「どういたしまし――って、ちょ、ちょっと⁉ こ、近藤さん⁉」


 俺は近藤さんから傘を受け取ろうと彼女と向き合ったのだが、そこで俺は驚きの光景を目にすることになる。

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