第63話 図書室
「失礼しま~す……」
俺と近藤さんは校舎の最上階にある図書室に着いて、そおっとドアを開ける。
図書室はあまり人気のない場所にあることに加え、放課後ということもあってだろうか。ほとんど……というか一人の生徒の姿も見えなかった。
軽く見渡してみると、図書室内いるのは、司書の先生のみ。パソコンとにらめっこをしていたが、俺と近藤さんをちらっと見て会釈をする。
俺も姿勢を正して会釈を返す。司書の先生は軽くほほ笑むと、またパソコンに視線を戻した。
っていうか、ドアを開けるときに「失礼しまーす」って言っちゃうのって何でだろうね。
俺なんか誰もいないってわかってるところですら言っちゃうもん。
それってドアの向こうに見えざる誰かでも見えてんのかね?
え、何それ。そうだったらやばいな俺。誰かさんたちの影響でついにエスパーにでもなったのかな?
そんなことを思いつつ、俺は近藤さんが指差す方向――窓際のテーブルに向かって歩く。
そして、俺は窓際、近藤さんはその向かいに、それぞれ向かい合うようにして座った。
いつもは隣同士だからいいんだけど、向かい合って座ると、どうしても近藤さんの顔を直視することになって、どうも落ち着かない。
「高岡くん、わたし図書室で勉強なんて初めてだよ」
近藤さんは、なるべく大きな声を出さないようにしているのか、口元に手を当てて、すこし前屈みになって、俺の耳元で話し始める。
「そ、そうだね……」
近藤さんの吐息と細かな息遣いまで近くで感じる。
ふんわりとした髪の毛から香ってくる優しい香りもする。
さらに、俺に近づいた時の反動で、近藤さんの髪の毛が俺にふわりと当たる。
「…………⁉」
あまりの衝撃に言葉に詰まってしまい――本気で悩殺される数秒前……だったが、なんとか持ち答える。
「――そ、そうだね、実は俺も初めてなんだ」
「そっか! 高岡くんも初めてなんだね。わたし、てっきり図書室で勉強するの慣れてるのかなって思ってたよ」
そう言って「ふふふ」と柔らかな笑みを浮かべる。
ちょっと、近藤さん?
その言い方だと、俺が陰キャで図書室でボッチ勉強がお似合いだ、みたいに感じてしまうんですが……?
――いやね、事実なんですけれども。
自分で思ってる分にはどうでもいいように感じるけど、第三者から言われると結構ダメージデカいかも……。
「ま、まぁ、とにかく、はじめよっか」
気を取り直して本題に入る。
「そうだね!」
「えーと、近藤さん。科目は何にする?」
今日は俺が近藤さんに勉強を教えるということで来ているのだから、二人が別々の勉強をしてしまうと、それは二人でいる意味がなくなってしまう。
「えっと、中間は理系科目がちょっとまずかったんだよね……」
「理系科目ってことは……数学、生物基礎、地学基礎か」
「うん……」
「さすがに、今日三科目全ては時間的に厳しいから、できてその中の一つかな」
「そうだなぁ……」
そう言って鞄を探り始める近藤さん。
「高岡くん、じゃあ、数学でいいかな?」
「いいよ!」
数学はクラストップの点数だったから、ちゃんと教えられそうだぜぃ(ドヤっ)
近藤さんに続き、俺も鞄から数学の教科書とノート、それに問題集を取り出す。
「高岡くん、その問題集って……」
「うん、学校指定のやつね」
「その問題集やろうと思ったんだけど……。難しすぎて、わたしほとんど手つけられなかったなぁ……」
近藤さんも鞄から同じ問題集を取り出して、パラパラとめくっている。
「――近藤さん、知ってた?」
「なにを?」
俺は自慢げにドヤ顔気味に、衝撃の事実を近藤さんに告げる。
「――今回の試験の七割くらいはこの問題集の問題そのままか、類題で出題されてたんだよ」
「えっ!?」
近藤さんはここが図書館であることを忘れてしまったか、というくらいの音量でびっくりしていた。
しかし、すぐに司書の先生の視線に気づき、慌てて口をつぐむ。
「っ……は、恥ずかしい……」
近藤さんはまた俺の耳元で囁く。
そんな耳元で囁かれるとね、近藤さん。俺も恥ずかしいんだよね、めちゃくちゃ……うん。
「えっと、それで……何だっけ?」
どうもさっきの衝撃で話していた内容を忘れてしまっていたみたいだ。俺はなんともむず痒いような感覚を覚えつつも、さきほどの会話を繰り返す。
「数学の試験のほとんどがこの問題集から出てるんだよ」
「そうだったのかぁ……」
改めてその事実を聞いた近藤さんは、ぐでぇ、と机に突っ伏す。
そしてその状態から顔だけ上げながら尋ねる。
「高岡くんはそのことを知ってたの?」
「いいや、まさか。試験中に気づいたんだよ。俺問題集はとりあえず何周かするからさ、自然と覚えちゃうっていうか何というか……」
なんか、すごく自慢話をひけらかしているような気がする。
近藤さんには少し不快な思いをさせてしまったかな、と思っていたが、
「へぇ、高岡くんすごい! わたし、一回解けたらそれで安心しちゃって、本番で忘れて焦っちゃうタイプかも」
案外俺の思っているようなことはなく、近藤さんはただただ感心しているように見えた。よかったぁ……。
「そっか。でも、文系クラスの理系科目って、多分これからも今回みたいな傾向が続くと思うから、期末で挽回すればいいんじゃないかな?」
文系でこんなに理系科目をこなすだけでも大変なのに、これ以上難しい問題なんかにしたら、きっといつか文系生徒の、文系生徒による、文系生徒のための暴動が起きるかもしれない。
「そうだね! すごく重要なことを知れたよ! ありがとう!」
「いやいや、こんなのたいしたことないって。それよりも、早速数学始めよっか」
「うん!」
俺と近藤さんは教科書に目を落とし始めた。
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