第42話 曲がり角

 最近になると、学校の授業にもだいぶ慣れてきたし、内容自体も理解が進んでくる。


 もちろん、楽しい授業、つまらない授業はそれぞれあるものの、勉強自体が別に苦ではないから、眠くなったりはあまりしない。


 せっかくの授業を寝て過ごしちゃったら、内容理解を別の時間でしなくちゃいけなくて二度手間になっちゃうよね。それってめちゃくちゃ時間がもったいない。だからここで大体理解すれば、復習とかもスムーズに――。


 なーんてね。しょうもない勉強論を繰り広げている時点で授業を聞いてない証拠。これじゃあ本末転倒なんだよね……。


 どうでもいいような理論を構築しているうちに、気がつくと今日の授業も終わりを迎える。

 眠気が漂ってどんよりとしていた教室が活気を取り戻し始める。


 俺は伸びを一つして、席から立ち上がる。早く家に帰ろう。そう思ってドアに向かって一歩踏み出したとき、


 「た、高岡くん……」


 近藤さんが頬を赤らめながらもじもじしながら話しかけてきた。


 「ど、どうしたの、近藤さん?」


 近藤さんを見ていると、なんだか俺も緊張してくる。


 「そ、その……。もしよかったらなんだけど。昇降口まで……一緒に帰らない?」


 「……っ⁉」


 ――一緒に帰らない?


 一度は女の子に言われてみたいランキングで確実に上位に食い込むやつ。

 その言葉は確実に俺のシャイで照れ屋で引っ込み思案なハートを直球ど真ん中で打ち抜いてきた。


 しかも、昇降口ってところがまた近藤さんらしくてかわいい。……かわいいです、はい。


 「そ、そ、そうだね……。近藤さん部活だもんね」


 「う、うん……。ごめんね。迷惑だったかな……?」


 近藤さんは少ししょんぼりした顔になって俯きかけている。


 「いやいやいやいやいやいや。そんなことないよ!」


 お、俺のバカっ! これじゃあ近藤さんに勘違いさせちゃってるじゃない!

 俺は必死にそれを否定した。

 近藤さんにはちゃんと伝えないと。だって俺も――


 「お、俺も……近藤さんと一緒に帰りたい……な」


 「――っ!」 


 ハッと顔を上げた近藤さんの顔は、さっきよりもずっと赤みが増しているように見えた。


 「そ、その……。ありがとう、高岡くん」


 「う、うん……」


 俺と近藤さんは無言のまま見つめ合う。

 そんな二人の間の沈黙とは対照的に、教室内の喧騒はどんどんボリュームアップしていき、もはや騒音に近くなってきている。

 ……こんなところじゃいい雰囲気も台無しになりかねない。


 「――じゃ、じゃあ行こうか……」


 「う、うん……」


 数秒の沈黙を経て、ようやく俺と近藤さんは教室を出たのだったが……。


 「…………………………」


 「…………………………」


 またお互い黙ったまま昇降口への廊下を歩く。

 彼女ができてうれしいけど、何を話していいかわからない。言葉すら出てこない。


 告白したときと同じ空気になっている。あのときと違うのは、生徒がごった返しているということ。

 なんとかこの喧騒が二人の間の何とも言えない空気の緩衝材みたいになっているから、そのあたりは助かってるというか、何というか……。あぁ、情けねぇ……。


 付き合う前は、今よりかは何も考えることなくすんなりと会話ができていた(と思う)のに。


 付き合った途端にまったく前と同じように話せなくなるなんてことは物語の中でもよくある話だが……。


 こうして今俺自身の問題として降りかかっている。それもかなり深刻な状態な気がする。

 でも、いつまでもこうしていても、何も進展することはないだろう。むしろ関係が悪化して分かれてしまうなんてこともないとは限らない。


 かといって何でもいいからとりあえず話すということは、それはそれで相手にも失礼だ。


 ――ん? ……これってだいぶ詰みじゃね?


 こういうときに限って陽キャのコミュニケーション能力が羨ましく感じる。

 とはいっても、願っただけで簡単に手に入るものなんて、それは自分にとってプラスにはならないものだから。


 結局、俺と近藤さんはせっかく一緒に帰ろうと歩いていたのに、一言も話すことなく、昇降口への最後の角を曲がろうとした――そのときだった。向こうから来た二人組と出合い頭にぶつかりそうになった。


 「――っ!」


 俺と近藤さんは何とか相手との接触を回避することができた。

 しかし、気がつくと、俺はぶつからないように近藤さんを抱き寄せるような形で庇っていた。


 「――あっ……ご、ごめん近藤さん!」


 「あ、え、あ、えっ……」


 近藤さんは今自分の身に何が起きたのか分かっていないようで、顔を過去一かというくらいに真っ赤っかにして、その場に立ち尽くしていた。


 「こ、近藤さん……?」


 「………………………」


 近藤さんは俺の呼びかけにも反応がない。ちょっとそっとしておこうかな……。


 俺は一度近藤さんから目線を外し、ぶつかりそうになった二人組に目を向けると、そこに立っていたのは――。

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