第35話 うちの妹

 「え、えっとぉ……」


 俺は無意識のうちにとんでもない醜態を晒していたらしい。

 恥ずかし過ぎる……。どこかに穴があったら入りたいくらいだ。


 だが、俺はお兄ちゃん。何とかして兄としての威厳を保ちたい。


 「……べ、別に? 何もねぇし?」


 少し大きめに咳払いをして、胸を張りながら、そう答える。

 しかし、美咲は動じることなく、なお冷徹な視線を送っている。


 「嘘だね。お兄ちゃんが嘘つくときって、必ず指先で顔掻いて、視線が左右に泳ぐんだもん」


 「――えっ?」


 な、何だと? 

 美咲の奴、観察眼が鋭すぎる! 


 これはあの小さな名探偵でもよもや見抜くことは――いやいや、そうじゃないだろ。

 我が妹よ、どれだけ俺のこと見てんだ。シンプルに怖いんだけど!


 ちょっと美咲のヤバさに動揺してしまったが、俺は慌てて取り繕うとする。

 しかし、もう遅かったらしい。


 「え、なになに? お兄ちゃん何かあったの? いや、あったんだよね~? んー、その感じだと……もしかして、彼女? 彼女? 彼女か! 彼女ができたんだね! ねぇ、どんな子? 写真くらいあるでしょ~? 見せて見せて見せて見せて~~」


 美咲は一息で捲くし立てるような口調で俺に口撃してきた。

 エマージェンシー。エマージェンシー。エマージェンシー。

 まずい、まず過ぎる……。

 美咲はこの手の話題が大好きだったんだ。こいつに知られたら、間違いなく秒で両親にバレる。


 さらにヤバいことに、両親もそういった類の話が大好きなのだ。

 恋愛話を食卓でワイワイしながら盛り上がっている家庭なんて、今ではそんなに数は多くはないだろう。


 それなのに、俺の両親は「家族で恋バナをするのは万国共通なんだから」なんて言っている。

 しかし、それは違う。きっと我が家が特殊なだけなんだろうな、と最近では薄々感じてきている。


 そして、美咲は恋愛DNAみたいなものを両親から全て受け継いだと思われる。なにせ、俺にはほとんどないからね、そういうの。……ははっ!


 つまり、三人から散々いじられ倒されるのは自明の理。火を見るよりも明らかである。

 俺は美咲にだけはバレてたまるかと、必死で睨み返す。

 しかし、美咲は俺の嘘を徹底的に追及する構えをとっている。


 俺はそんな美咲の顔をずっと直視するのはちょいと厳しかった。

 なぜなら――兄である俺がここで言うのも変な誤解が生まれる気がしなくもないが――美咲は、ぶっちゃけ普通にかわいい。成績優秀、スポーツ万能、それに人当たりもいい完璧超人。さらにスクールカーストの最上位に君臨している、いわゆる陽キャ。


 つまり、男女問わず、誰からでもモテるタイプなのである。俺と真逆の存在。


 ――いつだったかな。

 美咲の部屋の掃除に手伝わされたとき、クローゼットにあった箱を開けたら、箱いっぱいにラブレターが入っていた。


 何だこれは!

 あのときの衝撃は、小学校の頃の担任の先生が実は人妻だったことが判明したことよりも大きかった(言い方)。


 美咲曰く、他人からもらったものを簡単に捨てるなんてことできないよ~、とのこと。


 ――うちの妹が律儀すぎる!


 ちなみに、今まで告白を受けたことは何度もあるらしいのだが、美咲は全員振っているらしい。

 振ったのにラブレター残すとか、未練があるみたいじゃねぇか。どういう神経してんだよ、まったく。


 それに、なぜ全員振ったのか。誰かしらオッケーしてあげなよ……。

 俺は疑問に感じてそれを聞いたところ、美咲曰く、「私はお兄ちゃん一択だもん、将来はお兄ちゃんと結婚する!」とのこと。

 ああ……。うん、これは……はい。


 ――うちの妹がブラコンすぎる!


 そんな重度なブラコン妹に悲しいお知らせです。血縁関係にある兄妹同士では結婚できません。美咲さん、残念でした。

 

いつまでも幼稚園児みたいな幻想を抱くんじゃあねぇ、とは言っているものの、美咲は中学生になった今でもたぶん本気で言っているのだ。

 女の子の考えてることって難しいんだなぁ……。わかろうとしたらお兄ちゃんの陳腐な脳の思考回路がすぐにショートしちゃうよ。


 「――さっきから何ぶつぶつ言ってるのか知らないけど。どうなのよ、実際のところ。彼女できたの? それとも……彼女できたんでしょ?」


 いや、二択じゃなくない? もしかして俺の嘘バレた? 

 ってことは、美咲は俺が彼女できたことを見抜いたのか?


 「ねぇ、誰なの? 名前は? は~や~く~」


 「――だが、断る」


 「なにっ⁉」


 美咲は「いい加減無駄な抵抗はやめて白状しろ!」というような感じだったが、無視して続ける。


 「この高岡伊織が最も好きなことの一つは、自分で強いと思っている奴にNOと断ってやることだ」


 これ、人生で一度は言ってみたいセリフ上位に食い込むよね。

 俺は額に大量の汗を感じながらも、必死に抵抗を試みる。

 崖っぷちであるのは間違いないが、最後の最後まで足掻いてやるさ。


 と、思っていたが……。


 「はい、芝居はもういいから、いい加減教えて」


 「………はぃ」


 必死の足掻きさえも、カーストトップクラスの陽キャには通じないのか。

 俺の想定をはるかに超えているという事実に、月までブッ飛ぶ衝撃を受けた。


 うう……万策尽きた――。

 俺は両手を挙げて妹に屈服した。降参です、美咲パイセン……。

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