第36話 高岡家~冬の陣~
俺は美咲の前で正座をしていた。
「――は、はい……。実は、先程、とある女の子から告白を受けまして、快諾した所存でございますで候」
正しいのか正しくないのかはちょいとよく分らないが、(一応)丁寧な言葉遣いを意識してみた。
あぁ、悲しいかな。兄妹の立場が完全に入れ替わってしまった。
もともとこんな感じだったっような気もしなくもなくも……ないかな。
美咲は両手に顎を乗せて、フムフムと頷き、そして小さく微笑んだ。
「お兄ちゃん、今日告られたんだぁ~。出来たてホヤホヤじゃないですか~。……で、その子、名前は何ていうの?」
「こ……近藤さんっていうん――」
「フルネーム!」
「は、はいっ!」
あまりにエグい勢い口調だったから、つい直立不動で敬礼をしてしまった。びびった……。
「――ぃ」
「え~?」
「――ゆい」
「なになに~? 何て言ってるかよく聞こえないんですけど~」
こ、こいつ! こういうときに限ってぐいぐい来やがって!
こんなの拷問じゃないか!
く、くそぉ……覚えてろよっ!
「――結衣……近藤結衣だっ‼」
顔を真っ赤にさせながら、俺は彼女の名前を叫んだ。
「へぇ~。近藤結衣……。結衣……結衣……結衣……ゆ――」
「あ、美咲! そんなに連呼しないでくれ……」
「ははぁ~ん、お兄ちゃん、もしかして、照れてる? まったく、初心だなぁ~」
なぜ美咲はこんなに俺をからかってくるのだろうか。今日は特にひどいな。
……もしかして、これが美咲なりの愛情表現なのか?
好きな相手にほどそっけない態度を取ったり、からかったりするやつ。
……まさか。きっと純情可憐な俺の心を弄んでるに違いない。
まったく、困った奴だ。よし、少し反撃といくか。
「いいのか美咲……。お兄ちゃんに彼女ができたら、お前とは結婚できなくなっちゃうかもしれないんだよ? お前あれだけ言ってたんだからさぁ……悔しくないの? ねぇ、悲しくないの?」
これで形勢逆転!
あまりお兄ちゃんを舐めないでいただきた――
「――いいよ、お兄ちゃんが幸せになってくれれば。私はそれで構わない」
「……へっ⁉」
あ、あれ……? み、美咲……?
「どうしたの、お兄ちゃん? そんな顔しちゃって」
「いや、どうしたの?って、それはこっちのセリフだ。どうした美咲、具合でも悪いのか? 病院連れて行ってあげようか?」
「え、何急に……。お兄ちゃん、昨日とは別人みたいだよ」
「い、いや、だから――」
――ガチャ。「ただいま~」
玄関のドアが開く音と、買い物袋を置く音が聞こえてくる。そしてこの声は――。
「あら、伊織も美咲も帰ってたのね。おかえり」
「おかえり、お母さん!」
美咲は俺のことを一瞬見ると、再びニヤッと笑みを浮かべた。
「…………」
まずい。全身から血の気が引いていくのがわかった。
エマージェンシーコールが全身に鳴り響いている。
美咲は母さんのところに駆けて行く。
「ねぇねぇお母さん、聞いてよ。ビッグニュースだよ!」
この先の展開が読めた。十中八九違いない。
「どうしたの?」
母さんは、美咲の勢いに若干押され気味に話を聞いていた。
「なんと、なんと……。お兄ちゃんに彼女ができたんだよぉ~!」
……あぁ。言っちゃった。
まあ、美咲にバレてしまったところで、両親にバレるのは時間の問題だったから、仕方ないっちゃ仕方ない……か。
「あらまあ! 伊織にも彼女が……。女っ気皆無のあの伊織が……。女の子友達すらいなかったあの伊織が……。お母さん、嬉しくて泣いちゃいそうだよ……」
――おい。
そんなにボロカスに言わなくてもいいじゃないか。母さん意外と素でディスってくるのね。結構ダメージでかいんだが。
それに、泣きそうって言って顔隠してるみたいだけど、口角が引きつってるのがバレバレなんだよ。やるならもうちょっと上手にやってくれ。
「やだもう~。そしたら『伊織に彼女できましておめでとうパーティ』をしないといけないじゃない。お寿司でも頼んじゃおうかしら……ふふふっ」
母さんはそう言って受話器に手を掛けようとする。
「ちょいちょい。母さん、待ってくれよ。そんなの別にいいか――」
「ただいま~」
俺の声を遮ったのは、父さんだった。
「「おかえりなさい~」」
母さんと美咲が父さんを出迎える。
「どうしたんだ、みんなして……。何かあったのか?」
父さんは首を傾げたまま、玄関に突っ立っている。
そんな父さんとは対照的に、母さんは、ものすごく興奮したような口調で父さんに話しかける。
「あら、お父さん。おかえりなさい。ねぇ、聞いてよ、聞いてよお父さん!」
「お、落ち着いて、落ち着いてお母さん。聞いてるから」
父さんが冷静になるようにいうものの、母さんのテンションは依然として右肩上がり。
「伊織に、あの伊織に……彼女ができたのよ!」
「伊織に彼女」というワードを耳にした途端、さっきまで冷静だった父さんが一変した。
「な、何だって⁉ それは大変じゃないか!」
――おい。あんたまで一緒になって興奮してどうすんだよ。
『ミイラ取りがミイラになる』ってこういうことをいうんだね。
――いや。そんなことを言ってる場合じゃない。
「母さん、今日はお祝いだ! パーティーだ! お寿司を取ろう! 母さん、出前を頼む!」
父さんまで変なことを言い出した。
ってか、何この二人。考えてることが一緒なんだけど。
俺はエスパーの如く意思疎通して、ワッショイワッショイしている二人をただただ見つめるしかできなかった。
だめだ、この人たちは……。
恋愛トークになると異常なまでに興奮する両親……を見つめる子供たち。
何という光景だろうか。
ナニコレ珍百景に認定されますかね?
さすがの美咲も、引きつった顔をしながら、絶賛謎行動中の両親を見つめている。
俺は、この怪奇現象の元凶に釘をさす。
「――おい美咲……。ボケっと見てないで、早くあの二人を何とかしろ」
「え、いやぁ……。さすがにあそこまでになるとは思わないよ……。じゃあ、明日の小テストの勉強しなきゃだし……。私はこの辺でお暇させていただきます……。お兄ちゃん、がんばっ――」
そう言って美咲は二階に戻る――というか逃げようとしたので、すかさずぬりかべの如く、階段の前に立ちはだかった。
「っ……」
美咲は退路を断たれ、悔しそうな表情を浮かべている。
「お兄ちゃん、そこどいて」
「ダメだ」
「ケチ」
「ケチで結構だ。美咲があのふたりをどうにかしたら、ここをどいてやってもいいが」
「っ…………」
美咲は観念したのか。黙り込んで両親のほうに向き直る。
よし、これでようやく説得を始める。そう思っていたのが、俺の詰めの甘さというものなのだろうか。
美咲の口から飛び出したのは、両親への説得とは正反対の言葉だった。
「――お父さん、お母さん、お兄ちゃんの彼女について聞かなくていいの? 今日なら話してやってもいいって言ってるよ~」
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