第79話 樋本華蓮は動き出す

「妹さんが……」

「ええ……どうやら、わたしは踊らされていたみたい」


 わたしは芽衣と一緒に自分の部屋に移動すると、さっきまでの出来事を話した。

 熱を持った身体を氷で冷やしながら話していたおかげだろうか、身体はかなり楽になっていた。

 ちなみにこの氷も芽衣が用意してくれたものである。

 完全にママの所業。


「そのモストっていうのはとんでもないクズ野郎ですね……そういうことなら、早く助けに行かないと」

「く、クズ野郎……」


 辛辣な物言いだが、同意せざるを得ない。

 芽衣のような幼く可愛らしい顔立ちからそんな言葉を聞くのは違和感あるが、もう大分慣れてきた。


「でも、一体どこに行ったんでしょうね?」

「うん……わたしはてっきり、モストは芽衣の元に向かったのかと」

「いや、わたしのところには何も……」

「そうよね……ん? あれ? それじゃ、芽衣はどうしてここに?」


 わたしが家に帰ってきてから、まだ二時間も経っていない。

 移動時間を考えたら、芽衣はわたしが新幹線に乗っている間に東京を発ち、追いかけてきたことになってしまう。


「あ、わたしが来たのは……これをお見せしたかったからなんです」


 そう言うと、芽衣は指をパチンと鳴らして見せた。


「えっ……?」


 芽衣が指を鳴らした瞬間。

 芽衣のすぐ隣に黒い闇が現れたかと思うと、ゆらゆらと空間が歪み始めた。


「ちょっ……え、え、なにこれ?」


 わたしが困惑しているのも束の間。

 その歪みから、黒い物体が飛び出した。


「みいい!」


 どこかで聞いたことのある、甲高い声。

 久しぶりに聞く、この声は……


「……魔獣じゃん! なにこれ、どういうこと!?」


 魔獣を召喚する魔法少女。

 それってもはや魔王の行為では?

 突然自分の家に現れた魔獣に、思わず身構えてしまう。


「大丈夫、落ち着いてください。この子に害はありません」


 そう言うと、芽衣は魔獣の頭を優しく撫で始めた。

 頭をなでなでされて、魔獣が気持ちよさそうに目を細めている。


「わたしは魔王の力を持っていますから……魔獣をある程度は従わせることができるんです。だから、試してみたんですよ」

「試すって……何を?」

「モアの力を借りなくても、瞬間移動できないか、です」

「???」

「えっと、どうやって説明すればいいのか……」


 魔獣を膝の上に乗せてうーんと唸りながら、芽衣は話し始めた。


「そうですね……華蓮さんも知っているかもですけど、わたしは魔獣の力を借りることでアストラルホールを自由に行き来できるんです」

「そういえば……確かモアも言ってたわね。魔獣を脅して従わせてたって」

「おど……!? い、いや間違ってはいませんが……それはまあ、昔の話ということで……」


 芽衣はコホンと咳払いをして、言った。


「大事なのはここからです。実は、アストラルホールからこっちの世界に戻ってくるときって、結構自由が利くんですよ」

「自由が利くって……あ、そういうこと?」


 ようやく、芽衣が言おうとしていることがわかった。


「そうなんです。アストラルホールから戻ってくるとき、わたしは戻ってくる地点をある程度選ぶことができる。だから、アストラルホールを経由することで瞬間移動紛いのことができるんです」

「なるほど……それじゃ、芽衣は新幹線で追いかけてきたわけじゃないのね」

「そうです。これを使えば、五分もかからずにここと東京を行き来できると思いますよ」


 それは便利だ。

 一旦アストラルホールを経由しなければならないものの、殆ど瞬間移動と変わらない。

 それなら、芽衣に迎えに来てもらえばわたしも便乗して自由に移動できる。


「本当は、魔獣の力を借りることはもう二度とないと思っていたんですけどね……」


 そう言うと、芽衣はもう帰っていいよというように魔獣を優しくアストラルホールへ帰していた。

 なるほど、ここまで芽衣が魔獣を従わせることができるのなら、瑠奈が芽衣の仕業ではないかと言い出すのも理解できる。

 しかし、実際にはそうではなかった。

 魔獣の暴走は、芽衣が仕組んだことではない。


(それじゃ、もしかして……)


 もしかして……芽衣のほかに、同じように魔獣を従わせている者が別にいる……?


「……華蓮さん?」

「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。それ、便利ね」

「でしょう? ですから、これでいつでも合流できますよってことを伝えたかったんですけど……ラインも返信ないので来てみたら、こんなことに」

「そうだったのね……こんなこと言うのはなんだけど、今回は魔獣のおかげで助かったわ」

「ですね。思い切って試してみて良かったです。それより……華蓮さんは、これからどうするんですか?」

「これから……」


 ふう、と息を吐き、俯いたままぎゅっと拳を握りしめる。

 芽衣と一緒なら、自由に行動できる。

 それなら、どこかに連れて行かれた華奏を助けに行くことだってできる。

 だとしたら。

 もう、迷っている場合ではない。


「芽衣……ごめん」

「え?」

「……もう、我慢できそうにないわ」


 ミラージュは……あいつらは、華奏に手を出した。

 わたしの大切な、妹に。


「華奏……それに麻子……奪られたもの、全部取り返しに行くわよ」


 ボシュっと、握りしめた手から炎が上がる。


「……全く……一体何に謝ったんですか? わたしは最初から、そのつもりですよ」


 にっと悪い笑みを浮かべた芽衣の髪が、風で揺れた。

 最初から、こうすればよかったんだ。

 わたしは、行儀よくなりすぎた。

 芽衣の顔を見て、頷きながら言った。


「こっちから、出向いてやる。ミラージュ……潰す!」

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