第62話 雷の魔法少女

 青白い閃光と共に聞こえた音は、スタンガンのスパーク音のようだった。

 わたしはその音と共に崩れ落ち、地面に倒れ、意識を失う……


 ……と、思われていただろう。


「……えっ……」


 閃光の発生源から、微かに困惑の声が聞こえた。

 立ち込める白煙を切り裂く風が吹いて、何かが焦げたようなにおいが鼻をかすめる。

 わたしは燃える右手をゆっくり下ろすと、振り向いた。


「……随分なご挨拶ね、あんた」


 そこに立っていたのは、初めて見る女の子――しかし、その子が纏う気配は、初めて感じるものではない。

 今なら確信できる。

 わたしがずっと感じていた魔力の主が……この少女であることを。


「……今のを防げるなんて……驚きました、さすがはAランクの魔法少女です」


 ぼそりと呟いたのが聞こえた。

 華奏と、同じぐらいの年齢だろうか。

 中学生ぐらいの、女の子。

 間違いない。この子は……

 わたしの知らない、魔法少女だ。


「そんな殺気立った魔力を向けて……気付いていないとでも思ったの?」


 わたしは人差し指をその子に向けると、指先に小さな炎を灯した。

 ほんの小さな灯火ではあるが、拳銃のように向けられた指先に灯っている炎が何を意味しているのか、魔法少女なら一目瞭然のはずだ。


「狙いは芽衣かなって思ってたけど。二手に分かれてからも芽衣を追わなかったってことは、わたしの敵ってことよね」


 芽衣の住むマンションの前で感じた、魔法少女の魔力。

 その魔力は、わたしたちがホテルに戻ってからも僅かに漂っていた。

 いつもなら気付かないようなほんの微かな魔力だったが、わたしはその魔力のする方向をずっと追いかけながら歩いていた。

 だから、ホテルに戻ってからもその魔力の主が遠くに行っていないことに気付いていたのだ。

 てっきり魔王である芽衣を狙う魔法少女だと思い、あえて二手に分かれることで二重尾行してやろうと思っていたのだが……わたしの思惑とは裏腹に、その魔力の持ち主はこの場から動かなかった。

 狙いは「こっち」だったということだ。

 だからわたしは、人気ひとけのないところに誘い込んだのだった。

 不穏な魔力を漂わせる、魔法少女を特定するために。


「燃やすよ、あんた。わたしは今、機嫌悪いの」


 ゆっくり人差し指の方向を、その子の首筋から眉間へと向けていく。

 張り詰めた空気が、少し息苦しい。

 沈黙に耐え兼ねたわたしが、指先の炎を大きくしたときだった。

 その魔法少女は、両手を挙げて沈黙を破った。


「いえ……降参です。むしろ、そんなに強いのならわたしが来た甲斐があるというものです」

「はあ?」

「話を聞いてください、樋本華蓮さん」


 目の前に突き付けられた炎に怯むことなく、まっすぐわたしの目を見て言った。


「わたしたちの仲間に……『魔族討伐組織ミラージュ』に、入りませんか」

「……へ?」


 想定外の言葉に、思わず声が裏返る。

 今、何て言った?

 勧誘?

 拍子抜けして、指に灯っていた炎も消えてしまった。


「な……何言ってるのあんた。てか、そもそもあんたは何なのよ」

「……そうですね、自己紹介が遅れました」


 そう言うと、その少女の右手の指がパチパチっと音を立てて微かに青白く光った。


「わたしの名前は、安曇瑠奈あずみるな。雷属性の魔法少女です」

「か……雷……?」


 青白く光る親指と人差し指の間には、電流が走っているように見えた。

 ……なるほど。これで納得した。

 さっき、わたしの炎と彼女の魔法がぶつかったときの、眩い閃光とスタンガンのようなスパーク音。

 あれは、彼女の雷魔法が原因だったのだ。

 わたしは、雷の魔法少女……安曇瑠奈の顔を、改めてじっと見つめてみた。

 まん丸のボブカットで、前髪をぱっつんに切りそろえたおかっぱ頭。

 真面目そうな佇まいをしているが、その目からは強い意志を感じられる。

 生徒会長タイプとでも言うのだろうか、どう見ても勤勉な優等生だ。

 こんな子が――わたしを襲おうとしたとでも言うのか。


「ふん……やっぱり敵なんじゃない。その雷魔法で、わたしを攻撃してきたってことでしょう?とてもじゃないけど、信用できる相手じゃないわね」

「それは……ごめんなさい。でも、仕方がなかったんです。わたしたちからして見れば、あなたも要注意人物……ミラージュの駆除対象に挙げられている存在なのですから」

「ミラージュの……駆除対象……?」


 なに、そのわたしが敵役みたいな言い方。

 それじゃまるでわたしが悪者みたいではないか。

 不信感を募らせるわたしを見て察したのか、瑠奈は続けざまに言った。


「わたしたちミラージュは、魔法少女で構成された魔族討伐組織です。最近急激に数を増やしている魔獣を倒すため、わたしたちは徒党を組んだのです」

「ちょ……ちょっと待って。数を増やしている? 徒党を組んだ? 何の話をしてるの?」


 まるで話についていけない。

 だったらなんで、魔法少女であるわたしが狙われないといけないのだろうか。


「やっぱり、モアからは何も聞かされていないんですね……わかりました、順を追って説明します」


 瑠奈の右手から青白い電光が消えると、ホテルの方向を向いて言った。


「ここは暑いです。中に入って、話をしましょう」

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