第7話 源芽衣はもうひとりの魔法少女

 わたしは無理矢理モアに連れられ、もうひとりの魔法少女が住んでいるという家の前に来ていた。


「もーなんでこんなことに……」

「今から会うのは先輩魔法少女だぽん? 魔法のノウハウを、彼女から教えてもらうべきだぽん」

「モアに教わるよりはマシかもしれないけど。その人はいつ魔法少女になったの?」

「三ヶ月ほど前に。既に魔獣を何体か退治している、優秀な魔法少女だぽん」

「へーぇ。そんなに凄い人なら、その人に魔王きゅうりも倒してもらおうよ」

「麻子はほんとにやる気ないぽんね……確かに芽衣は優秀だけど、魔王をひとりで倒せたら苦労しないぽん。それに、きゅうりじゃないって何度言えば……って! 何帰ろうとしているんだぽん!?」

「だって寒いし……」

「そこに立ってろ! 今呼ぶから!」


 家の前を通り過ぎて帰ろうとしているわたしを一喝すると、モアは壁をすり抜けて家の中に入っていった。

 モアお前、すり抜けられたのか……そりゃ勝手に人の家にも入ってくるわけだ。

 というか、口悪いなあの妖精。

 それにしても、芽衣っていう人はどんな人なんだろう。

 仕事をこなしながら魔王軍退治に勤しむとは……社畜乙。

 家の外観はかなり立派だ。たぶん、お金持ち。

 もしかして、どこかの女社長だったりするのだろうか。

 そんな強そうな人が来たら、正直困るんだけど。

 寒い中震えながら待っていると、家の扉がゆっくり開いた。

 お、出てきたかな……思わず姿勢を正す。

 しかし、中から出てきたのは小学生高学年ぐらいの小さな女の子だった。

 身長は、百五十センチもないだろう。

 クールな雰囲気だが、女の子らしい装飾のついたかわいいワンピース。

 背中まで伸ばした長い髪に、リボンをつけている。

 顔は小さく長い睫毛で、まるでアイドルのような美少女だった。


「……こん、にちは」


 その子に声をかけられた。


「あ、こ、こんにちは」


 扉のすぐ前で待っていたところに、想定外の人が出てきたので思わず声が裏返ってしまった。

 何をやっているんだモアは、これじゃわたしが不審者みたいじゃないか。

 この子は芽衣って人の妹なのかな? それとももしかして、娘とか……?

 すっと横にずれて道を空けようとすると、後ろからモアが出てきた。


「なにをやっているぽん?」

「え?」

「その子が、言っていたもうひとりの魔法少女だぽん」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はじめまして、源芽衣みなもとめいです。よろしく……お願いします」


 静かで落ち着いた小さな声。アニメの声優のような、高くてかわいい声だった。

 それにしてもこの声、どこかで聞いたことがあるような……どこだっけ……

 いや、それよりも。

 わたしはモアの方を向くと、言った。


「モア……あんたね! こんな幼い子を魔法少女にして戦わせるって! このロリコン! 悪魔!」

「痛い痛い痛い! なにをするやめるぽん!」


 頬を引っ張られて抵抗するモア。


「この子は立派な魔法少女だぽん!」

「立派だなんて……そんなことないのです」


 横でクールに謙遜する芽衣。


「どう見てもまだ幼い子どもでしょ!」

「いやいやいや! そもそも魔法少女で中学生は普通の話だぽん!」

「は、はあ?」

「考えてみるぽん。アニメや漫画に出てくる魔法少女って、だいたい小中学生だぽん?」

「……ほ、ほう」


 確かに。言われてみればそのとおりである。

 実際に小中学生の女の子を戦わせるとなるととんでもないことをしているように思えてしまうが、魔法少女といえば小中学生は普通……なのかな?


「そ、そういうものなんだ……でも、こんな小さな子が本当に戦えるの?」

「言ったぽん? 芽衣は優秀な魔法少女だって。実際に、何体か魔獣を退治している猛者だぽん」


 マジかあ……こんな可愛い、小さな女の子が戦っているんだ。

 末恐ろしい世の中である。


「あれ? じゃあ、わたしは? 中学どころか高校も卒業してるんだけど」

「そうぽんね」

「もしかしてわたし、魔法少女の中じゃ年齢上の方だったりする?」

「上の方どころか最高齢だぽん」

「なるほど、覚悟はできているみたいね」


 両手でがっしとモアを掴む。


「あっはっは、やめるぽん……いやいやいややめるぽん!」


 手に力をこめると中でモアが暴れ出した。

 どうもわたしの敵は魔王ではなくこいつのような気がしてならない。


「……ふたりは、とっても仲がいいんですね」


 隣からの小さな声を聞いて思わず手を離す。

 さすがにこんな子の目の前でモアを握りつぶすグロ映像を見せる訳にはいかなかった。


「め、芽衣ちゃんだっけ。仲良くないよ。むしろこいつはわたしの敵だよ」

「そうですか……? とっても仲良しに見えました」


 上品な振る舞い。感情は読み取れないが、整った顔つき。

 この子……やっぱり、めちゃくちゃ可愛い顔をしている。

 モアとじゃなくて、この子と仲良くしたいところだ。


「全く酷い目に遭ったぽん。乱暴な女ぽんね」


 けほけほと咳き込みながらわたしから離れて芽衣ちゃんの頭に乗るモア。

 モアおまえ、軽々しく少女の頭に乗るんじゃない。

 それにしても本当にかわいいな……この子にお姉ちゃんって呼んでもらいたい。

 そのためにも、優しく、親しみやすい人を装って話しかけなければ。

 大丈夫、いくらなんでも相手は年下の子ども……! わたしならできる!


「め、芽衣ちゃんも、モアに言いくるめられて、魔法少女にな、なちゃたの?」


 緊張でどもった。悲しい。


「言いくるめられたと言うと語弊がありますが……そうですね、モアに言われて三ヶ月ほど前に魔法少女になりました。改めて自己紹介しますね」


 そう言うと、モアを頭からどけた。手つきが慣れている。


「源芽衣、中学二年生です。風の魔法を使う、『風の魔法少女』です」

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