第2話 黒瀬麻子は沈んでいる
今日は寒い。
雪がわずかにぱらついている。
雪は嫌いだ。嫌なことを思い出すから。
十二月二十四日。世はクリスマス・イブである。
わたしの住む北陸の雪国では、今年も綺麗なホワイトクリスマスだ。
そんな日に、わたしは黒いコートに身を包み、ショートボブにした髪の毛についた雪を手で払いながら、肩身が狭い思いで歩道を歩いていた。
周りには煌びやかなイルミネーションが溢れており、カップルの楽しそうな声が聞こえてくる。
しかし、わたしの隣には誰もいない。
コンビニの袋を片手に、ひとりで家に向かって真っ直ぐ歩いているところである。
リア充爆発しろ、という言葉はすっかり廃れたように思うが……わたしは今でも、というか今こそ強く思っている。
リア充、爆発しろと。
わたしの名前は黒瀬麻子くろせまこ。
身長百六十六センチ。現在十八歳。
そう、十八歳の女子なのである。
十八歳だが、女子高生……ではない。女子大生……でもない。
浪人生である。
「はああ……だるう」
思わずそんな言葉が零れ落ちる。
勉強することもなく、バイトをすることもなく。
だらだらと過ごすだけの毎日なのでそんなに疲れているわけないのだが、ネガティブな言葉が自然と零れ落ちてしまう。
周りのやたら元気にはしゃいでいる人たちを見ると、尚更だ。
浪人一年目を怠惰に過ごし、受験が目の前に迫っているこの状況。
本来なら追い込みの時期なのだが、わたしはすっかりやる気をなくしていた。
ずっとひとりで半引きこもりの生活をしていれば、無理もない。
この半年間は、碌に人と会話した記憶もないのである。
今でこそこんな状態だが、高校時代のわたしはこんな感じではなかった。
通っていた学校は女子高で、まあ、彼氏はいなかったのだが……わたしの周りの友達もたいして変わらないのでそんなに気にしていなかった。
それがどうだ……大学に進学した友達は皆上京し、今やどいつもこいつも彼氏持ち。
大学にいったら自動的に彼氏できるの? そういうシステムなの?
別に、その友達にわたし自身が邪険にされたわけではない。
それでも、無駄に高いプライドがわたしを孤立させた。
わたしは劣等感と気まずさから、卒業してからは友達と連絡をとることもなくなっていた。
重い足取りのままひとり暮らしをしているアパートに帰ると、メロンパンの入ったコンビニの袋を机に放り投げて、ベッドにダイブした。
このままではいけないとわかっている。
しかし、身体はベッドに貼りついた様に動かなくなった。
「んああああああああ」
謎の呻き声をあげながら枕に顔を埋める。
やる気でない……
いっそのこと世界滅んでくれないかなあ。
うん、滅べ滅べ。
そうしたらみんな負け組! 世界平和!
そんなくだらないことを考えながら、わたしは寝転んだままタブレットの電源を入れると、最近ハマっているあるブイチューバーの配信画面を開いた。
ブイチューバー。アバターを使って動画投稿や配信活動をしている、バーチャルユーチューバーのことである。
引きこもって動画ばかり見ているうちに、わたしはあるチャンネルに辿りつき、今や暇さえあれば配信を見る毎日である。
ブイチューバーはみんなかわいくて面白く、かつ陰キャが多い(と信じている)ので、今のわたしには安心感を与えてくれるのだ。
陽キャオーラが強いブイチューバー、もしくは男の声が聞こえた配信ではブラウザバックしているので問題ない。
何が問題ないか? 察しろ。
『こんめる~メイルです、今日も配信見に来てくれてありがとなのです』
「こんめる~……っと」
メイルたんの配信が始まり、チャットにコメントを打ち込む。
メイルたん。主にゲーム配信をしているブイチューバーである。
水色のお団子頭で、いつも冷静に話すクールキャラ。
大手の企業系ブイチューバーではなく、静止画の一枚絵だけで活動しているブイチューバーだが、わたしはこの子のことを気に入っている。
視聴者が数十人しかいないのが不思議なぐらいだ。
設定では確か十三歳のロリっ子。中の人の実年齢は不明である。
ちなみにさっきの「こんめる」は、メイルたんのお決まりの挨拶である。
配信が終わるときは、おつめる。これ常識。
『ここさえ突破すればあとは楽勝なのです。敵のタイミングをずらして……はああああああああ!!??? 今避けたでしょ!? 当たってない当たってない! バグってるんですけどおおおお』
バンバンバンバン!
メイルたん、発狂。
メイルたんはいつもクールに難易度の高いゲームを淡々とこなしていくが、たまにミスをすると台パン……机を叩いて発狂する様が面白いブイチューバーである。
コメントには『台パン助かる』『草』『メイルたんがんばって』といったコメントが流れている。
台パンして叫んでいる様を見て引いてしまうような視聴者はいないのだ。
「いやあ、メイルたんは今日も可愛いなあ……こんな子を思いきり甘やかしてみたい」
長い時間を孤独に過ごしていたわたしにとって、メイルたんは心の隙間を埋めてくれた恩人みたいなものである。
大げさに聞こえるかもしれないが、少し前のわたしにとっては本当にそれぐらいの影響を与えてくれた。
頑張り屋で、可愛くて、でもちょっとだけおっちょこちょいなこの子のことを、わたしはずっと推しているのだ。
今日もメイルたんの配信を見て生きる活力を貰うことにしよう。
わたしはベッドの上でごろごろしながら、さっき机に放り投げたコンビニの袋に手を伸ばした。
「……ん?」
見間違い? わたしそんなに疲れているのかな?
一旦目を逸らして、もう一度目を凝らす。
……コンビニ袋、動いているんですけど。
「ま、まさか……G……?」
この部屋はもう終わりだ……焼却しなければ。
見なかったことにして寝返りを打とうしたその瞬間。
袋から何かが飛び出した。
こいつのせいで、わたしの日常は大きく狂うことになる。
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