類友はカルマに従う 番外編2-⑧

 羽琉のはにかんだ笑顔に、エクトルは満足そうに微笑む。そして「それから」と話を続けた。

「この料理はナタリーからです。誕生日は本来ならば友人などを招いてフェット(パーティー)をしたりするのですが、今回は羽琉がフランスで迎える初めてのバースデーです。今日だけは私が羽琉を独占したかった」

 いつも独占しているようなものだが、それはこの際置いておく。

 フランクや友莉、サラやナタリーを呼べば、羽琉を取られるのは目に見えているからだ。特に友莉は羽琉をかなり気に入っているので、夕食を摂った後は羽琉と日本での話に花が咲くことは明白。その横でエクトルは嫉妬心と戦いながら友莉との会話で見せる羽琉の笑顔を羨ましく見つめることしかできない……そんなことまで想像できた。

 せっかくの羽琉の誕生日にそんな思いはしたくないと思ったが、羽琉を見てハッとしたエクトルはバツが悪そうに表情を歪めた。

「あ、すみません。羽琉の誕生日なのに私が勝手に決めてしまいました。羽琉は……みんなからお祝いして欲しかったですか?」

 寂し気に窺うように訊ねるエクトルに、きょとんとした羽琉はゆっくりと首を横に振った。

「祝ってもらえるのはすごくありがたいんですが、その……あまりにぎやかなのは、ちょっと……苦手で……」

 恐縮して言う羽琉に、エクトルは安堵の息を吐いた。

 羽琉のことに関してだけ突っ走ってしまうきらいがあるエクトルは、こんな風に羽琉の気持ちを聞く前に動いてしまう。そこはこれからどうにかして直さなければならないところだろう。

「でも……あの……」

 少し困ったように眉根を寄せた羽琉は濁らせる言葉を吐いた後、一呼吸置いてからエクトルに視線を向けた。

「すごく嬉しくて、大切にしたいと思っているんですが……その、このブレスレット、高価な物に見えて……」

 ブレスレット自体は気に入ってもらえたようだが、こういうアクセサリーに疎い羽琉は想像できない金額に戸惑っていた。

 エクトルの予想していた通りだ。

 確かにオーダーメイドでしかも一日で製作してもらったため少し色を付けて支払ったのは事実だが、エクトルとしてはブレスレットの金額など大したことではない。羽琉にならどんなに高価な物でも与えたいと思っているため、この機に乗じて、もっと大量にプレゼントを贈りたいとすら思っていたほどだ。結局フランクに制されてしまい断念したのだが。

 嬉しいが本当にもらっていいのか迷って俯いている羽琉に、エクトルはそっと覗き込むように顔を傾けた。

「羽琉はフランスに来てから一度も私に何かを強請ったりしていません」

「!」

 急に間近に見つめられた羽琉は、思わず顔を上げる。

 羽琉に会わせるようにエクトルも傾けていた顔を上げると、真剣な眼差しで羽琉を見つめた。

「私はいつでも羽琉に何かをしたかった。その反動もあるかもしれません。ですが、このブレスレットは私がギリギリまで悩みに悩んで考え出したプレゼントです。自分が納得した最高の物を羽琉にはプレゼントしたかった」

 エクトルにとっても、初めてのバースデープレゼントを羽琉に贈るのだ。手を抜きたくない気持ちが強くなっても仕方がない。

「私にとって金額は二の次です。羽琉の喜ぶ顔が見られるなら何でもします」

 真剣な眼差しのエクトルに、羽琉は困惑してしまう。

「ですが、羽琉が高価な物を好まないこともよく分かっています。羽琉なら心の籠ったメッセージカードだけでも幸せそうに目を細め、口元を綻ばせてくれるはずです。それが分かっていても自分が納得できる物を贈った時、見せてくれるであろう羽琉のはにかむ笑顔を見たかった。私のデザインしたブレスレットが羽琉の手首を飾っているところを見たかった」

「……」

「でもこれは私の我儘です。もちろん無理強いはしませんので、もし羽琉が身に着けたくないのであれば私が大切に保管しておきます」

 微笑むエクトルに羽琉はブンブンと首を横に振る。

「駄目です。僕が大切にします」

 真顔で真っ直ぐ見つめて言う羽琉に、一瞬きょとんとしたエクトルはフッと表情を和らげると「はい」と満面の笑みを見せた。

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