空に走る「婚活の中心で愛を叫ぶ」

雨 杜和(あめ とわ)

空に走る 1「婚活の中心で愛を叫ぶ」


 僕の名前は葵冬児アオイトウジ


 僕がちょっと人目を引くのはイケメンという理由じゃない。


 学生時代、夏にサーフパンツはくと、どうしても贅肉ぜいにくがパンツからはみ出すからであって、胸をはって言うけど、人目じゃなくて、太目で引かれてる。


 でも、10代って甘酸っぱいよね。

 海に行けば女の子が寄ってくると、それが妄想なんてこと知らずに、仲間と騒いでいた。


「あの子は、平均だお」

「なるほど、オマイらのジャッジは低い」


 なんて、たわいのない話をしながら。こっそり水着女子に点数つけ、こっちの下半身がね、もう100点満点なわけ。もうこれ以上は点数つけられません、てな状態をタオルで隠しながら熱い砂浜で笑っていた。


 そんな10代は、すぐに過ぎて社会人になった。


 時間って、不思議だ。有意義な時を過ごせば長いけど、同じことの繰り返す日々って流れが早いんだ。あっという間にすぎていく。

 いつの間にか、僕は33歳になっていた。


 そんな僕がツカサさんに出会ったのは、昨年の夏。悪友の一人に連れられて参加した婚活パーティだ。


「いいかアオイ、婚活パーティは戦場だ。シメて行こうぜ」


 でも、シメられたのは僕だった。


 シメ方がわからなくて、一人で軽食を食べるボッチで、それは、とても馴染みがある感覚で、


 その僕に声をかけて来たのが彼女なんだ。

 色白で甘えた声が可愛いい。はっきりした二重で目に色気があって、笑うと左ほほにちっちゃなエクボができる。彼女の可愛さを話し出すと止まらなくなる。


 最初の出会いは、彼女がワイングラスを片手に足早に近づいて来たときだ。


 全く予想外の事態で、

 だから「あのね」って語尾が上がる声と上目遣いの視線に、僕は自分が声をかけられたなんて思わなかった。キョロキョロ周囲を見渡す不審者になってた。


 だって、彼女、人気がありそうだし。


「あのね」って、下半身がとろけるような声で彼女が繰り返した。「アオイさんですよね」

「え、ええ、ええ、ええ」

「お願いがあるの」


 お願い、はいはい、なんでも。ワインを運べばいいですか? 彼氏が待ってるんですか?


「あたしを、ここから連れ出して?」

「へ?」

「だから、行きましょう」


 彼女、細い手で僕の二の腕を掴むと、強引に出口に向かった。


「ツカサさん!」


 背後から男の声がした。


「お願い、いそいで。あの男がしつこくて」


 彼女は体をぴったりつけて、僕の耳元で囁いた。


「走って!」


 彼女の甘い息が耳にかかる。

 僕は引きずられるように走った。隣でリズムをもってコッコッコッと響くハイヒールの音がかっこよくて。


 会場となったホテルを出て、僕たちは右手をあげて車を止めながら車道をつっきり、みなとみらい大橋をわたってコスモロック21まで走った。


 まるで映画のワンシーンみたいだって思う。


 このパークは子どもの頃以来、一度も来たことがなかった。


 生まれてからこの方、僕はモテたことがないって、モテようもなかったし。こいつには勝てるだろうって思ったメガネにも先を越された。そんな僕にとって、こうしたキラキラパークって、ちょっと辛いものがあったんだ。


「アオイさんて、素敵ね」と、彼女は言った。

「あ、あの」

「助かったわ、私、詞青衣ツカサアオイって言うの」

「え? アオイ…、さん?」

「そう、あなたの苗字と私の名前が一緒なの。だから、びっくりして。後でお声かけしようって思っていたの」


 会場には50人ほどの男女がいた。僕は名簿をみていなかったし、それに、トークタイムの3分づつで全員と話したはずだけど、僕はずっとテンパってたし、彼女の記憶がなかった。


 でも、名前が僕の苗字なんて、本当にびっくりした。ちょっと運命的なものを感じたんだよ。


 僕は婚活パーティっていう完璧な異世界に転生して、いきなりチートしたって、そんな気分になった。

 でね、つい言ってしまったんだ。


「姫」って。

「姫?」

「あ、いえ、ツカサさん。あ、あの、変な男が来たら、ぼ、僕が守りますから」

 

 頬が熱い。普段の僕なら、こんなナイトみたいな言動はありえないのに、自然に口についてでた。


「ほんと?」


 彼女は手に持ったワイングラスを気づいて、笑いながらこう言った。


「あら、持ってきちゃった」って。


 な、なんてかわいいんだろう!!


 ピンク系のほどよく胸の開いたドレスがふわふわと風になびいて、大観覧車が彼女の背後で20時って告げて、僕は夢のなかみたいに空を走っていた。


 その夜、僕はツカサさんの打ち明け話を聞き、遅くまで恋人のようにベンチで過ごしたんだ。


 ほら、知ってる人もいるだろう?


 あの場所って、海にむかう入江にはボートが浮かび、夜になると正面のホテルやモールがイルミネーションで輝いて、それはロマンチックな場所だ。


 僕はそこで彼女の語る身の上話に、ずっと耳を傾けた。


 彼女、外見の美しさからは考えられないほど苦労していた。


 父親は子どもの頃に家出して行方知れず、ずっと育ててくれた母親が病気で、彼女ひとりで幼い弟や妹の面倒を見てきたんだよ。


 そんな打ち明け話を聴きながら、

 かわいそうなツカサさんには悪いと思ったが、この素晴らしい夜がずっと続けばいいって夢見た。別れがたくて、でも、時間は過ぎていくし。だから、「また明日、会ってくださる?」と、彼女に言われたときは信じられなかった。


 僕とツカサさんは翌日、会社帰りに、デ…、あっ、デートって言ってもいいのか?


 デ、デートって。

 まだ、こくってもないけど。


 また、同じ場所で会うことになったんだ。


(つづく)

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