モンスター募集中

富山 大

第一章 バイト先はダンジョン!?

第1話


 サメだ⋯⋯。



 何がって?

 オレがサメだ。

 って、これじゃ何のことか分かんねえか。

 オレがサメの格好をして、こんな所に一人でいるのには、当然だが理由がある。


 こんな所って、どんなとこだって?


 森だよ、森。

 鬱蒼うっそうと樹々の生い茂った暗い夜の山の中に、ポツンと一人たたずんでるのよ、オレは。

 途方に暮れながらな。

 なに?

 状況は分かったから、理由を説明しろだって!?

 分かったよ。


 学園の学生寮で一人暮らしをしてるオレは、この一週間ほど大慌てで仕事を探してた。

 と、いうのも元服げんぷくをした男子は、その年の内に一人暮らしを始めるってのが、我が家の家訓でね。

 オレの父ちゃんも、祖父じいちゃんも、曾祖父ひいじいちゃんも、曾々祖父ひいひいじいちゃんも、その家訓に従って来た。

 オレもそう。

 で、高等部に入学した途端に、学生寮に叩き込まれて、学費と寮の家賃は出してやる。

 残りの生活費は自分で工面くめんしろって言い渡されたのよ。

 酷え話しだろう。

 無論、オレは抗議こうぎした。

 今時、元服ってなんだよ。

 せめて小遣いぐらいよこしやがれってな。

 しかし、抗議は却下された。

 父ちゃんも経験してるし、祖父ちゃん経験してるからだ。


 そこで日々の扶持ぶちやゲーム代やらを、バイトで賄ってたんだけど。 

 運が悪い事に、不況の煽りをモロに食らってバイト先が倒産しちまった。

 さらに運が悪い事に、倒産した日が給料日の直前で。

 なおさら運が悪い事に、社長が社員の給料を持ってどっかにトンズラしちまったって事だ。


 お陰で、この一週間。


 オレが口にしたものといえば、水と、クラスメートがお情けでくれた弁当の残りと、空気だけだったりする。

 だから、とにかく、どんな内容の仕事でもいいから、仕事を見つける事が、オレの緊急課題だったのよ。

 そこで見つけたのがこれ。

 それが、まさか、こんなマヌケな顔したサメのマスクを頭にかぶされ、山奥に一人で放置されるなんて思ってもみなかった。


 まさか、ここ、心霊スポットじゃないよな!?


 オレはビクビクしながら、周りを見渡した。

 最初から変だとは思ってたんだよ。

 求人欄には『モンスター募集中』って書かれてた。

 モンスターって、いったいどんな仕事なんだ?

 イベント関係の怪獣役かなんかなのか!?

 面接を受けてる最中も、特に仕事内容を説明してくれなかった。

 こっちが既に全て承知しょうちしてるものとして話が進み、オレがちょっとした質問をしようものなら。

『アナタ、本当にモンスターよね?』と逆に質問を返される始末だ。

 それがどういう意味なのか聞き返せなかったのは、面接官のお姉さんが、ちょっと恐い顔をしてたからだ。

 なんだ、そんな理由だって?

 彼女の顔を見てないから、そんなことが言えるんだ。


 面接官のお姉さんの顔。

 そのなかでも特に眼が怖い。

 白眼と黒眼が反転したような、あの眼。

 ありゃ多分、眼球にタトゥーを入れてんだな。

 眼球だぞ、眼球。

 もう想像するだけで背中がゾワゾワする。

 目ん玉に刺青イレズミする人がいるのはネットやなんやで知ってたけど、実際に眼にするとは思ってもみなかった。

 その時点で逃げ出すべきだと思ったよ。

 だけど逃げ出す訳にゃいかなかった。


 オレは、どーしても、この仕事欲しかったからだ。

 と、いうのも、この仕事。

 三食つきなのよ。

 三食。

 それも食い放題で、社員食堂は二十四時間開放されてるときた。

 つまり腹が減ったら、いつでも食いに行けるのよ

 昨今、コンビニもファミレスも二十四時間営業をやめようとしてるのに、この時代に逆行したサービス精神はどうよ。

 育ち盛りの貧乏学生のオレに取って、三食つきのバイトはデカい。

 だから、どんな変な質問をされても『ハイ、ハイ、ハイ』と、元気よく答えて、めでたく採用となった訳だ。 

 で、社員食堂で腹いっぱい飯を喰わせてもらい。

 面接官のお姉さんに、このサメのかぶり物を渡されて、ここまで連れて来られたって訳だ。

 以上、説明終了!!


 しっかし。

 なんなんだろ、ここ?

 森だよな!?

 地面の土を爪先でほじくり返しながら深く息を吸った。

 大気には、濃い緑と土の臭いがする。

 でも、空は無い。

 いやあるんだけど、なんというか雲も浮かんで無いし、星明かりも月明かりもない。

 よ~く、眼を細めて見ると、なんだか巨大なドーム屋根のような物かが、空を覆ってるのが判る。

 高さは何メートルあるのか?

 百メートル?

 いや二百メートルはあるかな。

 どんな技術で作られたのか、人工の森だ。

 いやジオフロントかな?

 外見はちっちゃい雑居ビルなのに、内側はすっごい広いのな。

 面接官のお姉さんは、何て言ってたっけ、

『アナタには、今から、ここに侵入して来る人間を撃退げきたいして頂きます。方法は自由です。腕力に訴えてもいい。魔法を使ってもいい。話し合いで解決してもいい。とにかくやり方は自由なので侵入者を撃退すること。これが重要です』

 と、白目と黒目が逆転した奇妙な光らせながら、オレを見た。


 それにしても話し合いで解決する。

 腕力に訴えるっては理解できるけど、魔法を使うってのはなんなんだ?

 魔法なんて、この世にある訳ないじゃんか。

 なに言ってんだろ、あの人。

 見た目が変な人は、口にすることもエキセントリックだよな。

 なんだ!?

 話し声がするぞ。

 オレが立ってる道の向こう側から数人の話し声がした。

 まさか幽霊じゃねえよな?

 幽霊はマジ勘弁してくれよ。

 あ、ゾンビも無理。

 出て来るなら人だぞ、人、人にしてくれ。

 あと犬ならギリオッケー。

 でも、人面犬はなし。

 オレはサメのマスクを微調整して視界をクリアーにすると、そっと近寄って樹の陰から覗き込んだ。


 なんだありゃ?

 オレもサメのかぶり物なんて、たいがい変な格好してるけど、向こうもいい加減ヘンな格好してた。

 西洋の甲冑かっちゅうを着た騎士みたいなのが居る。

 棍棒こんぼうみたいなゴツい杖を持った魔法使いなのかなんなのか、なんとなくロード・オブ・ザ・リングのガンダルフに似たヤツと。

 なんだか良く解らない格好をした薄っ汚い男に、金髪でグリーンのをした耳の長い女の子。

 それに妙に大人びた感じの子供の五人組みだ。

 パチモンガンダルフ以外の四人は、腰や背に剣かナイフを装備してやがる。

 なんのコスプレだこりゃ?

 そいつらがワイワイガヤガヤしゃべくりながら、こっちに向かって来る。

 こいつらを止めるの?

 オレが?


 ⋯


 ⋯⋯


 ⋯⋯⋯


 腕力に訴えかけるのは、無しだよな。

 オレが殴るとへたすりゃ相手が死んじまう。

 それに向こうにゃ女もいれば子供もいる。

 年寄りもだ。

 そもそも五対一じゃ勝負にならんか。

 じゃあ魔法か?

 オレは頬を歪めて苦笑を浮かべた。

 バカバカしい。

 ゲームじゃねえんだから。

 この世に存在しないもんを、どう使えってんだか。

 つまり話し合いで解決するしかないって事になる。

「あの~、すみません」

 オレは物陰から姿を出して、極力穏便に声を掛けた。



 ♠

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