第2話 過去の夢
夢を見た。
田んぼのあぜ道を歩いている。ぐにゅ、と嫌な感触がして靴の裏を見る。潰れたカエルだった。小学校のころ、お尻に爆竹を詰めて破裂させたカエル。
あぜ道を歩いていたはずなのに、東京の俺の住む街に景色が変わっている。バイトに行く途中の道に、ホームレスのおじさんが座っている。100円玉がポケットにあった。おじさんの隣に置いてある箱を狙って投げたら、外しておじさんの顔に当たった。
「すみません。」と謝ったのに、おじさんは怖い目で俺を睨む。(謝ったじゃんか。)とムッとする。いつもバイトの通り道で見かけていたおじさんだ。かわいそうだなと思いつつ、朝から暗い気持ちになるのでどっか行って欲しいと思っていた。そのおじさんは、秋が終わる頃にいなくなっていたことを思い出す。
知らないうちに、俺はライブハウスにいる。定期的に演奏していたライブハウス。楽屋に行くと、先客がいた。顔に見覚えがあった。テトロイドキンクとかいうわけのわからない名前のバンドの連中だ。大して上手くもなく、どっかで聞いたことのあるようなオリジナリティーのない音楽しかやらないのに、今度メジャーデビューすると聞いた。
ボーカルの顔が、いつの間にか
「ビッグ・チャンスだと思うよ。」と淳が言う。
なんの会話をしていたんだっけ? そうだ。テトロイドキンクの前座として全国ツアーに参加しないかとオファーが来たんだった。俺は、全力で拒否した。あんな、ビッグ・バンドのコピーみたいな音楽しかやらない連中の前座だなんて。
「今、どんどん人気が上がってるバンドだし。メジャー・デビューするそうだし。それに、客層とか音楽の方向性も、そんなに違わないし。」
そう言う淳の胸ぐらを
「全然違うだろ!」
淳は怒らない。胸ぐらを掴まれたまま、かわいそうな子供を見るような目で俺を見る。
夢の中で俺は思い出す。俺のバンドはあのあと解散した。
大学生のときに俺が結成したバンド。大学卒業しても就職せず、8年間も俺の全てを注いだバンド。音楽も歌詞も全部俺が書いた。「俺のバンド」だと思っていたのに、俺以外のメンバーでバンドは速やかに再結成された。バンド名もそのままで、ギタリストだけが違う人間になった。少数のファン以外は誰も気付かなかった。
もう「俺のバンド」じゃなくなってしまったバンドは、テトロイドキンクの前座をやって注目され、インディーズ・ミュージック専門のサイトなんかでも取り上げられるようになった。
俺は淳の胸ぐらから手を放してドアのほうへ向かう。もう終わったことなのに、今でも思い出すと胸が痛くなる。ドアを開けると、そこは俺のアパートだった。
ヒュンッと背後から灰皿が飛んで来て、俺の頭の真横を通って壁にドゴっと当たった。100円で買えそうな、ちゃちい灰色の丸い灰皿。それでも、あの速さで頭にヒットしたら死んでしまいそうだ。
俺は、灰皿の来た方を見るために振り返った。
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