第4話ヴァレンティア辺境伯ユーセフ卿

「動くな、腐れ外道!」


 私を殺すためにあらかじめ配置されていた近衛騎士が、裂帛の気合が込められた静止の言葉に、金縛りにあったように動きを止めた。

 ヴァレンティア辺境伯ユーセフ卿が、金色の瞳に激烈な怒りと蔑みを宿し、この幼稚極まる策謀を行った、王太子達を睨みつけています。

 聖女の力を宿した私ですら、動く事ができないほどの視線の強さです。


「偽聖女、よくもそのような恥知らずな冤罪をかぶせようとする。

 それで王侯貴族の地位を振りかざすとは、この国の仁道も地に落ちたな。

 いや、最初からこの国には、仁・義・礼・智・信・勇・忠・孝・悌・和の何一つもなかったな。

 よく聞け、恥知らず共。

 もしカリーヌ嬢が偽物だというのなら、何故今奇跡の力が使えた。

 不貞を行って神の怒りを買ったのなら、神の奇跡が行えるはずがない。

 今奇跡が行えた言う事自体、聖女である動かし難い証拠だ。

 その聖女に冤罪をかぶせて殺そうとする、恥を知れ、恥を!」


「ひぃいいいい、くるな、くるな、くるな、余はエリルスワン公爵だぞ」

「ヒィィ、いや、いや、いや、こないで、こないで、こないで」

「……」


 父のエリルスワン公爵が、ユーセフ卿の視線に恐怖して、腰を抜かしています。

 分不相応な尊称を自称しながら、ズリズリと後ろに下がります。

 姉のオレリアも同じように、腰を抜かしてズリさがっています。

 でも一番情けないのは王太子で、ユーセフ卿の視線を受けて、恐怖のあまり気絶してしまいましたす

 しかも周囲に黄色い水分が広がり、強烈な臭気まで漂います。

 王太子ともあろう者が、睨まれただけで失禁脱糞するなど、情けなさすぎます。


「聖女カリーヌ様、このような腐りきった国は、貴女様に相応しくありません。

 私が治めるヴァレンティア辺境伯領は、何もない田舎ではありますが、将兵は気高く民は心優しく善良でございます、どうか我が領地に来てください」


「ありがとうございます、ヴァレンティア辺境伯ユーセフ卿。

 厚かましいことではありますが、お世話になります。

 今日から私はマライーニ王国の聖女ではなく、ヴァレンティア辺境伯領の聖女にならせていただきます」


 もう、決断する時なのでしょう。

 この国や公爵領の貧しい民の事を想い、今日まで我慢してきました。

 でも、このままでは、王太子や父姉に殺されてしまいます。

 私が彼らに殺されてしまったら、神々の怒りがこの国を焼き尽してしまいます。

 飢えや悪政に苦しめられるだけでは済まなくなります。

 ここは生き残る事を優先しなければいけません。

 それに、広大な未開地を有するヴァレンティア辺境伯なら、マライーニ王国を逃げてくる民を受け入れる事ができるでしょう。

 

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