第2話婚約破棄処刑

 王族の入室にあわせて、宮廷楽士が一斉に音楽を奏で始める。

 王族の威厳を高めるために、荘厳な曲を選び、格調高く奏でる。

 こういう場所に慣れない者なら、音楽だけで威圧され畏怖を感じるだろう。

 それくらい鍛え抜かれた技を持つ楽士たちだったが、それでも限界がある。

 泥酔した王太子殿下の無様な姿までは誤魔化せない。

 それは照明係も同じで、必死で光の当て方を調整しても誤魔化しきれない。


「エリルスワン公爵家当主ボドワン卿、エリルスワン公爵家長女オレリア嬢ご入場」


 一瞬で血の気が引きました、陥れられたと理解したからです。

 父上は急病と称して、今日の晴れの舞台を欠席させてもらうと、王家王国に正式な報告をすませていたはずなのです。

 その理由は、どうしようもない姉の醜聞でした。

 姉はとても淫乱で、今まで何度も相手の分からない子供を身籠っていたのです。

 今回も姉は、領地で密かに子供を堕胎しなければならず、父上も領地に残っているはずなのです。


「これは、ただでは済まないようですね、逃げる準備をしていてください」


 私はハッとして、ヴァレンティア辺境伯の顔をマジマジと見つめてしまいました。

 そこには慈愛の籠った微笑が浮かべられていました。

 その顔を見た途端、無意識に握りしめていた拳から力が抜けました。

 あまりに強く握りしめていたのでしょう、爪が手のひらに喰い込んでいたようで、わずかではありますが血がにじんでいます。


 今まで静かだった会場に、ざわめきが広がっていきます。

 荘厳だった雰囲気が、生々しい現実の宮廷闘争の色合に変わりました。

 それもそうでしょう、王太子の正妃になるはずだった、聖女の私が会場の一角に独りで立ち、私の姉が王族と同じ壇上に父親と一緒に立っているのです。

 しかも、姉のお腹は、誰の目にも妊娠が明らかなふくらみがあるのです。

 多くの貴族が、何度も私と姉の間に視線を動かします。


「さて、ここで大切な発表がある。

 王家王国の命運にかかわるとても重大な内容だ、決して聞き逃すな。

 それに、これはすでに王家で決定された事だから、異論は一切許さん、いいな」


 酔いの回っているのが明らかな、威厳も何もない話し方で王太子が言い放つ。

 だいたい何を言うのか想像がつきますが、聞くのも耳の穢れになりそうです。

 このまま何も聞かずに会場から出ようかとも思いましたが、それでは負けたような気がしましたので、この場に踏みとどまって最後まで聞くことにしました。


「本来この場は、余とエリルスワン公爵家次女カリーヌ嬢の結婚発表の場であった。

 だが、エリルスワン公爵とオレリア嬢から、カリーヌ嬢に許し難い醜聞があるという報告と、結婚を辞退したいという申し入れがあった。

 王家王国としても慎重に調査したが、残念ながらそれは真実だと判明した。

 エリルスワン公爵家次女カリーヌ、聖女の名を騙る恥知らず。

 ジプシーとの間に不貞の子を宿した阿婆擦れ!

 品性下劣なお前との婚約を破棄し、斬首の刑とする!」

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