2年前・不穏な真実①



「素晴らしすぎるわ……」


 入学式や自己紹介を終え、学園寮へ向かいながらそう感嘆を漏らす。


 学園へ向かうまでの不安な気持ちはまだ拭えていないけれど、魔法学園の素晴らしさにそれも幾分か薄れていた。


 王都も魔法都市と言われるくらい魔法が栄えた街ではあるけれど、学園はそれとは比べ物にならなかった。ありとあらゆるものが、魔法で作用しているのだ。


 隣を歩くエディも感動した様子で頷いた。


「魔法学園の入学式はすごいと聞いてたけど、想像以上だった! 不意に暗くなったと思ったらホールの天井が夜空になって、星がキラキラ流れて弾けて……夢のようだったよ」

「あれは全部、在校生の発案なのよね? 来年は私たちがあの演出を考えると思ったらワクワクするわ。あんな風に使えるようになるのかしら」

「ジョゼフたちに詳しい話を聞こうよ。この後、会うんだっけ?」

「寮の談話室Bに来て欲しいと言われてるわ。談話室は男女で分かれてなくてびっくりした」

「談話室は男女共用らしいね。その先が別々みたい。談話室も20個くらい個室があるって聞いたよ。学生で企画することが多いからいつでも会議ができるように設けられてるらしい」


 実力主義らしい考え方だなと思った。先生抜きで、生徒のみで考えるなんて、他の学校じゃなかなか考えられない。


「ナタリー、大丈夫? ジョゼフと会うの、緊張しない?」

「だ、大丈夫よ。弱気な顔は見せられないもの」

「もし本当に別の女の子に現を抜かしているなんて惚けた理由だったら、僕が殴ってやるからね」

「まあ、次期魔導騎士団長に殴っていただけるなんて光栄すぎるわ」

「任せておいて」


 エディなりの慰めが嬉しくて少し優しい気持ちになる。


 きっと、大丈夫だ。きっと、くだらない理由。心配なんて、しなくても大丈夫。そうポジティブに考えていた私を裏切るように、談話室Bにジョゼフの姿はなかった。


「ジョゼフは……?」

「端的に言えば、来ないよ」


 レオが緊張をにじませた声で言って、ドアを閉める。さっきまで笑っていたエディの表情にも不安が浮かぶ。何せ、レオの持つ空気が重すぎるのだ。まるで今から、とんでもなくシリアスな話をするとでも言いたげな空気だ。


「ほ、他に用事があったの?」

「いや」

「わ、私に会いたくなかった?」

「そうじゃない」

「じゃあ、どうして……」

「ナタリー、俺は本当に、このことを、君に言いたくなかった」


 なぜだか、レオが泣きそうな顔をする。いつも軽快な口調なくせに、丁寧に言葉を区切って、まるでそうでもしないと泣きそうだと言わんばかりに。


「レオ、どうしたの? あなたらしくないわ。もしかして何かの悪戯でも……」

「俺が今から話すことは、真実だ。俺も信じたくないし、どうか夢であってくれと今日まで願い続けたけど、無理だった」

「……ジョゼフに、何かあった?」


 エディの静かな問いかけに、レオが頷く。そして覚悟を決めたように私を見つめた。


「——今のジョゼフには、ナタリーの記憶がない」


 一体どういうことか理解できない。


 言葉のみ頭の中に残って、それがどういうことなのか、噛み砕くことができない。ふっと力が抜けて、視界が揺らぐ。


「ナタリー!!」


 倒れる既のところでレオに抱きとめられ、彼の顔を見上げる。見たことがないくらい不安そうで、切なげで、苦しそうな彼の表情に、「冗談でしょ?」「嘘に決まってる」「ふざけたこと言わないで」なんて言葉、口にもできない。


『ジョゼフに、私の記憶がない』


 意味がわからない。けれど、それが事実なのだと嫌なくらいレオの瞳が物語っている。言葉を発せようとするけれど、口を開いても吐息しか落ちない。そんな私に、さらにレオは苦しげに眉をひそめた。


「レオ……どうして、そんな大事なこと、僕たちにずっと黙っていたんだ……?」

「すまない。本当は何度も言おうとした。けど、言えなかった。こんな残酷なこと、あるはずがないと、どうにかお前らが入学するまでに解決しようとした。けど、ダメだった。俺には、どうすることもできなかった」


 レオが優しく私を椅子へ座らせる。何度か深呼吸して、ゆっくりと息を吐き出した。


「私の、記憶、だけ?」


 掠れ混じりの私の声に、レオが頷く。


「ナタリーだけだ。他のことは全て覚えている。最初は些細なことだったんだ、俺とジョゼフの記憶が食い違うことがあって、でも少しずつ、ナタリーのことを思い出せなくなって、あいつも苦悩してた。けど、冬になって、ついには全部、忘れてしまった」

「っ……」

「わけがわからなかった。調べてもらったが、病気でもないし呪いでもない。何度植えつけても、なぜかナタリーの記憶だけが、消えていく」


 理解したくないのに、少しずつ状況が頭に入ってくる。


 けれどこんなの、絶望的だ。私のこと、忘れてしまっているなんて。一緒に何度もティータイムをしたことも、初めて頰にキスをしてくれたこと、そして最後のお別れの夜に交わした初めてのキスも。彼からは失われ、私だけの記憶になってしまったのだ。


(こんなことって……)


 絶望で、体が重い。気を抜くと、その場にもう一度倒れこみそうだった。倒れ込んでそのまま床に溶けるようにして消えてしまいたい。こんなに辛く苦しい心臓、どこかへやってしまいたい。


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