天秤の左右

芦原マリン

プロローグ

 プロローグ


 神は、まず、世界を創った。時間と、空間。それらの座標の中に、神は、数多の星を生み出した。その内のいくつかに、生命体を生み出した。彼らは初め、黙々と繁殖のみを繰り返す、下等な生命体だった。次の命を生み出すと、彼らはすぐに消滅した。

 それを退屈に思ったのか、神は、彼らに永遠の命を与えた。するとその生命体たちは、延々と、それこそネズミ算式に増殖していった。

 彼らは、瞬く間に星を覆いつくし、やがてその星は、生命の多さに負け、すぐに限界を迎えた。神は時を巻き戻してそれを消すと、再び生命体を与えた。今度は、知恵、意志、そして感情を生命体に与えた。これにより、彼らは自己を持った。知恵でもって、過度な感情を抑制し、適切に保つ。意志によって、生命は自らの行動を決定する。そして、その指示を出すのは、やはり知恵だ。

 神は、それらに満足すると、この試験的生命体を「ニンゲン」と名付け、それからニンゲンの営みを観察することにした。

 ニンゲンは、初めは神の思った通りに動いた。適度に増殖し、彼らは空間の中に広がって行った。知恵を吸収し、意志で自らを律し、時折感情に任せて、誰かを想い、そして、子孫を残す。

 しかし、知恵の反動か、各々のニンゲンは、各々の利益を、つまり広い土地を追求するようになり、相互に傷付けることを厭わなくなっていった。神は、これに腹を立て、それからどうすればいいのかと考え、そして気付いた。

 終わりがあれば、人は、命のありがたみに気付けるであろう。あって当たり前だからこそ、傷付ける。当たり前でなければ、終わりがあれば、相互に思いやるという新たな「感情」が芽生えるであろう。

 神は、再び生と死の概念を与えた。傷付ければ死に、年老いても死ぬ。その時、ニンゲンは命のありがたみに気付き、互いに傷付けあうことをやめたという。

 それに満足した神は、生と死の全てを司る神を生み出した。最初の失敗も、これで解決できると思ったのだ。増え過ぎて、どうにもならなくなれば減らす。減り過ぎて危険な水域になれば、増やす。彼らを天秤に置き、釣り合いをとらせる。生と死がいずれかに傾いた時、釣り合いを保つべくそれらが起こる。

 最初の神は、自らのアイデアに満足し、それからその傾向を受け継いだ数多の生き物を生み出した。同じばかりではつまらない。多くの種類がいればいる程、世界は面白いものになっていった。

 違う種族同士は、互いに食す。そうすることで、自律的に釣り合いを保つシステムを生み出し、神はそれを生態系と呼んだ。それに干渉することは基本的に避け、生き物たちがするに任せていた。初めに創ったが故に非力であったニンゲンは、次第に思いやりを他者との社会性に、知恵を技術へと発展させ、意志を社会性のための自律のための礎とするべく進化していった。

 その結果ニンゲン――人間は、他の生命とは比べるべくもない程の力を手に入れ、食物連鎖から外れた存在へとなっていく。

 その釣り合いを保つべくか、彼らは社会性から弾き出された仲間を殺した。そうやって、釣り合いは保たれて来た。


 今、その釣り合いが崩されようとしている。その時に起こることがなんなのか、人間たちには知る由もない。

 ――ほんの数人の人間たちを除いて、この事実を掴んでいるものはいなかった。

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