居候の訳アリ女子高生アイドル
大晦日。さすがに家族全員が揃った夕飯時、母さんと姉さんから今度は僕が袋叩きに遭っていた。お前のすることは無茶苦茶で、結果的にはなんとかなったものの、その向こう見ずの性格を直せ、と。散々怒られた挙句、お酒の酌をするはめに。そんな僕を見てミツキは笑っていた。酔っぱらった姉さんと母さんはミツキに絡んで、早くお酒が飲める年齢になりなさい、なんて。後三年もすれば嫌でもそうなるのに。
「ミツキちゃんは、
ダイニングテーブルで向かいに座るミツキに
そうか、僕次第なのか、なんて。紅白歌合戦を映したテレビの前のソファに横たわる父さんを横目に、僕は嘆息した。残された試練は手術のみ。これに尽きる。
「母さんはさ、ミツキちゃんが本当の娘になること、正直どう思っているの? だって、花山さんに言われて渋々受け入れたんでしょ?」
ビールを片手に横に座る母さんに
「そうね。ミツキちゃんと会う前は仕方ないか、なんて思っていたわよ。でも、ミツキちゃんの目を見たら、この子は芯がしっかりしているって。可愛くなっちゃってね。話してみれば、春夜に似ているじゃない。だから、子供が三人になったみたいで、今となっては本当の家族よ」
「わたしがシュン君に似ているのですか……?」
どこが似ているのか、と思ったけど、言われてみれば似ているのかも。キレると突っ走る性格とか。
「そうね。シュンとミツキちゃんは似ているわね。ミツキちゃんが来てから四日目くらいだったかな。帰ってきたら、ちゃっかりソファで二人して身を寄せ合って寝ていて。もう寝顔が笑っちゃうくらいそっくり。でも、ミツキちゃんのことをシュンが受け入れたのは少しびっくりしたけどね」
隣に座るミツキを見ると、ミツキもこちらを向いていて。目が合って思わず
「お母さんはね、元気な身体で春夜を生んであげることができなかったけど、心は強く育てたつもりなの。心の表面は弱くても、芯は強い子でしょ。ミツキちゃん」
「……はい。本当に。何度、諦めないシュン君に助けられたか」
「ミツキちゃんもね。お母さんにきっと、同じように育てられたのね。あなたのような子が家族になるなら、わたしは大歓迎よ。ミツキちゃん、これからも春夜をよろしくお願いね」
「母さん、なにしみじみしちゃっているんだよ。まだ高校生だよ僕たち」
そうね、なんて言う母さんは、急須からお茶注いだ茶わんを二つ居間に持っていくと、いびきをかいている父さんを起こした。手渡された茶わんに、熱いよこれ、と言って父さんは起き上がる。夫婦そろって
僕もミツキとあんな風に毎日を過ごす未来は、どれほど幸せななんだろうな、なんて思うと少し優しい気持ちになれた。
「あ、そろそろね。身体が大丈夫なら行ってきなさい。ちゃんと祈れば、きっと願いは聞き入れてくれるから」
母さんが時計を見て僕に勧める。何のことか分からないミツキは、
「
「わたしも行っていい?」
「むしろ、ミツキが一緒じゃないと行けないかも」
「うん! でも、寒いから……シュン君大丈夫かな?」
「あったかくして行けば大丈夫だと思うよ」
準備してくるね、と言って離れに戻るミツキを目で追う母さんが言う。ミツキちゃんも引っ越しかな、なんて。引っ越しってどういうことだよ。さっきまで大歓迎って言っていたじゃない。まさか、ミツキがいないところでは、悪口を言い始めたりして。なんて性格が悪い。これが大人になるってことなら僕はなりたくない!
「母さん、どういう意味だよ。まさか、やっぱり東京に帰れ、なんて言うんじゃ?」
「違うわよ。離れに一人で置いておくなんて可哀そうでしょう。ほら、春夜の部屋のとなりが開いているから、本人がよければ入れてあげなさい。ねえ、
「あたしも良いと思うよ。シュンが引っ越し手伝うならね」
なんだ、そういうことか、と僕は納得した。よほどミツキのことが可愛いんだろうな。母さんも姉さんも。それにしても、ミツキはどういう反応するのかな。
★☆☆
今年も残すところあと一〇分。
「元朝参りって、毎年行ってるの?」
「うん。一応。姉さんと母さんも去年は行ったんだけどね。まさかの元朝参りで二人とも顔バレして、来年は行かないって、帰り道で言ってたから」
「わたし達は大丈夫かな」
「いや、もうツイーター見る限り、公然と付き合っていることがバレているから、いいんじゃないかな。もう、隠しても無駄だし」
「それもそうか。なんだか、開き直ると強いね」
確かに、なんて言って、急な階段を登る。これが結構きつい。階段の上に鎮座する神様は元旦早々、僕に試練を与えてくるみたい。でも、きっと、それも今年で最後になるのかな。来年は元気に登れるはず。うん。そうだといいな。
「シュン君、大丈夫? ゆっくりでいいからね」
「うん。ありがとう」
ようやく登りきった頃には、遠くで除夜の鐘が鳴り響いて、スマホの通知がハッピーニューイヤーとアケオメで溢れかえる。あけましておめでとうございます、という町内会のおじさんとおばさんたちが、甘酒の入った紙コップをくれた。
「シュン君、あけましておめでとうございます。今年も、
「ふ、不束者って。ミツキ、あけましておめでようございます。今年も、軟弱者ですがよろしくお願いします」
「今年は、軟弱者から脱却できるから大丈夫だよ」
————ミツキとずっと一緒にいられますように。
「シュン君はなにをお願いしたの?」
「え。ミツキから教えてよ」
「え~~~~。恥ずかしいよ」
「恥ずかしい願い事なの?」
「シュン君とずっと一緒にいられますように、って」
「やっぱり。全然恥ずかしくないじゃない。僕も同じだから。ミツキとずっと一緒にいられますようにって」
駄目じゃない、シュン君は身体のことお願いしなくちゃ、と言ったミツキの頬は
「あ、そうだ。ミツキ、今年は引っ越しね」
「————え?」
「だから、引っ越し」
「…………なんで——わたし追い出されちゃうの?」
かわいい子には意地悪したくなってしまう。だって、眉尻を下げる表情も可愛いから。そして、悲しい表情からぱっと明るくなる時のミツキの顔は、抱きしめたくなるくらい愛おしい。いや、愛おしいのはどの表情でも変わらないのだけど。
「うん。離れから出て行って欲しい」
「……ひどい。シュン君それ本気なの?」
「僕の部屋の隣が空いているから、引っ越したらって母さんが」
「————ほんとに!?」
「うん。離れで一人寂しく生活するのは可哀そうって」
「嬉しい……すごく嬉しいの」
そんなミツキの表情と
階段を下りながら、握ったミツキの手をMA-1のポケットに入れて、その手をくすぐると、ミツキも僕の手をくすぐり返す。そんなにわたしに相手して欲しいの、なんて言って。足がもつれないように、気を付けながら一歩一歩下っていく。冷たい風に
「今年一番のキスだね」
「今年一番だね。今年のファーストキス。そういえば、ミツキのファーストキスって」
「うん。初恋の人」
「初恋の人かぁ。なんだか甘酸っぱいね」
「え? 甘々だけど?」
「は? あれ?」
「シュン君に決まっているじゃない。桜の木の下で。まさか忘れちゃったの?」
「いや、その。前の日あたりにキスしてって言っていたから、慣れているのかな、なんて勝手に思ってた……」
また立ち止まるミツキがそっと僕に重ねた唇は、冷たくてまるで氷菓のよう。
「元旦から、なんだか温かいね」
「うん。今年は良い年になりそうだね、ミツキ」
☆★☆
元旦早々、ミツキの引っ越しが始まった。二日酔いで寝ている母さんと姉さんを尻目に、父さんも駆り出されて運び出される荷物は思ったよりも少なくて、あっけなく僕の部屋のとなりに収まっていく。元々荷物が少ないミツキの引っ越しは、ものの一時間程度で終わってしまったのだから、覚悟をしていた父さんが呆気に取られるのも当然だと思う。
「あんたら、朝から元気だね。あたしはこんなに頭がガンガンするのに」
アスカさん水です、と言ってコップを手渡すミツキの頭を撫でる姉さんは、どう見ても病人だ。それもそのはずで、朝方四時まで母さんとワインの飲み比べをしていたのだから、掛ける言葉もない。いい加減寝れば、と僕とミツキが声を掛けても聞かなかったのだから、自業自得というもの。そこまで起きていた僕とミツキもどうかと思うのだけれども。
「シュン君、お部屋がね、ちょっと大変なことになっているから、手伝って」
僕の手を引くミツキに導かれるまま、彼女の部屋に入ると、ソファとテーブルが乱雑に置かれていた。また、離れではシングルベッドに寝ていたミツキにとって、元々備え付けてあるベッドがクイーンサイズだったことも驚愕だったはず。一人で寝るには大きすぎるから。
「このベッド、買ったのはいいけどベッドマットが気に入らないって言って、姉さんがこの部屋に入れたんだよ。で、新しいの買ったくらいにして。全く。だから新品同様なんだ」
「いいのかな。わたしが使っちゃって」
「全然大丈夫だよ。だって、このまま使わないでおくの勿体ないじゃない」
家具の配置を終えた僕とミツキがようやく一息ついてソファに座った頃には、早くも正午になることに気付いた。なんだかんだ言って、三時間近くミツキの部屋を片付けていたことになる。でも、なんだか新生活みたいで嬉しい、なんてミツキは言う。それは、僕も同じようなことを考えていた。元旦からミツキの新生活なんて、喜ばしいことこの上ない。
「シュン君、これからは、広いベッドで一緒に寝られるね」
「………なんか、それはすごく罪悪感が」
母さんも姉さんも、僕を信用してミツキを隣の部屋に招き入れたのに、僕がそんな
お父さんはもう腰が痛くて駄目だ、と言って居間のソファで横たわる父さんは、結局姉さんに起こされて、昼食を作らされる羽目に。二日酔いにはしじみの味噌汁がいいのよ、と命令する姉さんに対して、しじみなんてないよ、と父さんは言う。母さんに関して言えば、未だに起きてこない。お酒を飲めるようになったらミツキもこの二人に混ざるのか。なんてことだ。
「シュン君の家族ってやっぱり大好き。楽しいの」
「変わっているでしょ」
片付いたミツキの部屋は、やっぱりミツキの良い香りが充満していて、自分の部屋にいるときよりも居心地が良かった。それをミツキに言うと、いつまでも居ていいよ、と。
ソファに二人で座って眺めた大正ロマン溢れる家具とランプは、慣れてしまうとなんとも思わない。本棚の収められた心臓病の本は、もうすでに擦り切れている。運び込まれた机の上はまだ片付いていないけど、離れでは、そこに座ったミツキは僕のために勉強をしていたんだな、なんて思うと涙もろくなる。
僕の隣の部屋にいようとも、一秒たりとも離れたくない。
「ねえ。ミツキ。お願いがあるんだ」
「うん? どうしたの?」
やっぱりたまに一緒に眠らせて欲しい。僕が旅立つ日まで。
うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます