プレゼントはわたし?
病院を退院した僕は、もはや
そんな僕の世間の注目に反して、
ちょうど冬休みに入り、学校に行かなくて良くなったミツキがどれほど安堵したか、その表情を見ても明らかだ。家の前まで記者が来ることがないだけまだいい、なんてミツキは言うのだけれど、エゴサーチをしなくても自分の情報を見せつけられるのは、どんなにミツキが
僕が
「ミツキどうしたの、こんなに朝早く」
「あ、もしかして、なにか大事な電話をしてた?」
「いや、大丈夫だよ」
「もしかして、この前の健逸さんて人?」
病院で見られてしまった花山健逸の名前は、スマホの画面に入ったひびのせいでフルネームまでは知られなかった。だけど、健逸というワードは知られてしまった。わたしのお父さんも健逸っていう名前なの、と言ったミツキに父だと気付かれなくてほっとしたのも
「ああ、うん。そう」
「そうなんだ。シュン君、あのね、昨晩、全然眠れなくて」
「ミツキに隠していたことがある。ごめん」
「————なにを?」
花山健逸との約束は破ることになってしまう。いや、約束などしてはいない。だけど、話すことで、もし花山健逸と会いたいなんてミツキが言い出せば、きっとまたトラブルに巻き込まれる。それだけは避けなくてはいけない。
「これから話すことは、ミツキにとってすごくショックなことかもしれないし、気分を害する話かもしれない。それと、僕の言うことは絶対に守ると約束して」
★☆☆
三者面談の日に出会った花山健逸は酷く
「だから、お父さんの件を話せなかったんだ。ごめん」
「……お父さんが。やっぱりお父さんなの?」
「違うよ。お父さんのせいだけど、お父さんも被害者だよ。一番悪いのは、悪事を働いている楠川田だ」
流れ落ちる一筋の涙が伝うミツキの頬は、朝日に照らされてキラキラと。砕かれたダイヤモンドの欠片のように反射する雫を、僕は指で拭った。ごめん、と言って僕はミツキを抱き締める。だけど、抱きしめ返してこないミツキは耳元で呟く。それでわたしが狙われていたのね、と。柔らかいセーターの生地を
「それでミツキにお願いがあるんだ」
「お……ねがい?」
「ミツキの知り合いの著名人を僕に紹介して欲しい。一人の残らずすべて。電話番号でもメールアドレスでも。インストのアカウントでも、ツイーターのアカウントでも構わない。あとは僕がなんとかするから」
顔を上げたミツキは、僕が何か危険なことに足を踏み入れるのではないかと疑ったのだと思う。涙を拭って真剣な眼差しを向けるミツキの瞳は、いつもの硝子玉のような美しさを
「シュン君がなにをしようとしているかは分からないけど、もう関わるのはやめて。被害に遭うのはもう、わたし一人で十分だから。もし、シュン君に何かあったら、わたしは————」
「ミツキ。僕を信じて。こんなこと言いたくないけど、もし僕に何かあったら、僕は死ぬ間際に後悔する。あの時ミツキを救ってあげられなかったって。だから、思うままにさせて欲しい」
「もうッ!! そんなこと言わないでよ!! それにずるい。そんなこと……そ……んなこと……言われたら」
また泣き始めるミツキを
☆★☆
午後になると、ミツキはどうしても買い物に行きたいと言い出して聞かなかった。クリスマスを来週に控えて、買いたいものが山ほどある、と。だけど、このスキャンダルの最中に、僕とミツキがその辺に現れたら、いったいどうなってしまうのか。予想すらつかない。
「大丈夫。変装すればなんとかなるよ。シュン君は身体のこともあるし、休んでいて」
「絶対にだめ。ミツキが行くなら、僕も行く。ミツキに何かあったらどうするの」
もう言い出したら聞かないんだから、と言ったミツキに言葉をそのまま返したい。結局、黒いウィッグを付けて、ショートカットの髪型になったミツキと、ニット帽に大きい黒ぶち眼鏡を掛けさせられて、変装とは言えないのではないかと思う容姿の僕は、バスに揺られてショッピングモールに向かう。
「ねえ、通販で買えば済む話なんじゃないの?」
「そうなんだけど、たまに外の空気を吸わないと精神的にきちゃって」
僕がいてもだめなの、と言った僕は自意識過剰なのだろうか。そういう意味じゃないよ、なんて言うミツキの言いたいことは分かる。だけど、外に出てしまえば、危険性はかなり高い。初デートのようなゾンビの生息地とは違い、きっと、イオンは今頃、死肉を
「ごめんね。ワガママで。でも、どうしても通販じゃなくて現物を見たいの。クリスマスだから」
「もし、ミツキに何かあったら、僕が命に代えても守るから。だから存分に見ていいよ」
なんて僕は言ってみたものの、何も起きないだろうとは思っていた。せいぜい冷たい視線を感じるくらいで、何かの行動を起こすような人柄の人は、この田舎にはいない、はず。
「命に代えなくても大丈夫。シュン君が言うとリアリティがあって、本当に怖いの」
確かに、なんて納得してしまう僕は、少しばかり死に慣れっこになってしまったのかもしれない。自虐的に自分の境遇を口にできるくらいになっているのだから。でも、それがミツキにとって辛いみたい。本気なのか冗談なのか分からない、なんて。それもそうかもしれないな。
バスに揺られて一〇分。まるで荒れ地のように何もない田んぼに挟まれた複合施設は、寒空の下に佇んでいた。巨大な城は相も変わらず駐車場が満車になるほど人気で、家族連れとカップルで賑わいを見せる。たまに男子高生の集団を見るけれど、彼らはゲーセンに行くか、フードコートに意味もなく居座り続ける暇人たち。女子高生は何故か集団では見ない。いても、二人組か三人組くらい。
巨大な扉を潜った先はレストラン街で、ホールのピアノに人だかりができている。ピアニストが奏でるクリスマスソングは定番のマライアキャリー。タップダンスでも披露したくなるような軽快なジャズアレンジのリズムに、子供たちが自然と飛び跳ねていた。僕が将来ダンススタジオでも経営すれば、この子たちは来てくれるかな、なんて話すと、ミツキは大賛成してくれた。
「シュン君が先生だったら、いっぱい生徒が集まるね!」
「そうかな。でも、ミツキがいればきっと集まるよね」
えへへ、なんて笑ったミツキの手を取って、エスカレーターを上がっていく。吹き抜けの天井に感動はしなくなったものの、天然石のアクセサリーショップのガラスウィンドウの中に、ミツキは感嘆の声を上げる。タケノコあるよ、なんて。タケノコと呼ばれた水晶は春から売れることなくずっと置いてあるらしい。五万円という高値で買う人はよほどのタケノコファンだ、とミツキは分析していた。
「シュン君のクリスマスプレゼントがね、悩んじゃって何がいいか分からないの。だから、聞きます。欲しいものある?」
「あ……。もしかして、それで来たの!?」
こくりと頷くミツキは、ショーウィンドウの中の照明に照らされた硝子玉の瞳が、春の時よりも
僕のために生きる、と最近口にするミツキは、自分で自分を重い女と称する。全然そんなことないのに。むしろ、僕がミツキの色に染まっていることにミツキは気付いているのだろうか。彼女のためなら命を落とすことすらいとわない。そう、僕は自虐的でもなんでもない。本気だ。最悪、楠川田を道連れにする覚悟すらある。だから、命に代えてもミツキを救い出してみせる。
「シュン君って、欲しいものとかないんでしょ。物欲がないもんね」
「だって、現状で満足しちゃってるから。ミツキがいてくれればなにもいらないって言ってるでしょ」
「じゃあ、クリスマスプレゼントはわたしでいいわけ?」
「ああ、うん。それがいいかな。最高じゃないそれ」
もう、と言って膨れるミツキは、すごく嬉しそう。横目で僕を見て、しばらくすると
「久々に笑ったぁ。それにしても、困ったなぁ」
「逆に、ミツキは欲しいものないの?」
「シュン君がいい」
「それは無理。だって、僕、箱に入って忘れられるの嫌だもん」
そのネタはもういいよ、と笑うミツキの涙は、悲しみを帯びていない雫。自分が言い出したんじゃない、と言った僕に対してさらにお腹を抱えて笑うミツキは、とても、とても可愛らしい。やはり笑っているミツキの方が遥かにミツキらしい。いつも笑っていられるように早くしてあげないと。
「ああ、
もちろん、と言って僕はミツキの左手を引いた。僕とミツキが歩いていることに気付く人が思った以上におらず、僕は胸を撫でおろしていた。どう考えても、僕とミツキが歩いていれば後ろ指を差されてもおかしくないのだけれども。
雑貨屋に差し掛かった時、目が合った女子高生は、僕を見るなり、あっ、と声を上げた。しかし、それ以上何も言うことがなく、ミツキを一瞥して立ち去る姿は、まるで僕に気を使っているよう。
その女子高生が気になったわけではないのだけれども。なんとなくツイーターをエゴサーチすれば、ハッシュタグとともに添えられた言葉は、シュンさまの最期はそっと二人きりに、と。意味が分からなかったけれど、よくよく見てみれば、僕とミツキが笑いながら歩く姿の写真や、手を繋いでいる
「ねえ、わたしこれ欲しいかも」
手に取った男の子を模したウサギのぬいぐるみを見てそう言うミツキは、もう一つ女の子のウサギのぬいぐるみを手にする。肩越しにそのウサギを見ると、なぜか女の子の方はミツキに似ている。
「ミツキにそっくりだね」
「え? わたしこんな顔してるの!?」
「え。だから欲しいんじゃなくて?」
「違うよ、この男の子がね、シュン君そっくりだから」
え。僕ってそんな間抜けな顔してるの。なんて言うと、ミツキは、うん、なんて。
「冗談だよ。でも、なんか寝ている時のシュン君みたいで可愛いの」
「やっぱり寝顔が間抜けって言ってるじゃん」
「あはは。そんなことないよ」
「でも、僕もそのウサギがいい。ミツキにそっくりだし」
「わたしは、こんな間抜けな顔しないでしょ。え、してる?」
「寝顔がそっくり……」
「もう。寝顔はみんな間抜けなの。いいじゃない。寝顔なんて毎日見てるんだから、それに、たまには間抜けな顔くらいする……よね?」
愛おしそうに抱かれたウサギは、間抜けながらも幸せそうな表情で笑っていて、お互いにそのウサギを買ってクリスマスにプレゼントし合うことになった。
間抜けな顔ができるなら、それでいい。そう思う。悲痛な表情を浮かべてうなされるミツキをもう見たくないから。多分、ミツキも僕に対してそう思っている。
クリスマスプレゼント、大事にするね。
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