番外編:修学旅行【1ST】
ここから三話の修学旅行はメインストーリーから外れています。読み飛ばしても差し支えありません。
ここから↓お話
————————
うちの高校は修学旅行が少し、いや、かなりぶっ飛んでいる。オアフ島に三泊五日で行くのだから、姉さんもびっくりしていた。遊びじゃねえのかよ、とキレるのも仕方ない。いや、そんなこと言われても、と返したけれど。
「うわあああああ。なにこの空!?」
ミツキはこれでも芸能人である。しかもトップアイドル。なのに、ハワイに来たことが一度もないという。いや、ハワイどころか、海外に来たことがないというのだから不思議だ。海外ロケも全部断っていたらしい。そういえば、夏のハワイ旅行も断っていたし。その理由はごく簡単なものだった。
————10時間前。
「ねえ、シュン君。あれに乗るんだよね。ねえ、あんな羽で折れないんだよね。ねえ、シュン君、あの窓割れないんだよね。ねえ、あのエンジンに鳥が入った————」
「ちょ、ちょっとミツキ。絶対に大丈夫だから。だか——」
「ぜ、絶対なんて言葉は存在しないってシュン君前に言っていたじゃないッ! もし、落っこちたら、海に落っこちたらみんな死んじゃうんだよッ!!」
成田空港の税関をやっと抜けて、ベンチに待機させられた僕たちは、窓の外の飛行機を見ていたのだが。ミツキの悲痛な叫び声で完全に注目の的。クラス中の人たちがクスクスと笑う中、ミツキだけがシクシクと泣く始末。これには僕もため息交じりにこう言う他なかった。ミツキ少しは大人になれよ、と。だけど、ミツキは、あんなのに乗るくらいなら子供のままでいたい、なんて。これにはみんな大爆笑。同じ班の
「い、今までさ、ロケとかで海外行ったことなかったの?」
「……わたしが空港で拒否して、ロケ中止になったことならあるよ……」
あの真面目な
————約7時間前
「…………ねえ、シュン君。
「————え? 医書って医学書? 学者にでもなるの?」
「そうじゃなくて、死んじゃった時に
「————えっと。なんで死んじゃうんだっけ?」
「シュン君。真面目に言ってる?」
「え。真面目だけど……」
「だって、これ落ちるかもしれないんだよ!? それに、例え落ちなくても、胴体着陸とか、いろいろあったら、何人かは死んじゃうんだよ。それがわたし達かもしれないのに」
呆れてものが言えない僕のとなりで、新之助が耳打ちする。花山はお前がなんとかしろ、このままだとみんな眠れなくて、現地で死ぬぞ、と。そうなのだ。オアフ島の時差は一九時間。つまり、時間が五時間進んで、日付は前日になる。
現在時刻が二一時で、現地到着時刻は九時だ。つまり、このままだと完全に時差ボケを起こす。だから、ミツキにはなんとしても寝てもらわなければならないのだ。しかし、それは難しそう。その瞳は完全に血走っていて、僕を見るミツキは奥歯をカチカチと鳴らしている。
「遺書もいいけど、ミツキ寝ようね? もしだよ、仮に飛行機が落ちなかったとしたら、どうなる?」
「落ちなかったら、みんなとハワイで楽しむ?」
「そう。つまり、ここで寝ておかないと、遊べなくなっちゃうよ?」
「でも、遺書だけは書いておかないと、落ちた時にぐちゃぐちゃになって、わたしが誰だかわからなくなっちゃうんでしょ!? え、ぐちゃぐちゃになっちゃうの? え? わたし、どうなっちゃうの? 腕とか誰かのと間違われて。そう、死ぬならシュン君と手を繋いでいれば、間違われないかな? どう思う? ねえ。それとも身体中に名前書いておけば大丈夫かな。油性マジックなら消えないよね? あれ、燃えたら消えちゃう? それとも刻んでおけばいい? ボールペンの先端ならきっと皮膚に引っかき傷くらいつけられるよね。ああ、それがいいね。シュン君もしておいたほうがいいよ。きっと死体探すときに、困らないし、みんなそのほうが助かるよ。ねえ」
「————はぁ。助けて新之助」
「
「三日前からこんな調子なんだから。もう手の
————3時間前
「ねえ、シュン君」
「なに?」
「雲が下にあるよ?」
「そうだろうね。飛行機だしね。それに国際線は高度が高いって聞いたことあるよ」
「墜落するときは、ジェットコースターよりも高いところから落ちるんだよね?」
「————きっとそうだろうね」
「さっきから、シートベルト着用お願いしますランプが点くんだけど、あれって、もしかして落ちそうだから気を付けてね、サインじゃないの?」
「————きっと違うだろうね」
「ねえ、もしかしたら、今頃パイロットが何かのトラブルに気がついて、それを知らせようか知らせまいか、を話し合っているんじゃない? それで」
「————きっと違うだろうね。ねえ、ミツキ。寝ないと。本当に寝ないとだめだよ。時差ボケって本当にきついよ。せっかく綺麗な空と海、それに美味しいものも食べられるんだからさ。今は何も考えずに寝よう。ね」
「…………うん。シュン君。こんな大空を飛んだことある?」
「————飛行機なら、何回かあるけど」
「鳥だって飛んでいないじゃない。それは落ちたら死ぬからだと思うの」
と思ったら、超現実的だった。鳥の考えとか生態とかは分からないけれども。いつも前向きなミツキが、なぜ飛行機に乗るとなるとこんなに悲観的になってしまうのだろう。そこまで恐怖を
「お前ら。早く寝ろッ!!」
担任の
————1時間前
もう少しでホノルル空港に着陸するアナウンスが流れると、ミツキは半狂乱して不時着したらどうしよう、胴体着陸するときは身を
「シュン君。今までありがとう。この音からすると、きっと飛行機の後ろの方で火を
「これね、
「ああ、シュン君。手を繋いで。最期まで一緒にいてくれてありがとう」
そんな様子を呆れた表情で見ていた新之助と園部三和子は、同時にため息を吐いた。
————現在。
「シュン君、見て。日本では見たこともない木!! 綺麗な花~~!」
すっかり元の
乗り込んだバスの車窓から見える景色は、どれも
人の多さにびっくりはしたものの、透き通るような水色の色彩が、空を溶かしている風景に感嘆したミツキは目を輝かせていた。感受性豊かなミツキは、逐一感動を言葉にする。それを聞いている僕もやはり嬉しくなる。ミツキが嬉しければ、僕も嬉しい。
「わあ。地元の海とはやっぱり違うね。絵葉書みたい」
「…………そう、ね」
あれ、調子悪い、と僕の額に手を置き、顔を覗き込むミツキの表情は全くいつもと変わらない。一睡もしていない人間の顔ではない。恐らく、寝ないで仕事をすることも多いのだろう。僕は、外の気温とバスの中の冷房の強さのギャップに体力を奪われてしまい、少しだけ頭が痛かった。それに加えて時差ボケを引き起こしていて、体調万全とは言えない。
「調子悪そうね。大丈夫?」
「それは、花山のせいだろうな。嫁が飛行機で旦那を寝かせないんだから。酷い話だと思うわな」
前の座席から顔を出した新之助は、食べるか、とキシリトール配合のガムを差し出してきたが、丁重にお断りをした。いや、確かにそうなのだけれども。ミツキを責めないで欲しい。誰にでも苦手なものくらいあるのだから。だけど、それを口に出して否定すると、バカップルだ、とまた言われるので沈黙を貫いた。
「
「ありがとう。でも、薬飲めないから大丈夫」
園部三和子は酔い止めを持ってきたようで、心配そうに僕に訊いてきたけれど、やはりお断りした。身体のこともあり、市販の薬はなるべく避けている僕の身としては、そうせざるを得ない。非常にありがたい申し出と気持ちだったけど。
「ごめんね。シュン君。わたしのせいで」
「大丈夫だよ。ミツキの意外な一面見れたし。それはそれで」
「おかしい子、だと思った?」
「うん。かなり」
ちょっと、ひどい、なんて言うミツキを笑った僕は、やはりミツキと話していれば元気が出てきて、ホテルに着くころには頭痛も取れていた。
敷地内が一つの街になったようなホテルは、いくつもの棟が立ち並ぶビルトンハワイアンビレッジ。びっくりしたのは、敷地内にペンギンが歩いていたこと。また、動物園にいそうなカラフルな鳥や、大きな鳥がそこら中を
まるで中国の街の一角を模した店舗やハワイの文化を象徴したような
「なあ、夜、こっそりラーメン食べに行こうぜ」
「……ここまで来て食べなくてもいいでしょ」
そんな会話を新之助としながら待つロビーで、部屋割り表が配られた。みんな四人部屋を割り当てられる中、なぜか僕と新之助は二人部屋。これには、なにか裏の思惑が働いているのではないか、と
「な、なんで俺が春夜と二人部屋なんだよ」
「嫌なの?」
「みんなで枕投げしようって言ってたのに」
「あっそ……」
部屋にはまだ入れないということで、荷物だけ預けてまたバス移動。アリゾナ記念館ビジターセンターに向かう。あまりにも冷えるエアコン対策として上着を持参した。
移動が長すぎる、と愚痴をこぼす新之助をよそに僕は存外楽だ。この時間で睡眠を取ることができれば、時差ボケを解消できる。はずだった。
しかし、バスの中は大盛り上がり。青い海と灼熱の太陽の元、みんなのテンションは最高潮。これには睡眠どころではなく、一発芸——声のみ——大会が始まり、まさに世も末のようなネタを披露する男子たちは、次第に下ネタ大会に発展する始末。先生は止めることなく、笑いに走る。これには女子たちも大激怒。そんなしどろもどろな空気のまま、結局現地に到着したころには、僕の眠気も最高潮に達していた。
ビジターセンターを越えて、アリゾナ記念館で戦争の
その後、港近くのレストランで昼食を終えて、ホテルに戻り一日目の団体行動が終了した。その後は、
「シュン君、やっと二人きりになれたね」
人目を気にしつつ——とは言っても付き合っていることは隠しきれていない——ホテルの前方に広がるミネラルウォーターにターコイズブルーの絵の具の水溶液を数滴落としたような色彩の海を歩く。僕の左腕に右手を絡めたミツキは、睡眠不足を
海を見に行きたい、と言い出したミツキはぽつりと呟く。お母さんがいるんだ、と。僕は意味が分からずに
このオアフの海は、まるで空を映し出す鏡のような情景と
「シュン君のおじいちゃんのお墓参りに行ったとき、わたしお墓参りしたことないんだ、って言ったでしょ」
「あ……」
「そう。お母さん海で眠っているんだ。だから、まずはお母さんに挨拶しなくちゃ」
さざ波の音が小さく胸を打つ。
「シュン君、海は好き?」
「うん」
良かった。飛行機は恐いけど、今度はシュン君と二人きりで来たいな。
————
続く。
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